合成エメラルド(Synthetic Emerald)



フラックス法合成エメラルド(Flux synthetic emeralds)

熱水法合成エメラルド(Hydrothermal synthetic emeralds)
Kyocera Russia Chatham Gilson Russia Biron Regency
1.22ct 6.3x6.3mm 1.21ct 8.3x6.7mm 0.38ct 7x7mm 0.77ct 7x5mm 1.22ct 12.0x6.2mm 0.70ct 7.1x5.5mm 1.04ct 7.0x5.4mm
天然エメラルド(Natural Emerald)
3.34ct 8.8x8.3mm 1.68ct 10.8x6.6mm
Muzo, Colombia Zambia
 
 18世紀末に合成エメラルドはフランス科学アカデミーによって試験的には成し遂げられていました。
 さらにドイツの I.G. ファルベン社が膨大な年月と開発費とを投入して宝石質のエメラルド合成に成功し、1931年から1941年まで販売されました。しかし生産コストが余りにも高く、商業的には失敗に終わりました。
 合成エメラルドの歴史と詳細については ”宝石読本 - 合成エメラルドの展望”をご覧ください

 1930年代後半、アメリカの化学者、チャザムがフラックス法の合成エメラルドの量産技術を確立し、合成エメラルドが宝石市場に安定して供給され始めました。
 その後世界の各地でフラックス法、更に熱水法によるエメラルド合成技術の開発が進み、コロンビアやザンビア産の最上のエメラルドに匹敵する美しい合成エメラルドが手頃な価格で登場しました。

フラックス法合成エメラルド (Flux synthetic emerald)


チャザム合成エメラルド (Chatham synthetic emerald)
0.33ct(6x4mm) - 1.44ct(8x6mm) 15ct 20x13x13mm 54ct 30x16x24mm 9ct 18x14x10mm
  1940年代の初め、アメリカの宝石市場に素晴らしく美しいエメラルドが流通し始めました。当初は新産地か新鉱脈でも発見されたのだろうと考えられていましたが、しかしその数量が余りにも多く、安定して供給され続けたため、次第にその素性が疑われるようになりました。
 これこそはアメリカの化学者、キャロル・チャザムが独力で合成に成功したエメラルドでした。製造技術は未だに明らかにされてはいませんが、その特徴からフラックス法です。
 先行したフランスとドイツも同じフラックス法でしたが、安定した商業生産には至らず失敗に終わりました。チャザムの成功は、恐らく3ヶ月から半年に及ぶ結晶成長の期間の精密な温度管理に負うところが大きいと考えられます。さもないと大きな結晶が得られないからです。
 しかしながら、コンピューターも無かった1930年代にはそれはとてつもなく困難な作業であったに違いなく、それを独力で成し遂げたチャザムの業績は偉業と言うしかありません。
 後述する追随者が登場するまでに20年以上かかったという事実が何よりもチャザムの天才を印象付けるのです。

 チャザムのエメラルドの出現により、その正体を追求するために世界の宝石学者や鉱物学者が動員され、世界中のエメラルドが集められて詳しく調べられ、ついに、それが紛れも無く本物のエメラルドではあるが、しかし天然とは異なる人工のエメラルドであることが明らかになりました。

 この検証の成果はまた、天然の宝石の成因や発色の原理などの特徴、合成宝石とその他のイミテーションの特徴とを詳細に比較し、それぞれの違いを明らかにする ”宝石学”の確立と発展とを促す大きな契機ともなりました。

ギルソン合成エメラルド (Gilson Synthetic Emerald)
  チャザムに遅れること20年余り、1963年にフランスのギルソンがフラックス法によるエメラルドの合成に成功しました。
 モリブデン酸リチウムをフラックスとして使用し、坩堝をゆっくりと回転させながら、凡そ1年かけて60x40x15mm、100gの結晶を年に100個程生産する技術の確立に15年余りかけての参入でした。 大変な時間をかけただけあって、200倍に拡大しても殆ど包有物が見当たらない程に完璧なエメラルドです。
 が、商業的に成功したとは言えず、その後1971年にトルコ石、1972年にオパール、1974年にラピスラズリ、1979年に珊瑚と、新たな分野に事業の方向を転換して成功を収め、チャザムと並び宝石合成の世界で偉大な足跡を残しました。
0.77ct 7x5mm

キョーセラの合成エメラルド(Kyocera synthetic emerald)
1.38ct 8x6mm 0.96ct 10.1x5mm 1.38ct 8x6mm 1.22ct 6.3mm
 京都セラミック社は1976年に合成エメラルド合成技術の特許を申請し、クレサンベール・エメラルドの名称で宝飾品市場に参入してきました。
 他にもルビー、パパラチア・サファイア、アレクサンドライト、キャッツ・アイ、オパール等、多彩な宝石を独自の合成技術で生産し、販売しています。
 多くの合成エメラルドが少量生産、販売されただけで市場から姿を消して言った中で、こんにち、チャザムと並び、安定した生産と販売を続けている数少ない企業の一つです。
 キョーセラは”再結晶宝石”と謳っているように、酸化ヴァナジウム、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、酸化硼素等のフラックス中にエメラルドの材料を混ぜて高温で溶融し、ゆっくりと温度を下げてエメラルドの結晶を成長させています。
 得られた結晶から包有物の無い部分を厳選してカットしているため、極めて透明度が高く、フッカー・エメラルドのような天然では稀にしか見られない美しいエメラルドを商品化しています。

ロシアのフラックス合成エメラルド(Russian flux synthetic emerald)
0.6ct Ø6mm 0.92ct 7x5.1mm 0.84ct 10.5x5.2mm 1.21ct 8.3x6.7mm 32g 47x32020mm
 1960年に世界で初めてルビーを使ったレーザーが開発されました。
が、その前に光より波長の長いマイクロウェーヴ(赤外線領域の電磁波)を増幅するメーザーがエメラルドを発振子として開発されていました。
 レーザー同様、メーザーも産業用、軍事用として利用価値が高く、アメリカでは GEやユニオン・カーバイド社等が一斉に、これらの用途に使える純度の高いエメラルド合成に進出したのです。
 ルビーも同じですが、天然には全く欠陥の無い透明なエメラルドはありませんから、必然的に合成エメラルドを作る必要があったわけです。
 当時冷戦状態にあったソ連でも対抗措置として直ちに軍事用途に合成エメラルド研究に着手し、シベリア・ノヴォシビルスクにある科学アカデミーの地球物理学研究所でその研究が進められました。
 合成では純度の高い結晶が作れるとは言え、やはり全く欠陥が無い結晶が出来るわけではありません。大きな結晶の無傷の部分だけを選んでメーザー発振子がつくられますが、多少傷があっても、その他の部分は宝石としては充分使えますから、宝石としてカットされて市場に出てきます。写真の0.6ctのルースには包有物が見て取れます。がこれでも天然のエメラルドと比べれば比較にならないほど、透明度が高く美しいルースです。
 ソ連崩壊後に、こうして研究所で作られ、メーザー用としては使われなかった大量のエメラルド結晶の在庫がカットされ、世界の宝飾品市場に大量に、恐らく大半は天然のエメラルドとして紛れ込んだようです。
 ロシアはそのタイの企業と合弁で宝石の製造販売会社を設立し、エメラルド以外に様々な宝石を生産しています。
その他のフラックス法エメラルド(Other flux synthetic emerald)
Empress 1.52ct 12x6mm AGEE 0.26ct 5.2x3.1mm XL 1.08ct 9x6mm 結晶 3.5ct
 日本では合成宝石は全く人気がありません。宝飾品は資産と考えられているためですが、実際には宝飾品の大半はただの高額商品に過ぎず、資産として相応しい高価な宝飾品を買える様な富裕層は日本にはほんの一握りしか存在しないのが実情です。
 アメリカでは途方も無く高価な天然宝石は富裕層が、一方、庶民は宝飾品なら手頃な値段で美しい合成宝石と、分別のある購買行動が浸透しています。
 従って天然の最上級品と見分けが付かない合成宝石、とりわけフラックス法のルビーとエメラルドは高い人気があります。
 高品質のフラックス法のルビーやエメラルド、アレクサンドライト等を製造できるメーカーは数えるほどしかありませんが、需要が大きいため、上述のメーカーの結晶やカットされたルースが様々な販売会社のブランドで市場に登場しました。
 写真のルースはツーソン等の宝石フェアにて見かけたものです。精密な化学分析でもしない限り、どのメーカーが作ったものかは分かりません。

熱水法合成エメラルド(Hydrothermal synthetic emeralds)

リージェンシー熱水合成エメラルド (Regency hydrothermal synthetic emerald))
0.96ct
10.2x5.2mm
1.04ct
7.0x5.4mm
 コロンビアのエメラルドが質、量共に他を圧倒する存在であることは良く知られています。その理由は、弗素を含む熱水起源という特異な成因にあります。
 即ち、世界で最良のエメラルドは高温、高圧の熱水中で比較的大きく透明度の高い結晶が成長したのです。
 一方他の産地のエメラルドの多くは、交代鉱床や変成鉱床等、地殻変動で異なる地層が衝突した際の熱や圧力で鉱物結晶が成長したものです。こうした成因では大きな結晶が成長しにくく、不純物や亀裂を含む透明度の低い小さな結晶しか出来ません。大半のエメラルドがまさにこうした成因に因るものです。
 従って、合成エメラルドも高品質の結晶はコロンビア産のような熱水条件下で成長させれば良いとは誰でも考えることです。
 実は毎年何万トンと生産されている合成水晶も熱水中で結晶を成長させる方法で作られています。
 水晶の熱水合成には300℃、50〜300気圧の条件下でアルカリ性の溶液を満たした数千リットルの大型のオートクレーヴ(密閉容器)中で結晶を成長させますが、成長が早く1ヶ月足らずで長さ30cm、重さが10kgもの大きさのほぼ無傷の結晶が得られます。
 一方、エメラルドの熱水合成には500〜600℃、600〜1200気圧と遥かに高温、高圧の条件が必要となり、小さな容器しか使えません。さらに結晶の成長が一日に 0.019-0.052mm 程度と遅く、充分な大きさに成長するには長期間に亘って超高温、超高圧を安定して維持する必要があり、これは技術的に大変な困難を伴います。
 最初に成功したのはアメリカのユニオン・カーバイド傘下のリンデ・エアトロン社で1965年のことでした。弗化アンモニウムの溶液中を入れた高温、高圧の金張りの容器中で結晶が成長します。こうして得られたエメラルドは "Quintessa" ブランドで発売されましたが、恐らく生産性の低さから採算が悪かったのでしょう、同社は1970年に事業から撤退しました。
 その技術を譲り受けて、ヴァキューム・ヴェンチャー社のリージェンシー部門が研究開発の末に販売したのが "Regency" ブランドの熱水合成エメラルドでした。現在ではなくなっていますが、1980年代にはツーソン・ショー等で入手可能でした。
ロシアの熱水法合成エメラルド(Russian hydrothermal synthetic emeralds)
5.22ct
12.0x10.2mm
1.56ct
9.2x6.1mm
1.22ct
12.0x6.2mm
0.80ct
6.5x5.1mm
5.18ct
12.0x8.0mm
2,70ct
9.3x7.2mm
1.89ct
8.9x6.7mm
       
     


ロシア熱水法合成エメラルド結晶
(Russian hydrothermal synthetic emerald crystals)
14g 33x16x18mm 18.5g 47x12x17mm 2.3g 18x7mm 1.7g 15x11mm 雁木模様の光学歪を示す成長層
 旧ソ連時代のロシアでは産業用、軍事用に宝石合成の研究を推し進め、世界屈指の宝石合成技術を蓄積しています。
 メーザー用途の基幹部品としての高品質で大型のエメラルド結晶を得るために熱水法は不可欠の技術であり、資金と頭脳を惜しみなく投入した成果は1970年代末に登場した見事な結晶と透明度の高い大きなルースが示すとおり。

 ロシアの熱水法エメラルドには下記の二つの特徴があります ;

緑の発色は一般的なクロムではなく三価の鉄イオンによる。
このためにチェルシーフィルターを通して赤く見えない。
2. 扁平な結晶形から明らかなように結晶の一定方向への結晶成長が促進される技術が用いられている。
その結果、特異な雁木模様の光学歪が現れる。
 
 こうした特徴から他の合成エメラルドや天然エメラルドとの識別は容易。しかし、後に新しい技術を導入し、こうした特長は見られなくなった。もっとも近年は熱水法での製造は停止された模様。
バイロン熱水合成エメラルド(Biron hydrothermal synthetic emerald) 
6.4ct 12.0x9.7mm 0.70ct 7.1x5.5mm 96ct 36x16mm
 1980年代初めにオーストラリアのバイロン社が熱水法による、息を呑むような美しいエメラルド結晶の成長に成功しました。
その結晶成長技術の確かさは 96カラットの結晶や 6.4カラットもの大きなルースが見事に証明しています。
 バイロン社はしかし、後にオーストラリアで Pool 鉱山なるエメラルド鉱山から採掘されたと称して合成品を天然として販売すると言う大失態を演じ、せっかくの技術に拭い難い汚名を残してしまいました。後にアメリカで "Kimberly" の名で合成エメラルドを販売しましたが、いつの間にか市場から姿を消しました。

その他の熱水合成エメラルド(Other hydrothermal synthetic emeralds)
Lechleitner 2.5ct 結晶 12ct(24x9mm) - 7.4ct(14x11mm)
ルース 0.39 -0.50ct
結晶 28.4ct(7mm) - 142ct(70mm)
ルース 1.34 - 7.89ct
Insbruck, Austria 桂林  China malossi, Czeck Republic
  1959年頃にオーストリアのレヒライトナーが薄い色の天然ベリルをカットした物を熱水中に吊り下げて周囲に厚さが0.5mmほどの薄いエメラルドを成長させる技術を開発し、発売しました。いわばエメラルドのてんぷらと言うべきものです。 後にこの技術を改良したエメラルドがガラス製品で名高いスワロフスキー社から一時販売されました。
 1980年代末に中国、桂林の鉱物資源地質研究所が熱水法の合成エメラルドを生産し、少量が販売されましたが、短期間で生産が停止されました。
 2003年にはイタリアの技術を導入してチェコのマロシ社から熱水法合成エメラルドの生産と販売が始まったとのことです。年間数千カラットが主にアメリカとヨーロッパで販売されているとのことです。

天然エメラルドと合成エメラルドとの識別 (Separation of synthetics from natural)

 チャザムのエメラルドの出現が天然と合成宝石との識別をする ”宝石学”の確立と発展とを促したことは前述の通りです。
天然のエメラルドには結晶構造の中に空洞があり、そこに必ず水分が含まれるため、チャザムのような高温のフラックス中で成長し、水分が含まれない合成エメラルドと比べるとやや比重が高く、屈折率も高い値を示すことが、識別の大きな決め手になりました。 
 更に合成エメラルドには結晶成長の際にフラックスの成分が取り込まれ、更に天然には余り見られない指紋状、羽毛状の包有物が含まれる等々、異なる成因や産状により独特の特徴を持っています。
 こうした差異を詳細に調べることで天然と合成との区別が出来ることが明らかになりました。
 ところが天然と同じ条件の熱水法による合成エメラルドの出現により、世界の宝石専門家は再び難問に直面しました。
物理、化学データや内包物の特徴が重なる熱水法合成エメラルドは天然との区別が困難です。
 事実、世界各地で熱水法合成エメラルドが天然の最上級エメラルドとして販売され、その真偽を巡る裁判沙汰が相次いだからです。
 世界の宝石学界はしかし、更に一層進んだ識別技術を開発し導入することで
個々のエメラルドの素性を天然と合成とに関わらず、産地とメーカーとの詳細な違いを ppm(百万分の一)、更には ppb(十億分の一)水準での不純物や化学組成比さらに赤外線吸収特性といった、光学的特性等々の膨大なデータが集積されています。
 従って専門の研究所で徹底的に調べれば、如何なる宝石であれその素性を確認することが可能です。
 もっともこれらは、あくまでも最先端の分析機器を備えた専門の研究所の技術水準での例であり、比重と屈折率に頼る古典的な識別手段しか持たない一介の宝石コレクターにとっては、素性の怪しい宝石の識別は最早不可能と言うのが率直な現実ではあります。
 フラックス法と熱水法のエメラルドとの違いは、それぞれに特徴のある内包物があれば見分けられますが、きわめて透明度の高いルースとなると、例え僅かに異なる比重と屈折率とを精密に測定したとしても、いずれかを識別するのは容易ではありません。
 まして熱水法のエメラルドとなると、どのメーカーかを特定することは素人には不可能です。

 従って、高価なエメラルドや宝飾品を買う際には、専門家のいるきちんとした宝石店を選ぶことが何よりも大切です。
専門家なら絶対に誤らないとは言えませんが、少なくとも疑わしい場合は専門の研究所に依頼して素性を確認するからです。
 それが出来るのが一流の宝石店たる所以であるからです。 
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