エクアドルの陶板画



 
 
 Fiesta "Pase del Niño "   20x60cm   Cuenca、Ecuador Fiesta "Pase del Niño, Cuenca. Ecuador
 これは30年ほど昔にエクアドルのクエンカを訪れた際に買ったもの。
土産品に過ぎないが、大胆にデフォルメされた馬や人と配色等、全体の構成の見事さに思わず感嘆して衝動買いしたものだ。
 中南米には5年間暮らして、内戦状態であったニカラグアと、全く商機の無かったハイチを除いてカリブ海の島々も含めて、ほぼ全ての国を訪れたが、現地で目ぼしい土産品に出会った記憶は殆どない。
 15世紀末以来、スペインとポルトガルによる、土着のインディオとアフリカから拉致された無数の黒人奴隷達への300年余りの過酷な支配が一段落した後も、無能な政治と軍部によるクーデターと強権支配が繰り返され、それに加えて、20世紀には共産主義の侵入、アメリカの強大な資本による産業支配、さらに20世紀後半にはメキシコ、コロンビア、ボリビアとその周辺国を巻き込んだ麻薬カルテルが跳梁跋扈し、共産主義者と腐敗した政府と軍部、警察、それにアメリカが中途半端に介入するという構図が未だに続いているのが、国によりそれぞれ状況は異なりこそすれ、中南米地域の全体像だ。
 もっとも、こうした腐敗と混乱はアフリカや中近東、プーチンのロシア、共産党が支配する中国とても大きな違いはないというより、まだマシな方で、世界で日本とヨーロッパ、北米以外の何処かの地域に移住するような選択に迫られたとすれば、中南米のどこかの国、おそらくはチリかウルグアイを選ぶことになるだろう。
 ともあれ、5%に満たない富裕層が国家資産の大半を独占し、国民の大半が貧困状態という有様では芸術はおろか民芸品の分野でも見るべきものが生まれないのは仕方のないことだ。

 エクアドルは世界的には赤道直下という土地柄とガラパゴスとバナナくらいしか知られていないし、実際それ以外に何もない国ではあるが、意外と落ち着いた国情で、地方都市を訪れても、それほど悲惨な光景が見当たらないという、中南米では例外的な国と言ってよい。
 
  冒頭の陶板画は20cm角の陶板を3枚合わせたもの。左の1枚陶板画にありがちな発色に大きな違いがあるのが難点だが全体としてはよく出来た作品だ。
 画題はキリストの生誕を祝う ”マギの礼拝” を現したもの。ベツレヘムの明星を掲げる大天使ガブリエルと、幼子・イエス・キリストを抱く聖母マリア、を囲む3人の博士を乗せた馬の行進の絵だ。
 ダ・ヴィンチやボッティチェルリ等々、無数の画家によって描かれた同じ主題の作品と比べると素朴な作風ではあるが、しかし民芸品としては出色の出来映えと、見るたびに愛着が沸いてくる。

 永年、”マギの礼拝” と思っていたが、最近陶板画の裏面に ” Fiesta : Pase del Niño : フィエスタ : パセ デル ニーニョ (祭り: エル・ニーニョの行進) ” と記してあるのに気が付いた。
エル・ニーニョとは今や世界で名高い気象変動の一つで よく”神の子”と注釈が付けられる。 が、 " ニーニョ " とはスペイン語で "男の子"を意味する言葉に過ぎない。
  それが " 神の子 " を意味するのは定冠詞の " El "が付くからであり、即ち "The Child" ということで、定冠詞によって、世界で唯一無二の子、 カトリックの世界では、当然のことながら、”神の子・イエス・キリスト”を指すことになるからだ。
 もちろん キリストの生誕を祝う祝祭には違いないのだが、調べてみると、クエンカではクリスマスに何千もの子供たちがマギの礼拝に因んで扮装を凝らして行進する習わしがあり、大々的にテレビ中継されるほどの国民的な行事になっているのだそうだ。


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