○天正元年(1573年)宇喜多直家 古城に入る
 
○慶長2年(1597年)宇喜多秀家 現在の岡山城を完成
○関ヶ原後、小早川秀秋が入城 本丸中の段、三の外曲輪等の拡張整備をする
  ○慶長7年(1602)秀秋の急死後 池田利隆が入城
○慶長18年(1613)利隆の弟 忠次が入城後
○元和元年(1615)死去しその弟の忠雄が継ぎ、本丸中の段の北側拡張(現存の月見櫓はこの時に建つ)や二の丸等の整備をする。現在の岡山城の縄張りがこの時に完成する




○寛永9年(1632)忠雄の死去後、当時鳥取藩主の池田光政が城主になり、この池田氏が明治維新まで続く
 
 
 
 
 
明治元年1868