タンノイ モニター・レッド
(Tannoy ⅢLZ Monitor Red)

         
 フロント・ショートホーン付コーナー・キャビネット(幅84㎝、高さ106㎝、奥行き51㎝、重量50kg)に納まったⅢLZ モニター・レッド 


   
タンノイ・スピーカー断面図  淡赤紫色のマグネットカバー 
のⅢLZ モニター・レッド

 半世紀以上昔、日本が高度成長期に入った頃、ようやく生活に余裕が出てきた日本に、オーディオの黎明期が訪れた。
 とは言え、大学卒のサラリーマンの初任給が2万円そこそこの水準なのに、アンプ、チューナー、レコードプレーヤー、スピーカーといったコンポーネントがそれぞれ3万円と、一式揃えるには年収の半分もの出費がかさみ、LPレコードも一枚2000円と、月に一枚買うことさえ一大決心を要するような時代だった。
 そしてオーディオ・システムの根幹となるスピーカーは、日本製の多くは音は出るものの音楽を楽しめるような水準では到底なかった。
 例えばJBLのD-130Aの奏でる弾むような明解な低音域と比べると、日本製スピーカーのベースかドラムスか区別がつかないような鈍重な低域とはまさに雲泥の差だった。、
 店頭やオーディオ・メーカーの試聴室で美しい音楽を奏でていたのはJBL、Altec、Tannoy、Goodmans と言った欧米のブランドだったが、当時の換算レートはドルが¥360、 英ポンドが¥1,080 と、気の遠くなるような円安水準であったから、輸入品の値段たるやスピーカー1台でも今なら小型車を買うようなものだった。

 即ち、それなりのオーディオ・システムを揃えることは、現在なら豪華客船のスイート・ルームで世界一周旅行をするような、夢のまた夢の憧れの時代だった。
 
タンノイのスピーカー

 夢のオーディオ・システムとあれば、それこそ手に入れることができれば、心が震えるような音色で音楽を楽しめるに違いないと、せっせとメーカー各社の試聴室に通い、遂に出会ったのがコーラル社の試聴室にあったタンノイのスピーカーだった。
 人の声、ピアノ、弦楽器、管楽器と、如何なる音源であれ、瑞々しく音楽性に溢れる再生音こそは、探し求めていたものだった。
 ようやく入手したのが、冒頭の写真の、10インチのユニットを当初は小さな箱に収めた中古のシステムだった。
 後にステレオ・サウンド社と三菱電機とでタンノイの10インチのユニット専用に設計した、ランカスターというシステムのデザインに倣ったフロント・ショート・ホーン付きのコーナータイプの位相反転式のキャビネットのキットを組み立てて、以後40年近く使っている。
 当初の小さな箱入りでも十分に美しい音色だったが、大型のキャビネットに収めてからは、当然のことながら中低域に余裕があり、フロント・ショート・ホーンの効果だろう、音場空間が格段と広がり、それは見事な音楽を奏でてくれるスピーカー・システムとなった。
  このスピーカー・ユニットは後に分かったことだが、1961年に開発された10インチ径のデュアル・コンセントリックと呼ばれ、後にモニター・ゴールド、HPD-295へと発展したモデルの最初期のⅢLZモニター・レッドだった。
 色の名はユニット背部の磁気回路部のカバーの色に因み、プロト・タイプのシルバーから淡い赤紫色のレッド、さらにゴールドへと変遷を重ねた。
 デュアル・コンセントリックとは同軸型のことで、冒頭の断面図のように、一つのスピーカーユニットに中低音用のウーファーと高音用のツイーターとをまとめて配置したものであり、1個のユニットで全周波数帯域をカバーできるという経済性から、かつては多くのメーカーから様々なモデルが出ていたものだ。
 タンノイの設計は、中低音用と高音用とが一つの磁器回路を共有し、さらにツイーターのホーンの開口部が磁器回路の中心部を貫通し、ウーファーのコーンのカーブがツイーターのホーンの延長部となっているという巧妙な構造となっている。
 つまり、一つのユニット中に中高音を受け持つ長い距離を持つホーンが組み込まれる構造となっているので、大口径の振動版を持つツイーターの低域共振周波数を一層低く設定することが可能となり、とりもなおさず中低音ユニットの動作周波数にも余裕が出るという利点をもたらす。
 この構造こそが、タンノイのスピーカーが全帯域に亘ってバランスのとれた、瑞々しく音楽性に富んだ再生能力を持つ所以であり、ほぼ最初の設計を変えることなく、半世紀以上も市場で高い評価を得て来られたのだ。
 タンノイにはさらに大口径の12インチと15インチのユニットがあるが、いずれも中低音と中高音とをつなぐクロス・オーヴァー周波数が1kHzと低く設定されているのはこの構造に依るものだ。
 さらにタンノイの大型システムに共通するフロント・ショート・ホーンで一層長い、すなわちツイーターとウーファーの動作に余裕のあるシステム設計が可能となるわけで、タンノイのスピーカーの全体域に亘る音のバランスの良さと、音場再生の見事さは、こうしたユニットの構造とキャビネットの設計によってもたらされたものだ。
 このシステムはしたがって40年以上使っていて、その後に加わった Goodmans の AXIOM80も30年以上、と専らヴィンテージともいうべき古いモデルばかりを満足して聴いていたものだ。
 10年ほど昔から、もはやオーデイオなどすっかり時代遅れの趣味となり、秋葉原でさえオーデイオ専門店が次々と姿を消してきた中で、新たに台頭してきたネット・オークション市場に比較的新しいモデルが次々と出品され、ものによっては定価の十分の一ほどの手ごろな値段で入手できるようになったのを機会に、10数台の様々なスピーカーシステムを入手してじっくりと聴き比べるようになった。
 
 結論から言えば、新しい技術を導入したスピーカーは、さすがに清新な音楽を奏でてはくれるが、だからと言って半世紀も昔のスピーカーが音楽再生能力が劣るような事実は全くない。
 デジタル技術の発展でオーディオ・ヴィジュアルの世界が一大変革を遂げた中で、唯一スピーカーだけは何の進歩もないという事実を改めて確認しただけに過ぎない。
 未だに昔のタンノイ等のヴィンテージ・スピーカーが高値で取引されているのも当然かと思う。

タンノイ社の歴史

 タンノイの代表モデル : Autograph

 幅 107㎝ 高さ152cm
奥行 67㎝ 重量 95kgs
 
フロント・ショートホーンとバックロードホーン
を備えたコーナー型キャビネットの構造
   15インチ口径ユニットを推奨キャビネットに収めたシステム "オートグラフ" は1960年代末に代理店のTEAC製の国産の箱の製品でさえペアで100万円と気の遠くなるような正に高嶺の花の存在だったが、大オーケストラの響きを余すところなく再生できるほど高性能だったから、裕福なマニアは競って購入し、日本市場では少なからぬ数が販売された。
 実はタンノイ社自身はこのような箱入りシステムは設計図を提示して推奨をしたが、あまりにも巨大で高価になるためだろう、自ら完成品を製造販売してはいなかった。
 が、1990年代に重量が138kgとオートグラフをさらに大型化した、コーナータイプではないがほぼ同じ構造の究極の製品、West Minster Royal が主に日本市場向けにペアで450万円の値段で出荷された。現在では600万円。

 タンノイ社の創設は1924年、ラジオ放送が始まった時代に遡る。
当時のラジオは、電池による直流動作であったが、重くて寿命の短い電池は使い勝手が悪く、家庭用の交流電源を直流に変換して使えるタンタル合金 (Tantalum alloy) の整流器を手掛けて成功を収め、以後その短縮形が社名なったものだ。
 整流器に続き、次第に測定器、発信器、マイク、アンプ、さらにスピーカーへとエレクトロニクス全般に手を広げ、劇場用、業務用のスピーカー、さらに霧深いイギリス近海を航行する船舶のための大型ホーン・スピーカーによる霧笛の開発などによって、次第にスピーカーメーカーとしての地位を固め、戦後の1947年以降は前述のデュアルコンセントリック型のユニットとこれらをキャビネットに組み込んだ、様々なシステムを発表している。
 半世紀以上昔に開発された同軸型のスピーカー・ユニットが高い完成度を持っていたため、今日に至るまで第一級のスピーカー・ブランドとして、とりわけ日本市場ではアメリカのJBLと人気を二分する人気を維持しているのは大したもの。
 が、タンノイのスピーカーは英国では時代遅れと考えられて、オーディオ店にて見かける機会が殆どない。
タンノイの、とりわけ超大型スピーカーはほぼ100%、日本と香港や台湾等、東南アジアの一部の国で高い人気を保っているというのが現実だ。         


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