花岡八幡宮の由緒

 

花岡八幡宮は和銅二年(七〇九)、宇佐八幡宮より勧請されたと伝えられています。

 

誉田別命(ほんだわけのみこと)・市杵嶋姫命(いつきしまひめのみこと)・田心姫命(たごりひめのみこと)・多岐都姫命(たぎつひめのみこと)・息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)をご祭神とし、御鎮座のしるしに全山に花を咲かせるであろうとのご神託により、八幡宮の御分霊が移られた時瑞雲が空一面に広がり、美しい花が降って来て、一夜のうちに山が花で覆われたと伝えられています。

 

 

この山に八幡宮の分霊をお祀りしてより、その霊験は頗るあらたかで、古くは国司重源上人による社殿の再建、大内義隆公による社領の奉納、豊臣秀吉公のご参拝など万人の崇敬篤く、十六世紀末ごろには百三十六石余の社領を有し、社坊九ヶ寺の周防の大社でもありました。

 

 

社殿は森に囲まれ、厳かで雅な雰囲気の中に四季折々の花を添え、百余段の石段を登ると遥かに下松市街の主要交通網の行き交いを展望できる素晴しいところで多くの参拝者を集めています。

 

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