精密天秤

       
コロンビア製天秤 1985  ドイツ August Sauter社製 精密化学天秤  ドイツSaltorius社製  精密化学天秤 スペイン COBOS社製  1980年代

 世界各地の科学博物館の一角に、顕微鏡、望遠鏡、六分儀、等々の往年の精密測定機器と共に精密化学天秤を見かける。
 いずれも18世紀以降、当時の最新の技術を投入して作られたもの。
金属、ガラス、宝石等の素材を最高の技術で加工し、素晴らしい精度で組み上げたこれらの測定器類は、むしろ工芸作品と言うに相応しい美しい佇まいを見せている。
 冒頭の4つの天秤は、宝石の重さと比重を正確に測定するために入手したもの。
とりわけ、中央の二つの天秤は19世紀末から20世紀初頭にかけてドイツで製作されたものだ。
 最高のものでは現代の最先端の電子秤と比較して遜色のない0.01㎎(10万分の1g)の究極の感度を持つ極めて精度の高い化学天秤。

コロンビア製の天秤
     宝石ルースを本格的に集め始めたのは、中南米のパナマに駐在して、中南米各地を訪れ、
コロンビアやブラジルの町なかの宝石の露店市や闇取り引き場でルースや結晶が手頃な値段で
入手できるようになってからだ。
 そうして入手したものが果たして本物かどうか確認するために、様々な機材が必要になるが、
最初に入手したのが、ボゴタ市内の宝石店で売っていた天秤だった。
 写真のように、ごく簡単なもので精度を決めるナイフエッジも鋼鉄製だが、最小で10㎎単位
の誤差で重さを測ることは可能。
 ただし、比重の測定は1カラットより大きなルースは何とか測定が可能だが、それより小さな
ルースでは誤差が大きく、使い物にならない。
 
 鋼鉄製のナイフエッジ   

スペイン COBOS社製の精密天秤
           
ビーム支持部 吊り下げ天秤支持部 手製の比重測定キットと太さ0.2㎜の
 極細ワイヤーの資料収納ネット  
 
 正確な重さと比重の測定には、どうしても精密化学天秤が必要となるが、中南米のパナマではそうした機材は手に入らない。
 休暇中に立ち寄ったバルセロナでようやく探したのが、1908年来の歴史を持つ COBOS 社の精密天秤だった。
 精度を決定するビーム部と天秤受け部ともに精密研磨仕上げの鋼鉄製のナイフエッジと水晶の軸受け部で摩擦を極限にまで減らしているために、カタログの最小感度は2㎎だが、実際には1㎎以下でも反応するほど感度が高い。
 これでようやく、比重も小数点3桁の精度で測定が可能となった。
 宝石のルースでは、この精度なら必要にして十分なので、以来30年近く愛用している。
 現在は、精密天秤は全て簡単に測れる電子式に代わり、比重測定キットもあるが、高価な上に、資料吊り下げ用の金属ネットが太すぎて、1カラット以下の小さなルースでは誤差が大きすぎる懸念があって、とても使う気にはならない。
 一般にアルキメデス法での比重測定には、資料のみを水中に入れて測定すると教科書には出ているが、すると資料収納ネットの水中での浮力軽減分が加算される。
 1カラット以下の小さな資料では誤差を出来るだけ少なくするために、カウンターウェイト側にも同じ大きさのネットを水中に入れて、ネット分を相殺することで誤差をできるだけ少なくする必要がある。

ドイツ Sartorius 社製精密化学天秤
         
 銘板  空気抵抗による制振機構と、周囲のレバーで分銅を上げ下げする機構 過大な振れ防止用プローブ 
         
サファイア・ピボットと水晶のナイフエッジとエッジ受け部  バランス・スケールと監視用拡大レンズの仕組み 
         
 1㎎から50gまでの全ての特別仕様の分銅を手で触れずにレバーで置き、引き上げる、複雑な機構

 おそらくは19世紀末から20世紀初頭にかけて、当時の技術の粋を傾けてドイツのゲッティンゲンに今も健在のザルトリウス社(1871年創業)で製作された精密化学天秤をパリのサン・ラザール駅から北に走るローマ通りの骨董屋で発見し、入手した。
 この一帯は楽器や楽譜を扱う音楽関係の店が軒を並べているアカデミックな通りだ。
 恐らくは周辺にあるパリ大学の研究室で使われていた天秤だろう、硝酸銀の臭いが立ち込める骨董品だった。ひょっとするとマリー・キュリーがウランの分離に使ったかも知れない。
 感度が1㎎以下の高感度の天秤を扱う時の最大の問題は資料と分銅を皿に出し入れするときに手が触れてしまって、大きくバランスを崩してしまうこと。
 この秤は、黒曜石の台にどっしりとした真鍮の機構、水晶製のナイフエッジと、軸受け、サファイア・ピボットを嵌め込んだビーム支持機構等々、摩擦を極限に減らした設計だが、超高感度の天秤での測定を素早く行うために、全ての分銅の上げ下げに、手を触れずにレバーで操作するという驚異の機構を導入している。
 さらに、それでも避けられない振動を制御するためと思われるが、ビームの左右端に二つの大きなアルミニウム製の空洞の缶がぶら下がっている。この缶には上部に穴が開いていて、レバーで開閉ができる。100年も昔の骨董品で、取扱説明書もなく、詳細は不明だが、おそらく空気の重さで負荷をかけての緩衝機構と考えられる。
 加えて、最上部を左右に移動してプローブを上げ下げする機構があり、これも秤のビームの振動を強制的に止める装置なのか ?
 100年も昔に製作され、長年研究室で使われていた精密天秤なので、一部のつまみの紛失や、レバーの一部が引っかかって動かなくなったりしていたが、幸いにも、主要な特別仕様の分銅セットは揃っていたし、繊細なナイフ・エッジやピボット等の損傷は無く、複雑なレバー機構も手間はかかったが、分解清掃で全て動くようになった。
 これほどの複雑な仕組みの天秤を使いこなすのは、実は大変なことで、儀式なようなものだが、実用は前述のスペイン製に任せて、もっぱら美術工芸品として眺めている。

 それにしても、よくぞこれほどの複雑な機構を考え、作り出したものと、ほとほと感嘆するばかり。  

ドイツ、August Sauter 社の精密化学天秤
         
銘板  カウンターウェイト  水晶板のナイフエッジ受け 天秤に付いていたカタログ 
 ザルトリウス社の天秤に続いて、同じ骨董屋で精密化学天秤を発見し入手した。
すっかり錆びていた銘鈑を磨いてみると南ドイツ、エビンゲンのアウグスト・ザウター社(1856年創業、現在はメトラー・トレド:Metler Toledo社として健在)製とあった。
 こちらは手動の精密天秤だが、水晶のナイフエッジと軸受、サファイア・ピボット、さらに目盛りの針を支えるビームは背後にカウンターウェイトの錘鉛で前後のバランスを保つ工夫等で、0.1㎎の高感度を得ている。
 この天秤も入手時には硝酸銀の臭いがしていた。硝酸銀はかつて分析用の薬品として重宝されたようだ。
 この天秤も前述のザルトリウス社製同様、黒曜石のどっしりとした台座にガラスの扉付きのキャビネットに収められている。
 高性能の天秤は室内の僅かな空気の動きにも敏感に反応するから、測定は窓を閉めて行う。
 さて、この天秤には付属の分銅セットは付いてなかったが、代わりに当時の代理店のカタログが付いていた。これにより最上級モデルは何と 1/100mg の高精度だったことが分かる。
 現在の最高級の分析用精密電子天秤級の精度を100年前に達成していたわけだ。

 この天秤も時代物故、キャビネットがあちこち傷んでいたり、資料皿が硝酸銀で腐食していたりはしたものの、基本的な部品は無傷で揃っていたので、きれいに整備した後には問題なく動作した。
 この天秤の 1/10mg という高精度に相応しい分銅セットを求めてカタログのパリ6区、サン・ジェルマンの住所を訪ねてみたが、さすがに存在してなかった。
 ちょうど,この頃、ドイツのシュトゥットガルトに出張する用事があったが、調べると銘板にあるエビンゲンという町はスイス方面へ60㎞ほど南にある。
 せっかくの機会に訪れたところ、小さな地図には載ってないような町だが、精密機器の製造工場が田園のあちこちに存在する、瀟洒な工業都市だった。
 目指すザウアー社は見当たらなかったが、同じ業種のケルン社 (Kern : 創業1845年とドイツ最古の精密天秤メーカーとのこと)があり、分銅セットを入手できた。
 最高の精度の分銅キットはそれぞれ1,2,5㎎ の最小の分銅の精度が±0.006mgと極めて高いが、値段も1991年当時、1-500㎎ の9種類が全て1個当たり43ドイツマルク、グラム当たりでは1g 280万円とダイアモンド並みの高さだった。
 宝石の重さや比重測定にこんな高精度の分銅は必要ないから誤差は1㎎の分銅では20%と実用上は十分だが、10分の1の値段の 1個 100円の一番安い分銅にしたが、それでもグラム当たりでは28万円と金よりは遥かに高い。 この値段は超軽量の分銅を精密な誤差で作成するのが代償と納得するのみ。
 もっとも、正確な重りがあればそれを基準に後はアルミ箔を加工して、小さな重りは自分で作れるから、ともあれ、基準の重りを手に入れることが肝心。
 実は1㎎
や2㎎の小さな分銅は、あまりにも小さく軽いので、使用中に紛失してしまうこともあり、精密な測定には何個も使う必要があるので、常に予備が必要なのです。

現代の天秤
   
島津の電子天秤 EB-500 秤量 10㎎-500g 
 オークションで秤を見かける機会は滅多にないが、珍しくあったので入手したもの
 20年以上昔のものだが問題なく作動する。取り扱い説明書がなかったので、メーカー
 の島津製作所に問い合わせて親切に教えてもらった。
 秤量が大きく、最低秤量が10㎎と、小さな宝石には使えないが、底に比重測定用の
 フックがあるので、大きな資料なら正確な比重測定も可能。 
   かつての分銅を利用する天秤は20世紀初頭には最高度の水準に達したが、超高精度故に使い勝手が悪いのが難点だった。
 まず台を支えるネジ足とビーム両端のねじを回して水準器を見ながら左右のバランスを取って、ようやく計測に入る。
 それから資料と分銅を乗せて中点を見極めるが、このために何度も大小の分銅を足したり引いたり、その度に天秤の揺れを止めて・・・・の繰り返しで、一つ測るのに最低でも5分はかかる始末。
 小さな宝石ルースの比重の測定はさらに大変。水の密度が最も低い4℃で測るために、氷で冷やした冷水で測るのだが、抵抗の大きい水中では、針の動きが鈍くなるので何度も慎重に測る必要がある。 ・・・・ と、楽しみで重さをはかるのならともかく、研究や仕事で使うには、如何にも手間がかかり過ぎる。
 
 そんなわけで、現在ではほぼすべての秤は電子式に代わってしまった。
電子式でも簡易型と精密型の二つの方式がある ;

 1.簡易型は台所用や体重計等の低精度の秤等に使われる、ロードセル式と呼ばれる。
   シャーシに固定したアルミニウム製の起歪体が重さで歪む時に流れる電流を測定する方法。
 2.精密測定には、分銅の代わりに電磁力でバランスをとった計量皿側のコイルに流れる電流を測定して
   重さを計算する方法。
   この方式の最も高感度の秤は0.1ug(1000万分の1g)まで測れる精度を達成している。
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