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北西からみた現城跡と往時の復元(正面は三層戌亥櫓と西鉄門枡形に伊賀櫓。手前右は西の丸。左手奥は丑寅櫓。)現在は西鉄門枡形石垣は撤去されています。


縄張図
: 津城の始まりは戦国時代の長野氏一族の細野氏が安濃・岩田の両河川の三角州に構えた小規模な安濃津城からです。永禄11年(1568)織田信長の伊勢侵攻の翌年、織田信長の弟信包入城し、信包は城郭を拡充して本丸・二の丸・三の丸を整備した。天正8年(1580)には五層の天守も完成し、城下町が作られた。その後豊臣の代になると富田氏が城主になったが、関ヶ原の戦いのときに東軍についた富田氏は西軍の毛利・長宗我部軍の攻撃を受け、城・城下町とも大半を戦火で失う。  慶長13年(1608)、藤堂高高虎が伊予今治から移り、城の大改修を行いました。本丸を広げ、石垣を高くして三方に隅櫓を築き、堀も整備したが、天守は再建されなかった。この城は典型的な平城であり、高虎によって典型的な輪郭式(または囲郭式)にも変えられました。その後、藤堂氏の居城として明治維新を迎えます。  明治の廃城で建造物は破却、外堀も埋められ、昭和初期まで残った広大な内堀も西の丸周縁を残して埋められてしまいました。かって本丸と西の丸(馬出のよなもの)を繋いでいた土橋も消滅し、現在では本丸と西の丸が地続きのひとつの曲輪のような形態になっています。  : 現在の津城は北と西以外は堀が消滅し道路や民家が迫り周囲に埋没している感があります。それでもじっくり見て回ると往時の規模を伺い知れます。北側の堀は往時の半分ほどの幅になっていますが、その堀越しから見る本丸と西の丸の連なる石垣は見事です。高虎特有の犬走を備えた戌亥・丑寅櫓台は均整のとれた姿をみせ、古写真で見る両櫓がシンメトリックに建つ姿もさぞや美しかったと想像させます。本丸内は東・西の両鉄門枡形の石垣も撤去され妙な西洋式広場になっていますが、現存する天守台や埋門、本丸を回る多聞櫓台の石垣は往時を想像するに充分です。惜しいのは、西の手と本丸の間の堀が埋められ両曲輪がひとつの曲輪になっていることでしょうか。これは外側から見るより曲輪内の景観を左右しています。西の丸から堀越しに本丸を見てみたいものです。
東からみた現在の津城と往時の復元。(丑寅三層櫓と左が東鉄門枡形多聞に太鼓櫓。手前の低い石垣は東の丸)


津城のいま



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西の丸は東面以外は残されています。左奥は戌亥櫓台です。高虎が好んだ犬走に乗る石垣は堀に浮かぶが如しです。
西の丸
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往時は橋であったのが土橋に変わっています。土橋の左手に玉櫓がありました。
西の丸入口枡形
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現在は細い堀のようになっていますが、往時はこの右手は広大な内堀が広がっていました。したがって右手奥の石段(上ると右手に天守台)も後世のものです。
西の丸南
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(写真上)手前の石段は後世のもので、この辺りには西多聞櫓の石垣がそびえていました。いわば現在はかっての内堀から城内に入っているわけです。(写真下)規模はさほどではないですが裾広がりの美しい天守台です。手前には石段らしきものがあり、入口らしき凹部が雰囲気です。残念ながら藤堂時代にはついぞ天守はあがらなかったとか。。
天守台
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右から大天守台、小天守台、埋門跡です。往時は大小天守はあがらなかったので本丸を巡る多聞櫓は左の埋門跡の上で終わっていたわけです。
大小天守台と埋門跡
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(写真上)正面石垣は南多聞跡でこの右手に月見櫓(欄外・左下の写真参照)が在りました。左手に埋門跡です。撮影している公園はかっての内堀です。往時の内堀、特にこの南側の幅は広大で撮影に立っていた場所はその中ほどにも満たないと思われます。(写真下)埋門跡と左に小天守台と大天守台です。
埋門跡
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南多聞跡から埋門跡と天守台を見ています。この南多聞の石垣の西端に埋門が切られていたのです。こうして多聞跡から城跡を見渡すのが一番往時を感じられる時かも知れません。
南多聞跡から埋門跡
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かっての東鉄門枡形の多聞跡に建てられた復興櫓です。この櫓の前に東鉄門がありました。枡形石垣は東も西も撤去されています。しかしこの復興櫓、、多聞跡に建てられたためサイズが小さく無理やり感があります。、デザインもかっての津城櫓とは似ても似つかぬ装飾過多でなにやら置物のような感じです。この櫓が似合う他城にあったならきれいな櫓なのに。。。
復興三層櫓
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左の櫓台が月見櫓跡でこの左手に埋門跡と天守台が続きます。右手の長い石垣は東多聞跡でその奥に復興櫓と丑寅櫓台です。
本丸東面
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犬走に乗る低い石垣の屈曲が美しいです。
西の丸と内堀

 
 年 表
住所 : 三重県津市丸之内
(電車)JR紀勢本線、近鉄名古屋線津駅
から徒歩10分


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