劇団情報

結成
「劇団感謝」から「劇団KAN舎」へ

2008年某日
某国立大学某サークルの6人の大学生。
英語劇に明け暮れる僕らはジャパンの魂に餓えていた。

「そうだ、日本語劇をやろう。フンドシ一丁の男達が熱気溢れる舞台上で暴れ回る、そんな日本語劇をやろう!」

そんないわゆる飲み会のノリの中、「劇団感謝」を結成する。

その後、結成してから3ヶ月くらいが経過したある日、僕らは気づいてしまった。

劇団感謝…感謝って(笑)何かストレートじゃね?ジャパンの魂出し過ぎじゃね?全面に出し過ぎじゃね?

よし、変えよう。今日から我々は「劇団KAN舎」だ。

総勢12名。
こうして「劇団KAN舎」が産声を上げたのだった。

ちなみに、この「KAN舎」という文字にはそれはそれは深い意味が込められている…わけではない。見ての通り完全に単なる当て字である。しかし、世の中、意味のないものこそが美しかったりするものだ。

2009年
第一回公演『トランス』
@川崎H&Bシアター

その後、第一回公演『トランス』を満員御礼で終える。

この第一回公演を終えるまで、次の第二回公演があると思っていた者は誰もいなかっただろう。なぜなら、フンドシ劇に憧れてノリで結成した劇団に過ぎなかったからだ。

しかし、我々は思った。

「また、やりたい…

いや、やり続けていきたい…

だって、楽しかったんだもん!!」と。

その上、公演後にお客様方に書いていただいたアンケートの有り難いお言葉の数々を読んで思った。思いにふけった。

「KAN舎だからできること

KAN舎にしかできないこと

きっとあるはずだ」と。

2010年
第二回公演『煙が目にしみる』
@かもめ座

時はきた。
フンドシ劇に憧れてる場合ではない。フンドシだけが演劇ではない。いや、そもそもフンドシ劇というジャンルなど存在もしない。

僕らはまだ若かったのだ。何もフンドシを締めなくても熱い日本語劇は作れるのだ。ようやくそのことに気づけたのだ。
その頃、立ち上げ時に学生だったメンバーのほとんどがすでに社会人になっていた。

だが、まだ遅くはない。

よし、仲間を増やそう。
大学時代のお友達の枠を飛び出そう。

某英語ミュージカル団体の友人や、会社の同僚などを幅広く勧誘する。

総勢23名。
笑いあり、涙ありの、第二回公演を終える。

ノリで始まってしまった劇団KAN舎の未来に大きな手応えを感じる公演となった。

2011年現在
第三回公演『赤鬼』
@中野ウエストエンドスタジオ に向けて

その後、劇団KAN舎は成長を続ける。

成長を続けると共に原点を忘れない。

「respect each other」

大切にしている言葉の一つ。

職業、年齢、性別が異なる様々な人、すなわち、様々な個性が集まる劇団になった。しかし、その中でお互いの全てを理解し合うことは難しい。だからこそ、この言葉を大切に。

この言葉の先にある、劇団員全員1人1人のエネルギー、想像力、技術、経験、知恵、そして想いのすべてが乗っかった舞台を目指して。

劇団KAN舎の無限の可能性を、劇場に来て感じていただけると幸いです。

感謝。