紫蘇輝石(Hypersthene)

 



紫蘇輝石 (Hypersthene) 
14.2x7.9mm 3.2ct
一般的な茶色の紫蘇輝石
(Brown color hypersthene)
薄片双晶紫蘇輝石のカボション 27.8ct 33mm
(Lamellar twinning hypersthene cabochon)

Srilanka
頑火輝石(Enstatite)
1.29ct 0.42ct
Baluchistan, Pakistan

 


黒褐色の紫蘇輝石を含む水磨耗礫片
Dark brown waterworn hypersthene
紫蘇輝石 21mm
Hypersthene
頑火輝石の柱状結晶 39mm
Enstatite
古銅輝石 52mm
Polished bronzite
福島県猪苗代湖畔 Fukushima Japan Le Presse, Swiss Bamle, Norway Kupferberg, Germany


化学組成
(Formula)
結晶系
(Crystal system)
モース硬度
(Hardness)
比重
(Density)
屈折率
(Refractive Index)
紫蘇輝石
(
Hypersthene)
 (Fe,Mg)Si2O6 斜方晶系
(Orthorhombic)
5 1/2 3.4-5 1.65-67
頑火輝石
(Enstatite)
Mg2Si2O6 5 1/2 3.27 1.66-67

 

   1980年代初頭、本格的に宝石収集の道に入り込みはじめた頃、何としても世界最大の宝石フェアである、アメリカ,アリゾナ州ツーソンへは行かねばならないと決心して出かけました。
 5日もあれば十分だろうと飛行機やホテルの手配も済ませ,準備万端整えたつもりでしたが, 着いて直ちに5日間では到底足りないことに気が付きました。
 市のコンベンション・センターに始まり,30余りのホテルやモーテルのホールから各部屋、そして市内の空き地にはいくつもの巨大なテントの特設会場、さらにはガソリンスタンドや教会等々ありとあらゆる場所で、1月末から2月中旬までの3週間にわたり、3000ほどのブースが次々と店開きしているのです
 その内およそ半数がダイアモンド以外の色石のルース、20%が宝飾品やアクセサリー、20%は鉱物や化石標本,その他展示ケース、出版物,測定機器や研磨用工具等々、宝石に関するありとあらゆる商品と情報とが揃っています。 
 ツーソンでの宝石フェアのきっかけとなった地元の鉱物愛好会の展示も健在です。
ツーソンのブース(Booth at Tucson)
ホテルのホールでの会場 特設テント会場 コンヴェンション・ホール会場

   

  専門性の高い世界の業者が集まっており、至上の逸品であれ,稀産中の稀産であれ、ある業者が持っていなくとも,何処のブースの誰なら持っているなどという嬉しい助言に、それこそ広大な街中の会場を走り回った次第。
 恐らく3週間の期間ずっと通して滞在しても全てを見ることは不可能でしょう。
時間以上に資金が足りないのは言うまでもありません。
 しかし最も足りなかったのは宝石と鉱物に関する基本的な知識でありました。
ともかく知らない鉱物や宝石が次から次へと出てきて戸惑うばかりです。

 Hypersthene (英語ではハイパーシーン)と読みます。
しかしフランス人の業者でしたからイペールステーヌと来ました。まさに ”ケスク セ ク サ ?” それは何物か?もその一つ。
 見た目はまるでペリドットの様ですが、これが如何に珍品か、とうとうと説明してくれて,どうやらアンスタチットの仲間だと言うことは理解しましたが,しかしアンスタチットが何か,これが分からないのです。(英語では Enstatite=頑火輝石)
 当時は例え日本語で頑火輝石や紫蘇輝石とか言われても理解出来なかった事に変りはありませんでしたが。

名前と産状


 さて、この紫蘇輝は頑火輝石に属する鉱物ですが、ほぼ同じ化学組成を持ち赤鉄鉱等の薄片を含んでブロンズ光沢を示す古銅輝石(Bronzite)と比較して少し硬度が高いのでギリシア語のhuper=超える、とsthenos=力,とを合わせて命名されました。
 命名者は結晶構造学を提唱したフランスの鉱物学者、アウイ(Haüy 1743〜1822)です。
 かつては (Fe,Mg)Si2O6成分の含有率を基準に、鉄分が10%以上含まれると紫蘇輝石としていたのですが、現在は鉱物学的には全て頑火輝石に統一されています。
 
 紫蘇輝石は基本的な造岩鉱物で世界中至るところで見つかるし、コンドライト(石鉄隕石)と呼ばれる、太陽系が出来た頃の古い隕石にも含まれる普遍的な鉱物です。
 そんな鉱物でもカットされて宝石になる程の美しい結晶が例え稀にでもあるというのが驚きです。
 こうした情報は戻ってからあれこれ調べてようやく分かったこと。
フェアでは何か分からないが、面白そうな標本は迷わずその場で入手すると言うのが鉄則です。
 広大な会場では、後で買おうとしても、同じブースに戻ることなどまず不可能、運良く戻れても、既に他の誰かに買われてしまっていた,という事も良くあること。
 
 もう一度紫蘇輝石に戻ると、果たしてこれが紫蘇輝石なのか否か、今もって確信が持てません。 
 第一に、鉄分を多く含む紫蘇輝石は茶色か褐色が普通で、こんな鮮やかなペリドットみたいな緑の紫蘇輝石は文献に拠るとあるようなのですが、写真すら存在しません。
 もっとも一般には暗緑色の頑火輝石にも無色透明な結晶があるくらいですから,鉱物の世界でも先入観は禁物ですが。
 頑火輝石、橄欖石、古銅輝石とも化学組成、結晶系、屈折率,比重等々,極めて近く、精密な測定をしても,データは誤差の範囲内で識別はまず不可能。
 むしろこの色や、種々のデータからするとクロームを含まない透輝石(Diopside:CaMgSi2O6)かも知れないと、この10数年折に触れ調べ直しの繰り返し。
 カラット当たり150ドルと,結構な値段でしたから、もし透輝石,頑火輝石、橄欖石だったら数倍高く買ったことになります。
 しかし,文献にさえ出ていない緑の紫蘇輝石のルースなら値段などあって無いようなもの。
 ともあれ永年楽しめたから、安い買い物ではありましたが。 
それにしても,この石のカッターは、どうやって、元の結晶を紫蘇輝石と識別したのだろうか ? そちらの方が余程興味があります。 

 ブラジルやスリランカ、もちろんアメリカやヨーロッパにも稀少鉱物の専門業者がいます。ありふれた宝石ならともかく、得体の知れない鉱物のカットされたルースを肉眼で識別することはほぼ不可能ですから、その場では信用して買うのみです。
 戻ってから慎重に調べることになりますが、これまでの経験では専門業者なら、まず間違いありません。 
 それにしても彼らの鑑識力は大した物です。
と、こうして得体の知れないルースを手に入れては永遠の謎を楽しめると言うのが、ツーソンのような大きなフェアに出かける最大の楽しみでもあります。

 

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