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 9月号  2017年

伊藤伊那男作品   銀漢今月の目次 銀漢の俳句 盤水俳句・今月の一句  
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伊藤伊那男作品


主宰の八句

明易し        伊藤伊那男

宇治川の瀬音枕に明易し
長編の夢が厄介明易し
峰入の先づの一歩に躓けり
縞蛇の縞がだんだん拡大す
告ぐるたびくちなはの丈長くなる
蛇捕りとおぼしき人と目を逸らす
泳ぎ上手で世渡りはいつも下手
太宰忌の雨が朝からめそめそと







        
             


今月の目次








銀漢俳句会/9月号













   



銀漢の俳句 

伊藤伊那男 

◎「客観写生」ということ

 先日私の育った「春耕」の句会で次の句に出会った。
   
砂に置く鞄の疲れ南吹く     某

 200句ほどの清記用紙の中から六句を選ぶように言われ、この句は最後まで残したが、結局六句の中には入れなかった。この句の好き嫌いが分かれるのは「鞄の疲れ」の措辞であろう。
 採った側から言えば「鞄の疲れ」の擬人化は、一歩踏み込んだ個性の表出である。単に鞄が「古びた」とか「傷んだ」というだけでなく、その鞄を持っている作者の心のありどころが象徴されているのだ。「鞄」という「物」に仮託した作者の主観の表出である──ということになる。
 一方採らない側の弁としては「鞄の疲れ」とは一体、何であろうか。「物」には疲れは無い。曖昧な擬人化で、読み手をムード的に引き付ける、はったりを効かせた危うい手法である──ということになる。
 俳句は浮世離れをした文芸だという人がいる。だが私は、俳句は実は社会の変化や時流を確実に反映し、影響を受けるものだ、と思っている。振り返ってみると、敗戦後から昭和三十年代半ばまでは「社会性俳句」が擡頭した。社会が安定し高度経済成長期に入ると、写生の技法を駆使した「風土性俳句」が大きな潮流となった。沢木欣一率いる「風」がその中核を担い、平成初頭までに風系の作家が七人角川賞を受賞している。私の所属した「春耕」も風系であり、句会の度に「客観写生」が連呼されたのであった。
 ところが、経済成長期が終焉し、日本の懐かしい風土、風習などがすっかり姿を消し、都市と地方の差が稀薄になったことを自覚したあたりから、「人事句」「機知句」「滑稽句」が本流に変わり、今日に到っているのである。
 さて、先ほどの句、皆川盤水先生なら採ったかというと──その時代であれば──やはり採らなかったであろう。「鞄の疲れ」を「鞄のほつれ」に添削したのではないかと思う。では私はというと、容認してもいいと思っている。ただしストライクゾーンの外角ギリギリの線上としてである。一見して小さな主観だが、この作例を褒めていくと、私の信じている俳句固有の形態から、少しずつ離れていく危険を内包していると思うからである。やはり「写生」という軸足は変えるわけにはいかないのである。
 もちろん厳然たる座標軸を持った結社が無くなり、同人誌やインターネット句会が盛んになった現在、右の私のこだわりは少数派になっているのである。


  








 



  

盤水俳句・今月の一句

伊藤伊那男


(のぼ)る鮭いよいよ向きをあらためず     皆川盤水

 
句集にはこの句の前に〈阿武隈の山又山の鮭場かな〉〈草の実のたちまちにつく鮭簗場〉がある。その前年の昭和61年には「福島県浜通り泉田川五句」の前書きで〈鮭簗に勢子の一団勇みくる〉〈鮭簗に相馬盆唄日暮まで〉〈鮭網の狭まりてきて鬨あがる〉〈鮭颪真野の萱原行くときに〉〈とらへたる鮭が一瞬砂吐けり〉がある。鮭遡上の南限といわれる泉田川は先生の郷里に隣接しており思いも深かった筈だ。今は原発事故による立入禁止区域となっている。
                                  (昭和61年作『寒靄』所収)
















  
彗星集作品抄
伊藤伊那男・選

水音を整へ簗の掛け終る          小野寺清人
草笛を泣けぬ代はりに吹く夜かな      白井 飛露
厄のなき齢をとうに衣更ふ         半田けい子
ユーロ紙幣いれし財布に黴すこし      北澤 一伯
洗ふ墓南に死すと聞きしのみ        谷口いづみ
鬼とまで言はれし父の日の祝ひ       松代 展枝
緑陰は水辺にも似て子らの声        久坂衣里子
新参も古参も干され祭足袋         曽谷 晴子
冷素麺再放送のドラマみて         星野かづよ
丸刈りの羊数ふる熱帯夜          上條 雅代
手足まだ夢の中なる昼寝覚め        堀内 清瀬
釣果なく草笛吹いて戻りけり        唐沢 静男
その中に母のゐさうな蛍ぶくろ       伊藤 庄平
白玉を家族の数の倍つくる         渡辺 花穂
抗へど師の掌青嵐             星野 淑子
長旅を終へて菖蒲と長湯せり        鏡山千恵子
通夜の燭残る長さや明易し         池田 桐人
十薬を小窓に覗き外厠           小野 無道
鎌倉の怨切々と木下闇           杉阪 大和





       








彗星集 選評 伊藤伊那男



水音を整へ簗の掛け終る         小野寺清人
観光簗は沢山あるが、盤水先生は那須の佐久山簗が好きであった。バスなど入れない場所にあり、鮎飯を所望するなら米は持参しなくてはならない。ドラム缶を半分に割ったものを炉端に立てて輻射熱を利用するのである。それはさておきこの句「水音を整へ」が何とも気持の良い所である。床の隙間も均等で傾斜も適度な仕上りであることが解るのである。それら一切を集約した表現ができたのである。 

草笛を泣けぬ代はりに吹く夜かな     白井 飛露
こんな年代もあったのだな、と思う。泣く替りに草笛を吹く。草笛が震えつつ泣いているのである。夜という設定もいい。思いがやや過剰になる時間帯である。 

厄のなき齢をとうに衣更ふ        半田けい子
厄年は男は二十五、四十二、六十一歳。女は十九、三十三、三十七歳とされる。その前後が前厄、後厄。男は四十二、女は三十三歳が大厄である。この作者、男か女か解らないが、厄年も遥か昔に超えて息災の日々を送っている。更衣という季節の変り目にその歳月に感慨を覚えるのである。 

ユーロ紙幣いれし財布に黴すこし     北澤 一伯
欧州経済を一つに纏めようとした経済機構もここへきて綻びが出てきているようである。ギリシャ、イタリアの経営破綻、イギリスの脱退……。その通貨ユーロ紙幣の入った財布に黴が兆したという。俳句で詠んだ今日的経済情勢への感慨である。 
 
洗ふ墓南に死すと聞きしのみ       谷口いづみ
第二次世界大戦が終って七十二年となる。その間遺骨収集などが行われたものの今だに戻ってこない英霊は数え切れない数である。この句の墓も、遺骨は無く、どの辺りで死んだのかも不明なのであろう。解っていることは「南方」ということだけ。悲しい歴史が今も尾を曳いている。 

鬼とまで言はれし父の日の祝ひ      松代 展枝
「地震・雷・火事・親父」という言葉が五十年ほど前までは生きていたようである。上の三つは今も脅威の対象で、益々その恐怖は募ってきているようだが、「親父」はからきし駄目である。ところがこの句の父は違う。気骨を持って生き抜いてきたのであろう。結果として家と家族を守りぬいて一家の繁栄を築いたのである。今は怖いからではなく家族から感謝の気持ちで祝福されているのだ。

緑陰は水辺にも似て子らの声       久坂衣里子
いい感性の句だ。緑陰と水辺の近似性の発見がユニーク。

新参も古参も干され祭足袋        曽谷 晴子
足袋に託した祭衆の古参新参。斬新な発想である。

冷素麺再放送のドラマみて        星野かづよ
昼の主婦であろうか。素麺で手早く済ませてテレビを。

丸刈りの羊数ふる熱帯夜         上條 雅代
熱帯夜なら羊も丸刈りがいいと、俳味たっぷりである。 

手足まだ夢の中なる昼寝覚め       堀内 清瀬
誰もが思い当る。意思と手足の動きがちぐはぐである。 

釣果なく草笛吹いて戻りけり       唐沢 静男
こんな日もある。割り切って再挑戦を考えているようだ。 
 
その中に母のゐさうな蛍ぶくろ      伊藤 庄平
童話の世界に迷い込んだ。珍しい発想の母恋い句。 

白玉を家族の数の倍つくる        渡辺 花穂
「倍つくる」にまだ活力のある一家の様子が垣間見える。 

抗へど師の掌青嵐            星野 淑子
修行中はこうしたもの。青嵐に前向きな若さがある。 

長旅を終へて菖蒲と長湯せり       鏡山千恵子
「長」の字のリフレインを生かした。だらだら感がいい。 

通夜の燭残る長さや明易し        池田 桐人
短夜の季節。夜が明けても蝋燭の残りはまだ長いまま。 

十薬を小窓に覗き外厠          小野 無道
十薬はいかにもこんなところにありそうだ。昔の厠。 

鎌倉の怨切々と木下闇          杉阪 大和
鎌倉は到る所「怨」の土地。木下闇の取合せが効いた。
 

          




 












  


銀河集作品抄

伊藤伊那男・選

原色の飲み物ならぶ夜店の灯       東京 飯田眞理子
穴子船勤め帰りもうち混じり       静岡  唐沢静男
権現の墓所に声張る鴉の子        群馬  柴山つぐ子
並足の馬の一列夏木立          東京  杉阪 大和
スイッチバックしてもう一度花空木    東京  武田 花果
宮入をしぶる神輿の神田振り       東京  武田 禪次
草笛のまた故郷を聴かさるる       愛知  萩原 空木
紫蘇摘むと一行母の家事暦        東京  久重 凜子
あぐら座にすつぽりはまる端午の子    東京  松川 洋酔
室町に生薬匂ふ走り梅雨         東京  三代川次郎
太閤の城の一隅蟻地獄          埼玉  屋内 松山








   
   








綺羅星集作品抄

伊藤伊那男・選 

一枚岩を誓ひてかざす大ジョッキ    東京  相田 惠子
八金の支ふる家や初鰹         東京  山下 美佐
涼風や余生を刻む腕時計        宮城  有賀 稲香
手足より笑ひだす稚夏は来ぬ      東京  大溝 妙子
宿題を吹き飛ばしたる扇風機      東京  堀切 克洋
真新しきスカイツリーが箱庭に     東京  我部 敬子
香水やマンハッタンに昼と夜      東京  畔柳 海村
姉妹なき我が血を分くる赤家蚊     大阪  末永理恵子
空梅雨の空に擦り傷ほどの雲      埼玉  伊藤 庄平
路地ひとつ越え嫁ぎきて古稀の古茶   神奈川 大野 里詩
竹ほうき腐草蛍となるを追ふ      高知  神村むつ代
子供の日兜となりし薬包紙       東京  多田 悦子


母の日や病の母の千羽鶴        東京  有澤 志峯
蛇の舌赤き寝息と思ひけり       東京  飯田 子貢
新樹光青松褪めぬ伽藍絵図       静岡  五十嵐京子
大粒の雨のこりたるアマリリス     埼玉  池田 桐人
北斎の描くごとくにさみだれり     東京  伊藤 政三
木鶏のごとく振る舞ふ羽抜鶏      神奈川 伊東  岬
遠山に雲ねぢり立つ夏野かな      東京  上田  裕
百歳の意地もちよつぴり母子草     埼玉  梅沢 フミ
短夜の夢は佳境の手前まで       東京  大西 酔馬
文机の硯の渇き明易し         埼玉  大野田井蛙
夏蝶の影吾が影を横切りぬ       東京  大山かげもと
夏足袋や無の一字書の掛かる床     東京  小川 夏葉
南風フランスパンを縦に持ち      宮城  小田島 渚
船霊へ酒はしぶきに大南風       埼玉  小野寺清人
旅終へて眼にほぐれたる茅花の穂    神奈川 鏡山千恵子
天蓋ともたなごころとも蓮の葉     和歌山 笠原 祐子
遠花火一人で済ます夕餉かな      東京  梶山かおり
ある時は雨を引き寄せ柚子の花     愛媛  片山 一行
たよりなさすぎる夏掛け蹴りとばす   東京  桂  信子
お告げなどしさうな蛇の舌の割れ    東京  川島秋葉男
海開き潮騒の砂踏みにけり       長野  北澤 一伯
一声もて古墳を制す行々子       東京  柊原 洋征
青田風校門前の文具店         神奈川 久坂依里子
下闇に固まつてゐるエキストラ     東京  朽木 直
羅須地人協会跡に青田風        神奈川 こしだまほ  
乃木神社
緑陰に偲ぶ戦史や棗の木        東京  小林 雅子
追伸のあとの追伸五月闇        東京  小山 蓮子
一家して弥撒へ衣を更へにけり     長崎  坂口 晴子
心太岬に残る店一軒          千葉  佐々木節子
皺ほどけぼうたんやがて大輪に     長野  三溝 恵子
堂々のはや琅玕に今年竹        東京  島  織布
花南瓜黄のくたくたに雨の中      東京  島谷 高水
上海
水文字の杜甫の詩見入る片かげり    兵庫  清水佳壽美
渇筆の虚子の扁額涼あらた       東京  白濱 武子
山廬訪ふ夏炉に火箸立て掛けて     東京  新谷 房子
父の日の馴染の店の待ち合はせ     東京  鈴木 淳子
草笛やてのひら時に打楽器に      東京  鈴木てる緒
花ひろげ揺れも広げて燕子花      東京  角 佐穂子
天守跡立てば攻めくる若葉風      東京  瀬戸 紀恵
草笛の音色直線曲線に         神奈川 曽谷 晴子
餌を持たず巣立ち促す親燕       愛媛  高橋アケミ
老鶯のもののふめける化粧坂      東京  高橋 透水
裏庭に二羽庭に二羽羽抜鶏       長野  高橋 初風
風止みて植田にもある憩ひ時      東京  武井まゆみ
じやがたらの花のつづきの隣町     カナダ 多田 美記
髪を切る明日への一歩薄暑かな     東京  田中 敬子
浄土への道は危ふげ練供養       東京  谷岡 健彦
焼印の匂ふ素木(しらき)の登山杖        東京  谷川佐和子
大寺を消す万緑の底力         神奈川 谷口いづみ
白牡丹緋牡丹落つる音違へ       東京  塚本 一夫
児の手足太く短く立夏かな       愛知  津田 卓
製油所の炎煌々穴子釣         東京  坪井 研治
大阪の話に及ぶひやし飴        埼玉  戸矢 一斗
飲まぬまま母の梅酒のまたも増ゆ    大阪  中島 凌雲  
深大寺
薔薇咲くや白鳳仏は国宝に       東京  中西 恒雄
空つぽの鳰の浮巣や近江暮れ      東京  中野 智子
東京湾底ひに光る穴子の目       東京  中村 孝哲
郭公や宿の葉書を便りとす       茨城  中村 湖童
をたけびは心の中に草矢打つ      東京  中村 貞代
荒南風や砂を嚙みゐる大錨       埼玉  中村 宗男
蚊の腹の満ち満ちて赤透けにけり    東京  西原 舞
古戦場ただ秋の野であるばかり     東京  沼田 有希
検非違使の地裁を過ぎる賀茂祭     東京  橋野 幸洋
籠り堂灯のゆらぐ五月闇        神奈川 原田さがみ
滝壺を数へつつ渓上りけり       兵庫  播广 義春
噴水の穂先天日ぬらしけり       東京  半田けい子
夏扇山廬の風を貰ひけり        東京  保谷 政孝
古き佳き町名失せて荷風の忌      東京  堀内 清瀬
荷台より下ろすマネキン夏めけり    岐阜  堀江 美州
原色の切り花活けて夏めきぬ      埼玉  夲庄 康代
発心の写経の夜や月明し        東京  松浦 宗克
水揚げのいなだの滑りあふひかり    東京  松代 展枝
迷彩の色極めたる雨蛙         東京  宮内 孝子
こめかみの痛み卯の花腐しかな     神奈川 宮本起代子
手術明日なれば夕焼にいま投句     千葉  無聞  齋
浦風の日影にはづすサングラス     東京  村上 文惠
米寿とやよくぞ生き来てところてん   東京  村田 郁子
ところてん都電の音の窓辺より     東京  村田 重子
吊橋の揺るれば揺るる雲の峰      千葉  森崎 森平
父の日のあんぱんにあるゑくぼかな   東京  森 羽久衣
猛禽の威厳を保ち羽抜鳥        埼玉  森濱 直之
夕凪のヨットを潮に委ねけり      愛知  山口 輝久
目つむりのままに脱ぎゐし蛇の衣    群馬  山田  礁
五月闇ものの形の定まらず       東京  山元 正規
どこまでも道どこまでも青嵐      神奈川 𠮷田千絵子
硝子戸に写る我が影夏帽子       愛媛  脇  行雲
象潟や西施の裾へ青田風        東京  渡辺 花穂






      






     







銀河集・綺羅星今月の秀句

伊藤伊那男

穴子船勤め帰りもうち混じり       唐沢 静男       
 
 穴子釣りは夜。東京でいえば羽田周辺のものが有名である。この句は昼間会社に勤めたそのままの服装で波止場に駆けつけた様子が如実である。漫画の『釣りバカ日誌』の一場面を彷彿させる。「今日は仕事だったの?」などという仲間の言葉も聞こえてきそうだ。結局翌朝もそのままの服装で出社することになるのかもしれない。釣りバカである。


 

一枚岩を誓ひてかざす大ジョッキ     相田 惠子
 一昔前はデパートの屋上などのビアガーデンが賑わい、会社帰りの一団がジョッキを傾けていたものだ。皆ネクタイ姿で、課長の音頭で乾杯をする決起集会のような光景も見られた。この句「一枚岩」がうまいところである。しかしながらこの言葉自体、この頃では死語化しているようだ。一課を上げて昼も夜も団結する社会ではなくなってきたようだ。  


  

八金の支ふる家や初鰹          山下 美佐
土佐の方言で「いごっそう」は、広辞苑には「信念を曲げない、頑固者。高知県人の気性を表す語」とある。八金(はちきん)は広辞苑にはないが、確か、勝気で甲斐性のある、つまり男勝りの女性を指す言葉。跳ねっ返りの感じも混じると記憶する。一家を支える気丈な女性、この初鰹も彼女の働きにより入手したのである。


涼風や余生を刻む腕時計         有賀 稲香
時間を刻むのは時計だが、その時計が自分の余生――残り時間を刻んでいる、というのが新鮮である。なるほど秒針を一分間見詰めていれば、それだけで人生の残り時間は一分間減少するのである。それは生を受けた時からの不変の法則だが、後半生ともなれば切実に意識せざるを得ない。私もこういう句に共鳴する年令になったのである。 


  

手足より笑ひだす稚夏は来ぬ       大溝 妙子
 まだ言葉を発することのできない嬰児なのであろう。自己表現方法は泣くか、手足を動かすかである。そのように見ると季語の「夏は来ぬ」が的確な斡旋である。薫風が吹き渡り爽快が季節の到来に赤子も喜びを全身で表現しているのだ。

宿題を吹き飛ばしたる扇風機       堀切 克彦

我が家でも毎日のように母子の間で宿題を巡ってのやりとりを耳にする。上の二人の女子は黙っていても自分で計画を立ててこなしているが、下の二人の男子は母親が叱らないとやらない。叱ってもすぐに姿をくらます。その鼬ごっこの日々である。扇風機はおかまいなしにテキストの頁を繰り、吹き飛ばす。宿題なんて人生の中では些細なことだ、と言っているのかのようである。 


 

真新しきスカイツリーが箱庭に      我部 敬子
 
スカイツリーが完成したあと、この塔を題材にしたおびただしい数の俳句が句会に出句され、感心する句が無いまま今日に到っている。だがこの句は出色の出来である。スカイツリーの土産に買った模型を箱庭に据える。つまり本物でないスカイツリー、もっとも丈の短いスカイツリーに縮小して詠んだところが見事なのである。ついでながら、直近に出版された(公)俳人協会版『新東京吟行案内』の浅草地区の項に一句だけスカイツリーの例句が出た。それは〈スカイツリーとは大いなる陽炎か 伊那男〉であった。 


香水やマンハッタンに昼と夜       畔柳 海村
この句はニューヨーク在住の月野ぽぽなさんを迎えた纏句会に出句された。いい挨拶句である。もちろん挨拶に終わっているわけではない。私は行ったことがないが、人種の坩堝の摩天楼の街の側面を象徴的に捉えた句だと思う。昼の顔と夜の顔、昼の香りと夜の香り……そのような二面を名詞だけで存分に表現をしたのである。 


  

姉妹なき我が血を分くる赤家蚊      末永理恵子
「蚊」の季語でこのような発想の句は初見である。もちろんそれによって血脈が継続するわけではないが、人生ということをふっと考えさせる。深い思いの籠る句である。同時出句に〈枇杷たわわ涙の形して重し〉もなかなか意味の深い句である。枇杷の実の形状を涙と見たのだが、もしかしたらそこまでの発想は誰かが思い付くかもしれない。だが「重し」の措辞はなまなかではない。たわわな枇杷の重量だけではなく、作者の、いやもっと普遍性を持って、人々の涙の重さを重ねているのである。 

その他印象深かった句を次に

空梅雨の空に擦り傷ほどの雲       伊藤 庄平
路地ひとつ越え嫁ぎきて古稀の古茶    大野 里詩
竹ほうき腐草蛍となるを追ふ       神村むつ代
子供の日兜となりし薬包紙        多田 悦子







           

 
 





 
星雲集作品抄
伊藤伊那男・選
秀逸
風を切る下ろし立てなる捕虫網      埼玉  渡辺 志水
菅公の青梅ならば拾ひたし        千葉  白井 飛露
祭髪解くや三社の灯にとほく       東京  宇志やまと
お揃ひの帽子草取奉仕団         埼玉  志村  昌
良き言葉さづかりし日の涼しさよ     東京  竹内 洋平
芍薬の雨に濡れたる重さかな       東京  辻  隆夫
人混みに紛れて軽し夏帽子        東京  豊田 知子
ひろがれる水輪の芯にあめんぼう     東京  小泉 良子
単衣着てせせらぎの音身にまとふ     神奈川 栗林ひろゑ
命名も結納もこの夏座敷         神奈川 中野 堯司
海神の御霊遥かに青葉潮         神奈川 上村健太郎
単衣着て布一枚の重さ知る        東京  辻本 芙紗
早苗饗の仕舞の手打うどんかな      埼玉  大澤 静子
仲直りしてまた喧嘩さくらんぼ      神奈川 有賀  理
代々之墓に日照雨や青田中        東京  岡本 同世
小上がりの薄き座布団氷水        東京  生田  武
幕の間に急ぐ蕎麦湯や傘雨の忌      東京  伊藤 真紀
黒南風に乗りて火山灰降る家郷なり    埼玉  今村 昌史
子の嫁ぎただただ広し夏座敷       埼玉  小野 岩雄
綿菓子の袋あかあか夜店の灯       静岡  金井 硯児
この村に住み着く覚悟藜抜く       長野  神林三喜雄
吾もまた一間に独り金魚鉢        埼玉  園部 恵夏
虹二重追ひ掛けゆけば一つ消ゆ      長野  平澤 俊子
将門の塚や四角き木下闇         東京  宮﨑晋之介

  






星雲集作品抄


            伊藤伊那男・選
父の日の父の手酌を真似てみる      東京  秋田 正美
梅雨傘の時にもみ合ふ駅舎かな      埼玉  秋津  結
青田風奥の細道吹き渡る         神奈川 秋元 孝之
麦の秋大地かがやく日暮どき       東京  浅見 雅江
燕の子産毛の頭ふりふりて        愛媛  安藤 政隆
青葦や記憶をめぐる郷の川        東京  井川  敏
初がつを塩でたたくや土佐に住み     高知  市原 黄梅
青嵐雲の湧き立つ竜神池         神奈川 伊藤やすを
山滴るますます小さき西行庵       東京  今井 麦
ほととぎす訪ねて雨の峠越え       愛媛  岩本 昭三
重たさに地を這ふ牡丹紅仄か       愛媛  内田 敏昭
黒南風や伐採を待つ庭の木々       東京  浦野 洋一
とびたがる帽子手にして避暑散歩     埼玉  大木 邦絵
萍の塞ぎきれざる水暗き         東京  大沼まり子
雨あとの全き虹の中にをり        群馬  岡村妃呂子
心太信濃の風を運び来る         神奈川 小坂 誠子
落柿舎の前の細道風薫る         京都  小沢 銈三
酸つぱさの電気走りて心太        静岡  小野 無道
神の田を汚して掬ふ濁り鮒        神奈川 上條 雅代
小魚を咥へ翡翠川面蹴る         東京  亀田 正則
犬の息きこえて静か明易し        長野  唐沢 冬朱
葉桜の日を照り返す阿吽像        神奈川 河村  啓
光芒に影立ちつくす夏の浜        愛知  北浦 正弘
大の字の奥の比叡や信長忌        神奈川 北爪 鳥閑
小なれど庭の草取り昼餉過ぐ       東京  絹田 辰雄
睡蓮や時間の止まる町外れ        和歌山 熊取美智子
用水路淀む水面に花筏          埼玉  黒岩  章
夏めくや項濃くなり子等奔る       愛知  黒岩 宏行
背を正し山廬へ一歩青葉風        東京  黒田イツ子
頼朝の遠駆けの道大南風         神奈川 小池 天牛  
祠立つ室の八嶋の茅の輪かな       群馬  小林 尊子
梅雨晴間上野にパンダ生まれしと     神奈川 阪井 忠太
手作りのずしりと重き柏餅        長野  桜井美津江
鳴き龍の鋭き眼光夏の雷         東京  佐々木終吉
夕風に波立つ代田息づけり        群馬  佐藤 栄子
池に垂る室の八嶋の四葩かな       群馬  佐藤かずえ
夢に聞く父の呼び声明易し        東京  島谷 操
四阿のがらんどうなる五月闇       東京  清水美保子
鎌研ぎし砥石に残る祖父の癖       神奈川 白井八十八
(かど)つこは手植ゑとなるや余り苗      東京  須﨑 武雄
朝の浜光かがよふ蟹の群         神奈川 鈴木 照明
落人の潜みし谷に岩魚釣る        群馬  鈴木踏青子
かくれんぼ若葉に透くる鬼の影      愛知  住山 春人
西往けば東へ復る田植かな        山形  髙岡 恵
魚干す海辺の宿や青簾          東京  髙城 愉楽
掛軸を山水にして夏座敷         福島  髙橋 双葉
室の八嶋蛙飛び付く力石         埼玉  武井 康弘
蕺菜(どくだみ)も咲き終へるまで愛でるかな     広島  竹本 治美
切り口の鏡のごとく初鰹         三重  竹本 吉弘
西日射す明と暗とに塗り分けて      神奈川 田嶋 壺中
薄暑光糠で磨きし箱階段         東京  立崎ひかり
十薬を少し残して庭の隅         東京  田中 寿徳
一本のしなる竿先葦茂る         東京  田中  道
豆御飯早き夕餉となりにけり       神奈川 多丸 朝子
崩るるは一思ひにて紅き薔薇       大阪  辻本 理恵
豊後路の山重なりて青葉かな       東京  手嶋 惠子
江ノ電の車窓に絶えぬ四葩かな      神奈川 長濱 泰子
九回裏バッターの指す雲の峰       大阪  永山 憂仔
太梁の貫く広間夏館           神奈川 萩野 清司
いち早く風の濡れをり雨蛙        埼玉  萩原 陽里
目高見る目高の鉢に顔映し        広島  長谷川明子
便箋にインク滲ませ梅雨に入る      東京  長谷川千何子
咲いたよと伝へぬ先に散る牡丹      神奈川 花上 佐都
つひ値踏みしやる木箱のさくらんぼ    長野  馬場みち子
翡翠や眸嘴漆めく            神奈川 福田 泉
上水は暗渠となりぬ桜桃忌        東京  福永 新祇
体操の輪を縦横に初つばめ        東京  福原 紀子
腹を蹴る胎児花火の中にをり       愛知  星野かづよ
青鳩の潮酌む凪の波頭          東京  星野 淑子
鬼棲むと吉備に青嶺の城址かな      神奈川 堀  英一
枇杷捥ぐに長柄鋏に振り回され      東京  牧野 睦子
湯の香り残して過る青簾         神奈川 松尾 守人
夏めくや手かざして見る摩天楼      愛知  松下美代子
赴任地へ向かふ車窓に虹の橋       京都  三井 康有
音無くて時の積れる竹落葉        東京  宮田 絹枝
青田行く同行二人の鈴の音と       広島  村上 静子
溢れ出る艶の並びやさくらんぼ      長野  守屋  明
眼光に後ずさりして信長忌        東京  八木 八龍
天の川パリの吾が子も見てゐしか     東京  家治 祥夫
あめんぼう円の中心抜け出せず      東京  保田 貴子
民宿は夏の匂ひのする湊         東京  山口 一滴
大粒の雨に打たるるキャベツ畑      群馬  山﨑ちづ子
登り来て夕日の中の茅の輪かな      東京  山田  茜
留守時に嫁ぎし子よりカーネーション   神奈川 山田 丹晴
若葉風自転車乗つてパン買つて      静岡  山室 樹一
露地口のあぢさゐに問ふ雨模様      高知  山本 吉兆
サイダーの瓶を透かして浅間山      群馬  横沢うだい
国生みの伝説あまた鱧の島        神奈川 横地 三旦
飲み頃と漬けし青梅皺で告ぐ       千葉  吉田 正克
節々の痛みをつれて梅雨入かな      東京  渡辺 誠子
ゆり籠の如くゆれゐる浮巣かな      東京  渡辺 文子









     








星雲集 今月の秀句

伊藤伊那男

風を切る下ろし立てなる捕虫網      渡辺 志水
一読気持のよい運びの句である。子供の頃を懐しく思い出す。まだ貧しい時代であったから破れたら繕って使ったりしたので、新品を手にするのは嬉しいのだ。振り廻して動きや柄の太さなどを確認する。「風を切る」に喜びが溢れている。同時出句の〈列乱れ人手と知れる植田かな〉は目配りの良さ、〈遠足子に励まされつつ筑波山〉のそこはかとないユーモアと、各々味わいのある句が並んだ.。

菅公の青梅ならば拾ひたし        白井 飛露
〈東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな 菅原道真〉から、北野天満宮を始めとして菅公を祀る神社は「梅」を大切にする。北野天満宮ではその梅から梅干を製して頒布している。この句はたまたま訪ねた天満宮の境内で落ちている青梅を見たのであろう。いつもなら見過すのだが、この境内のものならば持って帰りたい、と思う。そうした心の動きが素直に出たところがいい。


お揃ひの帽子草取奉仕団         志村  昌
皇居の草むしりに、全国各地から志望する奉仕団が来て一日作業する。時に天皇陛下が労いの言葉をかけて下さるという。句の眼目は「お揃ひの帽子」。この措辞で、多分毎年のように訪れる結束のある一団の姿が浮かび上がる。動作については何も述べていないが、この言葉で規律の良い作業風景が理解されるのである。 


人混みに紛れて軽し夏帽子        豊田 知子
こういう句を見ると、夏の真昼に雑踏を歩くのもまた楽しみだな‥‥と思う。気に入った夏帽子を被ってである。帽子は誰も見なくてもいい、ショーウインドに写る自分を時々見る位がいいのだ。そうした女性の心理がさらりと描き出されているのがいい。「軽し」が眼目。


ひろがれる水輪の芯にあめんぼう     小泉 良子
あめんぼうは鏡面のような静かな水面にいることが多い。小さな水輪があちこちにできるのだが、動いたら動いたで、必ず中心にあめんぼうがいる。当り前のようにみえて面白い把握である。写生句の良さを実感する。 


単衣着てせせらぎの音身にまとふ     栗林ひろゑ
何とも涼しげな句である。麻であろうか、袖の擦れ合う音がまるでせせらぎのようである、という。感性の良さを見せた句で「心頭滅却すれば火もまた涼し」などという言葉を思い出す。同時出句の〈打水や余生は虹をつくる日々〉には人生の充足が、〈水打ちて土の吐息を聞きにけり〉は着眼点に独自の感覚を発揮させた。 


命名も結納もこの夏座敷         中野 堯司
 家族を詠んだ句であろう。誕生して命名の札を張ったのもこの部屋。両家の親も集まって祝福を受けたのであろう。その子が成長して、この部屋で結納の儀式があり嫁いでいった。今は老夫婦の二人が残る。数十年にわたる家族の歴史がこの十七文字に凝縮されているのだ。短いけれど俳句の無限性を得心する一句である。同時出句の〈草笛の妻なかなかに息ゆたか〉〈薬売りもう来るころか半夏生〉も秀逸であった。


単衣着て布一枚の重さ知る        辻本 芙紗
ああ、こういう詠み方もあるんだ、と感心した。軽装になればなるほど「布一枚」の重さを感じるというのである。単衣の軽さを詠まず、重さを詠むという逆転の発想で意外性が出た。同時出句の〈聞き役のをらぬ二人やアマリリス〉〈青芝にそれぞれの時大学生〉も人間関係の微妙な距離感を各々描いて成功している。 
代々之墓に日照雨や青田中        岡本 同世
 私の育った田舎の風景を思い出させる句だ。代々の墓は家の敷地の中にあり、昭和四十年代でも土葬が残っていた。この句は田圃の中の墓地。先祖代々が農作業を見守り続けているのである。「日照(そば)雨(え)」(戯とも)は昼間の通り雨で、青田の色を更に鮮明にする効果がある。同時出句の〈竜宮に居れず出できて穴子かな〉は一転して、空想にユーモアを加えた楽しい句であった。
その他印象深かった句を次に。

小上がりの薄き座布団氷水        生田  武
幕の間に急ぐ蕎麦湯や傘雨の忌      伊藤 真紀
黒南風に乗りて火山灰降る家郷なり    今村 昌史
子の嫁ぎただただ広し夏座敷       小野 岩雄
綿菓子の袋あかあか夜店の灯       金井 硯児
この村に住み着く覚悟藜抜く       神林三喜雄
吾もまた一間に独り金魚鉢        園部 恵夏
虹二重追ひ掛けゆけば一つ消ゆ      平澤 俊子
将門の塚や四角き木下闇         宮﨑晋之介























銀漢亭こぼれ噺



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2017/4/17 発売されました。
 





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 仕事で接した京都、
京都生まれの妻と結婚してからの京都、
俳句を始めてからの京都、
妻を亡くしてからの京都・・・・・。
京都は味わいも深みも変化させながら、
いつしか喜びと悲しみの交叉する街となってきた。
「京都」を軸に、人生と俳句について綴った
著者はじめての自伝的エッセイ。


        















伊那男俳句  


伊那男俳句 自句自解(21)
          
  
古書店のくらがりを出て祭笛


 俳句を始めるまでは、正直なところ祭にはほぼ関心を持たなかった。わざわざ人混みに揉まれるのは難儀だと思っていたのである。神田祭を見たのも30代の半ばである。入会したフジテレビの社内句会「枸杞」の吟行に誘われて初めて巡行を追ったのである。
 これをきっかけに三社祭も朝六時の宮出しに駆け付けたり、深川の水掛祭、だらだら祭、朝顔市、菊供養、佃の盆踊、板橋の田遊び……などなど、東京の祭りや行事に関心を持つようになっていった。もし俳句をやっていなかったら今もって何も知らずにいたことだろうと思うと、俳句の恩恵をつくづく思う。
この句は神田祭の嘱目である。古書店は本が日に焼けてはいけないので、テントで庇を深くしていて薄暗く、別世界の趣きがある。空気が澱んだやや黴臭い店を出ると、町は明るく、祭の最中で、どこからともなく巡行の笛や囃が聞こえてくる。同じ町の明暗のコントラストを詠んだ。

  
鎌倉の海のけぶれる男梅雨


 鎌倉は私にとって俳句のホームグラウンドの一つである。困った時の鎌倉である。俳人協会新人賞を受賞した当日「俳句」編集部から受賞第一作の依頼があった。すぐ作った方がいいと思い、翌日日曜日に一人で鎌倉に出掛けた。稲村ヶ崎や腰越漁港などを散策し、流れてきた若布屑を拾ったりした。この辺りから新田義貞軍が鎌倉へ突入し幕府は滅亡した。
                                     
三方を山に囲まれた竈形の鎌倉は自然の要塞であった。だが(やと)が入り組む複雑な地形で狭い。その中で権謀術数が飛び交い、武力行使があり、源氏は三代で早々に滅び、三浦、北畠、比企と有力武家も敗退していく。今でも材木座辺りの宅地造成をすると、刀傷のある骨が出てくることがあるという。まだ鎮魂が終っていない土地のように私には感じられるのである。掲出句は鎌倉を叩く荒梅雨を詠んだ。どの谷も群雄割拠した男達の戦場である。そのような連想から「男梅雨」の措辞に到ったのである。












  
        


 



銀漢の絵はがき


挿絵が絵葉書になりました。
Aシリーズ 8枚組・Bシリーズ8枚組
8枚一組 1,000円

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銀漢亭日録

伊藤伊那男


 6月

6月26日(月)
俵屋泊。何とも豊かな睡眠を賜る。槙の香りの風呂に30分程。朝食は湯豆腐、ぐじの塩焼など。エッセイも書き、京都を知っているつもりでも「一力」で遊び、此の宿に泊まり、淡々とさりげない接待を受けると、まだまだ、京都の二、三割しか知らなかったのだ……と思う。
10時半、細川タクシーで六波羅蜜寺〜珍皇寺〜清閑寺〜大谷祖廟(A夫人の両親が分骨されているとのことにて。私の妻も)〜長楽寺〜西行庵〜芭蕉堂など。全体でいうと建礼門院、小督局などの史跡巡りとなった。13時半、俵屋系列の「天邑」へ。海胆の海苔包み揚、生湯葉揚、生麩揚など、いかにも京風素材の天麩羅。もちろん琵琶湖の鮎、さいまきなどもたまらない! 酒は「俵屋」。
15時、ご夫婦と別れて新京極「スマート珈琲店」でコーヒー。誓願寺に寄り、酒場「スタンド」と一気にB級グルメに戻る。「たつみ」へ梯子。でもこの店のぐじの塩焼はなかなかであった。京都駅で新幹線発車までの時間、いつもの「おそば処 葵」。23時帰宅。店は本日臨時休業。

 6月27日( 火)
「萩句会」選句。山田真砂年、山崎祐子さん。いわき海の俳句大会で岡本同世さんがどなたか選者の特選と。閑散。

6月28日(水)
「雛句会」14人。熱気あり、津田卓さんの名幹事。大岡信氏を送る会に出席したという伊那の小池百人君が寄ってくれる。こしだまほさんと来店した読売新聞の西嶌徹さん、慶應志木高で授業に俳句を取り入れた熱心な先生がいたと……本井英さんであった。

6月29日(木)
予約ない日。茅野市在住でホームページ見て今年入会したという蜂谷敦さん、出張で上京とて店を訪ねてきて下さる。村上護先生を偲ぶ会あとの麻里伊、中村十郎さん他。水内慶太、山田真砂年、土肥あき子さんも。

7月

7月1日(土)
運営委員会、午後、万世橋会館にて「銀漢本部句会」。近くを通ったので「神田まつや」で大盛。句会62人。あと「甘太郎」にて親睦会10人。

7月2日(日)
都議選投票。中野サンプラザにて「春耕同人句会」。中島八起氏へ句集最終校正渡す。暑気払いの会30人。あと、5、6人で二次会。「都民ファーストの会」完勝のニュース。

 7月3日(月)
岩野歯科定期検診。あ・ん・ど・うクリニックにも。暑い! 8月号同人評、飛露さんに送る。店「かさゝぎ俳句勉強会」あと11人。皆川文弘さん。

 7月4日(火)
彗星集選評書いて8月号終了。客3人程というひどい日。台風到来。以前、文化放送の大竹まことの「大竹発見伝〜ザ・ゴールデンヒストリー」で私を知って訪ねてくれた本田さんが俳句をやっているという友人と。その方は若井新一さんと新潟の高校の同期であったと。21時過に閉めて、「大金星」で小酌。

7月5日(水)
「宙句会」5周年記念誌へ一文。田中敬子句集選句など。「宙句会」あと16人。「きさらぎ句会」あと八人。

7月6日(木)
発行所、原田さがみ句集発送作業。「十六夜句会」あと15人。

 7月7日(金)
68歳誕生日。店、13人の方が祝いに来て下さる。高校同期大野田君、ヴーヴクリコで乾杯と。「大倉句会」あと21人と賑わう。谷口桂子さん、芥川龍之介と恋人についての新著。『越し人―芥川龍之介最後の恋人』出版間際と。ネットで私を知っていたという森谷さん来店。「極句会」を紹介。

7月8日(土)
上越新幹線、羽越線で新潟村上市へ。タクシーで村上城跡へ。往復1時間程散策。135メートルの城址から飯豊山、朝日連峰、三面川、日本海などを見る。町は昨日まで祭だったと。戻って鈍行で鶴岡へ。迎えの車で湯野浜温泉へ。「月の匣」(水内慶太主宰)7周年記念会に招待される。早速選句。祝宴。19時、中断して日本海へ沈む夕日を見る。

7月9日(日)
7時半、朝食。8時45分、バスにて「加茂水族館」。くらげで人気。鳥海山の残雪が美しい。酒田に出て山居倉庫見学。日枝神社前の「鈴政」にて昼食。絶品の寿司、特に別注ののどくろの焙り寿司には瞠目! 鶴岡に戻り、致道館。土産店で時間調整して羽越線・上越新幹線で東京。駅地下で打上げをして23時帰宅。梅雨晴の2日間。

 7月10日(月)
「銀化」の梅田津・峯尾文世さん等4人。勉強会。他は閑散。

7月11日(火)
酷暑。店超結社句会「火の会」。何と15人集まる。鳥居真里子さんの超結社句会「駿の会」発行所で開いたあと5人来店。高校同期の大住光汪君、私の誕生日祝いと来店。ヴーヴクリコ2本で乾杯。

 7月12日(水)
発行所、「梶の葉句会」の選句。店、法政大学教授高柳さんと飯田高校のOB4人。閑散にて、早々に閉めて帰宅すると近所のユータ君来ていて一緒に飲む。伊那の「信州伊那井月俳句大会」投句1,600句ほどから30句選句。

 7月13日(木)
8月号校正。「極句会」あと8人。来月より「銀漢」の30番目の登録句会とする。松代展枝さん幹事。ORIX時代の女子社員3名来店。新入社員だったのに何と50代半ばと! 村上鞆彦、今泉玲奈さん。

7月14日(金)
発行所校正作業。升本栄子さん御息女と。

7月15日(土)
品川発9時10分の新幹線にて京都へ。円山公園内「京料理 志ぐれ」に「銀漢」7人、「天為」4人の11人集合。昼食と3句出し句会。あと銀漢組は新京極の「たつみ」で飲み直し。暑い街を抜けて「からすま京都ホテル」に荷を解く。18時、「しん」に10人集合し、宴会。鱧のおとし、炙りなど佳し。宵々山を楽しむ。船鉾町の長江家住宅の屏風祭よし。熱気に打たれ23時には就寝。

7月16日(日)
6時起床。今日も晴。7時、コメダ珈琲店のモーニングセット。蕪村旧居拝して戻る。京都駅から膳所経由で坂本。里坊を散策して「本家鶴喜そば」。辻本理恵、中島凌雲君加わり13人。句会、昼の酒。ケーブルで比叡山。根本中堂参拝。いきなりの雷雨。ロープウエイとケーブルで八瀬へ。18時、聖護院河道屋養老で酒盛り。句会。京阪で三条に出て宵山へ。蟷螂山の蟷螂の斧が不具合で面白い。一軒寄って今日は「チエックイン四条烏丸」というホテル。究極の狭い部屋。少し呑んで24時過ぎ就寝。














           
△『漂白の俳人・井上井月』伊藤伊那男著
          
  
    






今月の季節の写真/花の歳時記



017年9月21日撮影  紫苑    HACHIOJI





花言葉 「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」

        
紫苑
「紫苑」という色名の語源となった花。中秋の高い空へ爽やかな色彩を向ける紫苑は、平安時代から鑑賞用や薬用として親しまれきた、秋の代表花ひとつ。清少納言も紫苑色を「あでやかなるもの」として『枕草子』にも登場させています。

今月の紹介した花々・・・・・。
禊萩 釣鐘人参 酔芙蓉 吾亦紅 彼岸花
 
曼珠沙華 紫苑    
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写真は4~5日間隔で掲載しています。 




2017/9/23 更新



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