旧満鉄系一般車

旧満鉄系一般車
 折妻の妻面、深い丸屋根、車体を覆うリベット、窓枠上部の補強材を省略したノーヘッダー車体。満鉄客車は日本の旧型客車とは一味違う、アメリカ客車の影響を強く受けた、無骨でいながら、どことなく優美なスタイルの車体を持っています。

 満鉄の一般車は、主にハ1形・ハ3形・ハ5形の3タイプに分類されます。これらの形式分類は車内設備、特に座席配置の相違によるもので、外観の差異による分類ではないのが、日本の客車とは異なる点です。3タイプとも車体サイズは全長20.7〜20.9mとほぼ共通ですが、車体構造については1922年製造車までが木造車体、それ以降の製造車が鋼製車体。屋根形状は1922年製造の木造車までがモニター屋根、1923年〜1933年製造車までは満鉄独特の二重丸屋根、1934年以降の製造車が丸屋根。台枠形状は1931年製造車までが魚腹形台枠、1932年以降が溝形鋼通し台枠。窓幅は普通車については1939年製造車までが狭幅(650mm)、1940年以降の製造車が広幅(1,000mm)と、製造年によって多くのバリエーションが生じています。このため、外観によっておおまかな製造年を推定することが可能です。現存している車両は、ほとんどが1934年以降に汽車会社、日本車両、川崎造船、田中車両、新潟鉄工所、梅鉢車両、満洲機械、満洲車両等のメーカー製造された鋼製丸屋根タイプとなっています。また満鉄以外に、華中鉄道も満鉄形客車の設計を流用した同形車(ハ3200形など)を製造しています。

 これらの旧満鉄系硬座客車は、中国国鉄編入後は旧ハ1形→YZ1形、旧ハ3形→YZ3形、旧ハ5形→YZ5形となりました。暖房形式は、満鉄時代より蒸気機関車から暖房用のスチームを供給される蒸気暖房を採用していましたが、無煙化の進行や各客車に独立したボイラーをもつ温水循環式暖房器を備える22系客車との混結の必要性から、1970年代以降に独立暖房式に改造される車両も発生し、その場合には旧形式に80を付加した新形式に分類されました。(例:YZ1形→YZ81形)。

 これらの旧満鉄系客車群は、中国国鉄標準型である21系・22系登場後も長く活躍しますが、80年代以降になると、従来の蒸気暖房のまま残った客車は無煙化の遅れた支線で使用されるのみとなり、また本線に残った独立暖房式に改造された車両も、春節などの多客時の増結で細々と動くのみとなるなど、無煙化の進行とともに徐々に活躍の場を狭められていきます。それでも一部の炭鉱鉄道に払い下げられた車両は、21世紀の初頭まで現役を続けました。現在は中国国内では、一部のイベント用客車の動態保存車以外に稼動可能な客車は存在しませんが、廃車後も解体されず車庫の奥に倉庫等の用途で放置されている姿を時折見かけることがあります。また、北朝鮮国鉄や遠くベトナム国鉄に譲渡された車両の一部は、今なお現役です。  



YZ1(硬座車)旧満鉄ハ1



南満洲鉄道ハ1形(1934年〜)→中国国鉄YZ1
硬座車 YZ1 21172 鉄煤集団蒸気機車陳列館
 旧満鉄ハ1形。ハ1形は満鉄の普通列車用三等車に与えられた形式名で、ハ1形の歴史自体は1915年製造の鉄骨木造車にはじまります。その後、何度かのモデルチェンジを行い、写真に示すような鋼製丸屋根の外観となったのは1934年製からです。
 ハ1形は、窓配置D1 12 1Dで、ドア間窓数14枚。通路を挟んで2人-3人がけのクロスシートが並ぶ詰め込み重視の座席配置が特徴で、シートピッチも狭く長距離列車には適さない構造だったため、長距離列車の多い満鉄においては、それほどの両数は作られていないようです。中国国鉄編入後、この鋼製丸屋根タイプのハ1形はYZ1形となりました。

 写真は、遼寧省の鉄煤集団(調兵山)の専用線に払い下げられ、一線を引いたあとも陳列館で大切に保管されているYZ1形の貴重な生き残り。現役では数少ない稼動状態にある満鉄形客車でイベント時に出動するほかチャーター運転も可能です。 
DATA
製造初年 1934年
全長     20.9m
換長      1.9
自重      37.4t
定員      118

行李車 XL1 21156  双鴨山砿務局専用線客運段(画像提供 ボーゲン様)
 写真の荷物車XL1形は黒龍江省の双鴨山砿務局の専用線で2002年頃まで使用され、中国の満鉄形客車としてはおそらく最後まで現役だった車両の一つです。荷物車を名乗っていますが、もともとは硬座車YZ1形を改造した車両と思われ、両エンドには扉を埋めた跡が残っています。現在は客車区の奥深くに留置され、車体は荒れるにまかせた状態です。
DATA
製造初年 1934年
全長    20.9m
換長     1.9
自重      ?t
定員      ?

YZ(硬座車)旧華北交通ハ2


華北交通ハ2形(1941年〜)→中国国鉄YZ2


中国国鉄YZ2形(改修後)
硬座車  YZ2  21770  懐柔北機務段
 北京郊外の懐柔北の機務段に救援車両として残る旧華北交通ハ2形です。
 ハ2形は、華北交通の主力三等客車として昭和16年から製造を開始されています。太平洋戦争も開始したという時局上、満鉄形客車よりも全体的に簡易な設計となっています。すなわち床構造は鋼板張りをやめ木構造とする。台車は鮮鉄客車などで使用している軸距2,100mmの軽量台車を使用する。満鉄客車では省略している窓上部の補強材、ウインドウ・ヘッダーの突出。出入台は開放形にあらため幌を廃止するなどの特徴が見られます。車内構造は満鉄ハ1形に準じた通路を挟んで2人-3人がけのクロスシートです。
 
 華北交通ハ2形は中国国鉄編入後はYZ2形となります。その後、出入台の増設などの改造を行い外観はYZ1形とほぼ同一となりましたが、保守の観点から22系と同形の202台車に履き替えた足回りや、満鉄客車には存在しないウインドウ・ヘッダーなどに本形式独自の特徴を見ることができます。
DATA
製造年 ?年
全長  20.9m
換長  1.9m
自重   39.0t
定員   112

京局工程車 025 竇嫗站
  石家庄の二つ南側にある京広線上の小駅、竇嫗駅の構内に留置され鉄道従業員用宿舎として利用されている30数両に及ぶ留置客車群の中に、2両満鉄形客車の生き残りが混じっていました。そのうちの1両、工程車025号は、ウインドヘッダー付きの車体と、履き替えた台車から元YZ2形と推測されます。車体にペイントされているデータには全長24.5mと記してありますが、恐らく誤記でしょう。
DATA
製造年 ?年
全長  24.5m
換長  2.2m
自重   43.9t
載重   5.4t

YZ(硬座車)旧満鉄ハ3


南満洲鉄道ハ3形(1934年〜)→中国国鉄YZ3


南満洲鉄道ハ3形(1940年〜)→中国国鉄YZ3
硬座車  YZ3  21878  天津地方鉄道万家碼頭站
 満鉄を代表する三等車ハ3形です。従来のハ1形客車は座席配置が通路を挟んで2人がけ−3人がけとなっており、居住性が悪く長距離運用には向きませんでした。また後述の急行用普通車ハ5形は居住性は良好ですが、詰め込みはきかない設計でした。そこで、この2車種の折衷型として登場したのがハ3形で、座席配置はハ5形同様に通路を挟んで2人がけ―2人がけとなりハ1形に比べ居住性が格段に向上しましたが、シートピッチはハ1形同様で、座席の背刷りも板張りの簡素なものとなっています。ハ3形は、1925年から製造開始されていますが、本格的に量産されるのは丸屋根スタイルとなる1933年からで、以後1945年まで増備は続き、恐らくは満鉄客車で最も量産されたグループとなっています。
 中国国鉄編入後はYZ3形となり、90年代中ごろまで全国のローカル線の普通列車で使用されていました。写真のYZ3形21878号は、天津郊外の李七庄から北大港を結ぶ天津地方鉄道に払い下げられたもので、天津地方鉄道では1999年の旅客輸送廃止まで、建設型蒸気機関車が満鉄形客車を牽引する時代離れした光景を見ることができたそうです。天津地方鉄道の万家碼頭駅にはこのYZ3形をはじめ、今もなお多くの満鉄客車が放置されています。
DATA
製造初年 1933年
全長     20.7m
換長      1.1m
自重      43.6t
定員      100

ベトナム国鉄 B41001 ケップ駅 画像提供 おっとっと様
 中国では現役を退いて久しい満鉄客車ですが、どっこいベトナムではまだ現役でした。べトナム北部の標準軌路線。イェンビェン〜ハロン線が活躍の舞台で、一日一往復の行商列車編成に3両の満鉄車の末裔が使用されています。車内の2人-3人がけの並ぶからシートが並びますが、オリジナルの座席とは異なるものであるため、これは恐らく後年の改造によるものであり、広窓の外観からルーツは旧満鉄ハ3形の1940年以降の製造車と推定します。窓回りに投石対策の金網が張られるなど、ベトナム国鉄のアレンジが加えられていますが、ベンチレーターは原型のガーランド形のままです。
YZ(硬座車)旧満鉄ハ5


南満洲鉄道ハ5形(1924年〜)→中国国鉄YZ5形→中国国鉄YZ81
(初期の二重丸屋根・魚腹台枠のスタイルを示す)


南満洲鉄道ハ5形(1934年〜)→中国国鉄YZ5


南満洲鉄道ハ5形(1942年〜)→中国国鉄YZ5
硬座車 YZ5 22669天津地方鉄道万家碼頭站
  旧満鉄ハ5形。ハ5形は満鉄の急行用三等車に与えられた形式名で、座席配置は通路を挟んで2人がけ−2人がけ、座席にはモケットが張られ、シートピッチもゆったりとしたもので満鉄三等車の中では最上級の存在となっています。ハ5形の歴史自体は1922年製造の試作鋼製車にはじまり、1924年以降に増備された二重丸屋根・魚腹台枠スタイルを嚆矢とし、丸屋根スタイルの標準車、広窓車と時代の移り変わりに合わせて様々なスタイルが製造されています。写真のYZ5形22669は、1934〜1936年にかけて、満鉄と満洲国鉄向けに合わせて200両近く製造された丸屋根タイプです。ドア間の窓数は12枚と、シートピッチ拡大に合わせて、ハ1形、3形に較べて2個少なくなっているのが外観上の特徴になります。
 中国国鉄編入後はハ5形はYZ5形となりました。三等車としては豪華な室内は、輸送力第一主義の中国国鉄には向かず、仲間の多くは通路を挟んで2人がけ−3人がけの詰め込み座席に改造され、また独立暖房式に改造され、YZ81形に改番されています。オリジナルの姿で残ったYZ5形はローカル線に転用され、さらには天津地方鉄道や、鉄煤集団(調兵山)等の専用線等に払い下げられ、90年代いっぱい活躍を続けた車両もいます。写真のYZ5形22669は、天津地方鉄道の万家碼頭駅構内に放置されていた車両です。

DATA
製造初年 1934年
全長     20.9m
換長     1.1m
自重      42t
定員      100

硬座車 YZ5 22668  天津地方鉄道万家碼頭站
 万家碼頭駅構内に留置されているもう一両のYZ5形。22668号。
 窓ガラスは割られ、車体には錆びが浮き、22669号に較べるとだいぶ状態は悪いようです。
 車内は、後付改造のようですが通路に仕切りがあり、もともとはコンパートメントタイプだったようです。
DATA
製造初年 1934年
全長     20.9m
換長     1.1m
自重      42t
定員      100
硬座車 YZ5 22668 車内
YZ5形20668号に使われていた座席。すでに壊れてバラバラになってしまっていますが、背もたれはレトロな喫茶店を思わせるなかなか凝ったデザインです。

京局工程車 023 竇嫗站
 京局工程車025と同じく、竇嫗駅構内に留置され、鉄道従業員用宿舎として使用されている旧型客車。
 中央に開口部を設けられているものの、原型の窓は配置はD1 10 1Dと思われ、窓配置からYZ5形と推測できます。
 ベンチレーターの交換以外にも、202型台車に履き替えるなど、様々ま手が加えられている様子が伺えます。
ベトナム国鉄 B41002 ケップ駅 画像提供 おっとっと様
 ベトナムのイェンビェン〜ハロン線で使用されている満鉄客車。窓配置から、ルーツは旧満鉄ハ5形→中国形式YZ5形と推測されます。
 窓に金網がはまる等、ベトナム国鉄のアレンジが加えられていますが、ベンチレターは原型のガーランド形で残り、比較的オリジナルに近い姿を保っているようです。

XL5(行李車)
ベトナム国鉄 HL71001 ハロン駅 画像提供 おっとっと様
 ベトナムに残る満鉄車の末裔の一つ、旧満鉄の手荷物車テ6形をルーツとする車両です。
 従来の荷物車の手荷物容積を広げるため、出入口の一方を廃止した荷物車で、製造初年は1937年。1938年の称号改正後はテ5形を名乗り、新中国成立後はXL5形となったものと思われます。
 譲渡時期が前述の旅客車に比べて遅かったためなのか、ベンチレーターは中国式の煙突状のものに変更されています。

YZ81(硬座車)


華中鉄道ハ3200形(1940年)→中国国鉄YZ1形→中国国鉄YZ81


形式不詳→中国国鉄YZ81形20606


華中鉄道ハ3300形→中国国鉄YZ81


硬座車 YZ81 20147  天津地方鉄道万家碼頭站
 満鉄客車の暖房装置は、基本的には蒸気暖房方式を採用していましたが、貨客混合列車については連結位置の関係で、蒸気機関車のスチームを客車に供給することが困難であるため、木造車や二重丸屋根タイプの初期鋼製車等、比較的旧型に属する客車について、従来より暖房用のボイラーをもつ独立暖房を採用していました。また中国のディーゼル機関車や電気機関車は、日本の機関車のような暖房用の蒸気発生装置は搭載していないため、無煙化の進行とともに客車ごとボイラーを搭載する独立暖房式の車両が求められるようになり、1970年代に入ると蒸気暖房式客車の独立暖房への改造が行われるようになりました。
 こうした独立暖房車は、従来車と運用取扱いが大きくことなるため、原形式に80プラスすることで区別しています。この原則に則ると、旧YZ1形はYZ81形、旧YZ3形はYZ83形、旧YZ5形がYZ85形となりますが、多くは独立暖房への改造時に座席配置を通路を挟んで2人がけ―3人がけに改めているせいか、大半の車両はYZ81形に編入されています。このため、YZ81形は木造車や二重丸屋根タイプ等、比較的旧型に属する車両や、華中鉄道、華北交通等に所属した雑多な車両がまとまっており、共通点は独立暖房式の大型車という程度のゆるいくくりになっているようです。
 写真の20147号は、満鉄ハ1形タイプ鋼製丸屋根の華中鉄道バージョン、ハ3200形をルーツとするものと思われます。通路を挟んで2人がけ-3人がけのクロスシートという構成は満鉄のYZ1形と同様。背もたれは板張りですが、腰掛部分にはクッションが入っています。
DATA
製造年 1940年
全長   20.7m
換長   1.9m
自重   43.6t
定員   118


硬座車 YZ81 20425  成都駅? 1990年3月 画像提供 ウランゴー様
 同じYZ81形でもこちらは木造車体です。
 妻面等に満鉄形の造作が見られる木造車です。広州〜武昌を結んだ粤漢鉄道にこれに近い車体構造の車両が見られるようです。
DATA
製造年 ?年
全長  20.7m
換長  1.9m
自重   39t
定員   108




YZ6(硬座車)


華中鉄道スハ32600形→中国国鉄YZ6
 日中戦争期において上海を中心とした日本軍占領地域での鉄道輸送を担ったのが華中鉄道である。鉄道車両においては、アメリカの影響が強い満鉄とは対象的に、日本国鉄の影響が強いのが、華中鉄道の特色であり、運営当初、戦争の影響により破壊された鉄道車両を補うため、日本からC12形・C51形・D50形などの蒸気機関車やキハ40000・42000形気動車を供出し、改軌改造のうえ導入しました。同時にナハ22000系や、スハ32系客車などの客車もあわせて導入され、スハ32系についてはスロ31000形が6両、スハ32600形が22両、スハフ34200形が7両が入線しています。
スハ32600形は、中国国鉄編入後はYZ6形となり、引き続き上海を中心とする華東地域で活躍。1980年代に竹のカーテンが開かれたあとの中国を訪問した旅行者に目撃されています。
形式不詳


工務段工程専用車 鶴崗煤砿専用線 興安站
 鶴崗煤砿専用線の興安駅構内で、作業員の詰所として使用されている正体不明の旧型客車。
 妻面は鋼製で典型的な満鉄形客車の形状をしているのに対して、ドア間は木造となっているというユニークな構造をしています。
 窓は埋められている部分が多いですが、もともとはドア間11枚だった模様。
 車体長はやや短いものの、全体的な印象は上記YZ81形の木造車に似ています。
 車内は、作業員詰所として現役のためか、なかなかしっかりした作りです。


形式不詳(旧鉄道省キハ40000型) 南票砿務局専用線 機務段
南票砿務局専用線の車庫の片隅で倉庫代わりに使われていた廃車体です。
その正体は、1934年(昭和9年)に川崎車輌と日本車輌で15両づつ、計30両が製造された鉄道省キハ40000型。キハ40000型のうち15両(40007・40016〜40029)
は日中戦争期に標準軌に改装のうえ中国に供出されており華中鉄道で使用されたそうです。この廃車体はその末裔と思われます。