雑録

家系図調査は一朝一夕では出来ません。はじめた瞬間からライフワークとなります。

私が家系図に興味をもったのは小学生の頃でした。祖父母から「お前のおじいさんは美穂だぞ、ひいじいさんは徳三郎で、ひいひいじいさんは常次郎だ、でもそれ以上はわからない。むかし、本村というところから江戸時代に行商をしていて、そこの若い娘と結婚してここに住み着いたんだよ」と言い聞かされていました。

中学、高校になると、常次郎より古い先祖に強い関心を抱きましたが、どう調べれば良いのか分からず、悶々としていました。

そして、大学に入って、ふとしたきっかけで家系のしらべ方を知り、家にある高祖父常次郎の書物を見ました。

その本の最後に「峰村(現在の峰田町) 南(→屋号)常治郎」と書いてありました。

そこで、峰田町の同姓の方全てに手紙で「屋号は何ですか」と尋ねたら屋号が南の方がおられました。

自分の手で、先祖の場所を特定したときの感動は今でも忘れられません。

さらに、そこの本家の方がお寺に過去帳作成をして下さり、1720年頃に亡くなった先祖まで探し出せました。

その時「ご先祖様が応援して下さっているのかもな・・・」と思ったものでした。

戸籍請求が一段落した頃、高祖母の父(除籍後80年過ぎ破棄され調べられない)の子孫に会って墓参したいと思いました。

電話帳でその子孫であろう人を調べ、その方に手紙を出したら、なんと返事がありました。

手紙には「その方は確かに私の先祖です」とありました。そこでその方の家に行くと、旧家で、古くからの墓石が残っており、1701年まで遡ることが出来ました。その出来事を通して「手紙を書けば先祖はまだまだ探せる」という自信を持ちました。

このようにして、ご先祖様の実家を探し当てた時には、大きな宝物を発見した時のような喜びや感動があります。

閑話休題

調査の中で、インターネット、コピー機、自家用車、カメラ・・・など文明の利器の恩恵を被ったはずです。

これらは我々の先祖が、営々と努力して出来上がったものばかりです。

例えばコピー機。ほんの30年前まで電子コピー機は今ほど普及しておらず、カーボン紙や青焼きコピー機というものを使っていました。現在はカーボン紙とは比べ物にならないくらい便利な電子コピー機が、一枚たった十円で利用できます。昔から考えれば夢のような話です。先祖たちの努力がなければ、今の便利な生活は無かったとも言えるのではないでしょうか。先祖たちの恩に報いるためにも、未来の子孫達の為にも、何かを残してやる義務があるのではないでしょうか。

残してやれるものが文明の利器でも教育でも、あるいは家系図でも何でも構いません。

まず自分自身を幸せにして、周りの人を幸せにする。それこそ、明るい未来を築く第一歩なのではないでしょうか。

また子孫が「先祖が良い事をしたから、私も見習おう」と幸せの連鎖が果てしなく続きます。

一日一善。一年で365善。50年で18250善です。「小を積んで大を成す」の精神です。

何か一つでも良い事を心がけてみませんか。あなただけでなく、先祖を喜ばせ、子孫をも幸せに出来ます。

また、先祖調査=先祖供養を勧めているわけではありません。現実を無視した過度の先祖供養は、害になることさえあります。まず日常生活を現実的に見据え、先祖調査を行えば、ご先祖様も喜ばれるのではないでしょうか。

家系図調査の中で、先祖や両親に感謝する気持ちが出てくれば、それだけでも大きな収穫だと思います。

「我々先祖の事は無視していい。子孫のお前達が十分に能力を発揮して、幸せになってくれるのがわしらの望みだ。でもたまにはわしらのことを思い出してくれよ。たまには好物を供えてくれよ。」というのが先祖として、親としての正直な気持ちではないでしょうか。

さて、家系図の話から随分脱線しました。話を戻しましょう。

出来上がった資料を自分だけのものにせず、親戚や親、子供や孫に差し上げてはいかがでしょうか?

盆正月、葬式、法事、結婚式、祭など親戚が集まる際に配ってみると意外に喜ばれるのではないのでしょうか?

ご先祖様もあの世で大いに喜んで下さっているに違いありません!!

まずはご自身の戸籍謄本請求から始めてみませんか。

○調査が進んでくると、「しらべてみたが何もわからなかった」ということが増えてきます。しかしガッカリする事はありません。1%でも可能性があれば調査する価値があります。結果何も分からなくても「ここには情報がなかった」ということが分かります。

○戸籍請求は「完璧に請求した」と思っていても意外と抜けているものです。家で戸籍をじっくり見ることによって、戸籍係も気付かないような、記載の疑問や請求もれに気づくことがあります。そうなると、また役場に請求へ行く事になります。

請求忘れが起こる理由は色々ありますが、昔は戸籍が大雑把だったというのも理由の一つです。

今でこそ戸籍は身分を証明する事ができる信頼性の高い公文書ですが、明治時代は相当いい加減なものでした。

例えば父、母が結婚していなかった為、祖父母の戸籍に入ったり、父母が54才の時の子で九男だったり、今では考えられない戸籍もあります。当時、出生の日付が2、3ヶ月ずれる事は日常茶飯で、最初の子供が生まれた時に出生届と婚姻届を一緒に出すという事も当たり前のように行われていました。子供を出征させたくない為に生後何年も経って届ける事もあったようです。そういった事が積み重なって戸籍が出来上がっているわけですから、請求忘れが起こるのは、当然といえるかも知れません。

また、昔の戸籍は全て手書きでした。(現行戸籍は、機械処理で全国どこでも見やすい文字になっています。)

沢山の戸籍を請求するわけですから、色々な癖のある字体にめぐり合います。機械処理にはない味が、それぞれにあります。

また今では滅多にお目にかかれない「異体字」や「変体かな」も使われていました。

おかしな記載や文字を見て「どういう意味だ」「誤字なのかな」「親父は誰なんだ」と推理するのも楽しいものです。

こうして、家系調査の中で異体字や旧字、旧地名など色々な知識が得られます。家系調査の余得と言えましょう。

○一回目には解読出来なかった墓石の字も、何回も通うことにより、ふと、解読できる事があります。

墓に何度も通った晩秋の夕暮れ時、墓に日が当って影を作り、読み取れなかった文字が読めたことがありました。

○先祖の調査をするだけでなく、先祖が生きていた時代を研究することも楽しさを広げる手段ではないでしょうか。

江戸の末期の先祖の村の出来事、そこで先祖はどういう生活をしていたのか。特産品は何だったのか。

先祖の居た村にはどういう歴史があるのか、そこにある神社の由来や、歴史はどうなっているのか、村を統治していた有力者は誰であったのか、村役人はいたのか、その人たちはどんな生活をして、先祖はどう関わってきたのか・・・。そういうことを、じっくりと腰を据えて研究する事が、生涯教育という事ではないでしょうか。

○私の高祖父は、宮大工で雲龍寺という寺を修理しました。

この寺の隣の親寺は戦国時代、山陰尼子(あまご)一族で新宮党(しんぐうとう)尼子(あまご)(まさ)(ひさ)が(毛利の謀略で)尼子の当主(はる)(ひさ)に殺された後、(まさ)(ひさ)の遺児、(かつ)(ひさ)が幼少の頃一時的にかくまわれていた徳雲寺の系列の寺です(子寺)

このように先祖と歴史的人物との接点を見いだせることも家系図調査の醍醐味の一つです。

<参考>

戦国時代、中国地方統一を目論む毛利元就(1497-1571)は、統一の為、山陰地方に強力な勢力をもつ尼子一族を取り除かねばならないと考えていた。そこで一計を案じ、尼子一族に同士討ちをさせることにした。

尼子一族党首「尼子(あまご)(はる)(ひさ)(1514-1560)」に「お前の一族が反乱を起こして、党首の座を奪い取ろうとしとるぞ。早くやっつけた方がいいんじゃないのか」と嘘の情報を流した。その策略に尼子晴久はまんまと引っ掛かり、同士討ちをし、その後、毛利にやっつけられ、尼子氏は滅び、中国地方は毛利の天下となった。この一連の事件は「新宮党の事件(1554年)」と呼ばれている。

同士討ちで尼子晴久にやっつけられたのが尼子(まさ)(ひさ)(?-1554)であり、その遺児が(かつ)(ひさ)(1553-1578)である。

勝久は、元服の年齢まで僧として隠された後、あの有名な山中(やまなか)鹿之助(しかのすけ)(1545-1578)と共に、尼子氏復興を目指し毛利に反乱を起こしたが、あえなく敗北(1578年上月(こうづき)(じょう)の戦い)、尼子勝久を最期に尼子氏は滅亡した。

○結婚後、妻の系図作成を思い立ち、直系尊属の戸籍請求をした時、曽祖父までの戸籍しかありませんでした。

役場の人に聞くと、平成7年(1995年)に除籍後80年以上(1915年、大正4年以前の除籍謄本)経ったものをまとめて破棄したとのことです。妻の高祖父の除籍謄本が破棄に該当し(大正2年に亡くなっていた)高祖母がわかりませんでした。

明治の戸籍では高祖父の名前が曽祖父の戸籍に「前戸主」として載っていましたが、前戸主の妻は記載されていません。

同じ役場で、私の高祖父の戸籍請求をしたこと(平成5年)があり、たった二年の違いで手に入らなくなるのかと実感しました。

もしその戸籍が破棄されていなければ、妻からの高祖父母16人がわかり、私の方の16人をあわせると32人になり、私の子供からみて、6代前の先祖32人全員が判明していたはずですが、破棄された為、1名だけわからなくなり大変残念です。(平成5年にはまだ結婚していませんでしたから、悔やんでも仕方ありませんが…。)

5代前の高祖父母までならなんとか戸籍で判明しますが(私たちが20代で父親世代が50代なら曽祖父=4代前までしかわからないでしょう)6代前32名が全て判明するというのは奇跡に近いです。

○役場によって対応はさまざまです。公共への奉仕心が厚い親切な役場の方、逆に事務的で必要なこと以外は絶対にしない、保守的な役場の方、更に「この人は神様か?」と思うくらい本当に親身になってくれる方(その村に同じ苗字の方が何軒もあり普通なら分かりません、ありませんで終わる所を全部検索してくれて見つけてくれた方もいらっしゃいました)

私の経験では20%が神様役場、70%が親切役場、10%が保守的役場です。

これは自分の力ではどうしようもありませんが、愛想を良くして物腰柔らかに接すれば相手も理解してくれます。

法務局で旧土地台帳を閲覧するとき、一つの村をしらみつぶしに調査する場合には全部で50冊くらいになる事があります。(広辞苑が50冊あるとイメージしてください。)

ルールから言えば、50冊全ての閲覧申請書を書かなければなりません。

そこで「50冊全てに対して閲覧申請書を書いてください。」と極めて事務的に言うところもあれば、取りあえずはじめに50冊全部の台帳を渡してくれて、「調査したあとに必要なところだけ閲覧申請書を出して下さい。」というところもありました。

○戸籍の請求は100%して下さい。先祖の中に長寿(90歳以上)の方がいれば除籍謄本が破棄されず残っている可能性があります。

例:明治19年戸籍サンプルで戸主の母「佐々木トメ」が記載されており、その欄に父親「吉田惣右衛門」が記載されています。だいたい父親の「吉田惣右衛門」は明治19年以前に亡くなっていますが、稀にその方が96歳で亡くなったとかで除籍謄本になる年代が遅れ、奇跡的に破棄されず残っていることもあります。

また、あまりにも長生きをして孫の戸籍に入っており、その(長生きをした)人が戸主の除籍謄本は破棄されていても、孫の戸籍に入ってその方の父親、母親が(孫からいうと曽祖父母)記載がされている場合もありますのでその方の死亡記載の戸籍も絶対に入手してください。私もこのような経緯で多分分からないだろうなという先祖を2名ほど遡る事が出来ました。

○親戚の家に先祖探しに行き、戸籍一式と家系図を見せたら「この戸籍を複写させてもらえないか」と頼まれた事があります。そのとき、先祖に興味がある人は意外と多いんじゃないかな?と思ったものです。

○向田邦子の「父の詫び状」という本を読みました。向田は昭和4年生まれ。「父の詫び状」は向田の幼少期(戦前・中・後)を書いたエッセイです。今から60年程前の話になりますが、広辞苑やWEBを利用しないとわからない言葉が多々ありました。

例えば「三尺帯」「新内」(戦後生まれの五十代の母に聞いても全く見当もつかないようでした。)

確かに広辞苑をひけば語句の意味や用途は分かりました。しかし画像は載っていません。WEBに画像はありましたが、当時の写真などはまったく見当たりませんでした。物の少ない時代でしたから仕方の無いことですし図書館には資料があるでしょう。

けれども、まだ昭和の話です。その資料が身近になかったり話が感覚的に分からなかったりするのは、どこかさびしい気もします。

そこで閃いたのは、家系図にプラスして人物の写真も残しておくことです。最近は写真さえあれば、ネガが無くとも綺麗に印画できます。亡くなっている方は遺影を写真に撮るか、遺影の元となる写真を見つけましょう。

また親戚まわりの時に遠縁近縁に関わらず親戚を撮影しておいてはどうでしょうか。さらに風景や建物、生活習慣、風俗を記録すれば、将来どれくらい役立つのでしょうか。

○手紙を出せば、かなりの確率で直系卑属はさがせます。ただ、跡継ぎが居ないなどで、家が断絶した場合は分かりません。

○おじさんおばさん、またはイトコと親しい場合は調査がスムーズに進みます。私の場合、イトコが同年代で親しく、父母にあたるおじ、おばに話を聞きやすくなりました。何度も訪ねましたが、そのたびに菓子折りや好物を持参して行くと喜ばれました。

○図書館へ行く時には小銭を準備しましょう。複写に行った時大きい札しかなく、外のコンビニまで崩しに行ったことがあります。

先祖探しの時も大きいお札よりは、細かいお札と小銭があったほうが良いと思います。

○墓のある場所は3種類あります。

1 家の近く(裏庭など)にある墓

2 墓地に多くの墓と一緒にある場合

3 寺の中にある墓

 

多くの墓は2ですが、時代が遡ると1の墓もありますので注意が必要です。

私の場合、祖父、曽祖父は墓地にありますが、高祖父は本家の家の横にポツンとあります。

最近の墓は「○○家之墓」として合祀されていますが、昔は一人(夫婦)で一つの墓でした。

つまり家が古ければ古いほどそのような墓が見つかる可能性が高くなります。

又、墓所でも一家に1つの墓ではなく、一人一つの墓になっている場合も多いです。

親戚に墓の場所を聞く場合は、「他にも墓がある場所はありますか?」とよく聞いてみてください。

○親戚廻りは急いだ方が良いでしょう。古くからの話や親戚関係の情報をご存知の方が亡くなられたらどうしようもありません。生きておられれば詳しい話が聞けますし、全く親戚付き合いをしたこともない遠縁の親戚を紹介してもらえる事もあります。

私達にとっては遠縁の親戚でも、その方にとってはイトコや祖母の実家など、付き合いのある近い親戚になる事があります。私が先祖探しを始めた時、祖父母は亡くなっており「もっと早くやっておけば良かったかも…」と後悔したことがあります。

○先祖探しにおける情報信頼度…(高い)戸籍&除籍謄本→過去帳、墓→位牌、香典帳→屋号→宗派→家紋(低い)

○昔は、同名(太郎兵衛の子が太郎兵衛、親子、孫、親戚が同名)が多かったようです。慎重に読み取りましょう。

○ガソリンスタンドにはトイレがありますので、必ずチェックしておきましょう。コンビニには無い場合もあります。(あっても店員専用で使用を断られることもあります)

○戸籍謄本がある程度集まると、管理が面倒です。その時は父方母方に分け、○○家、△△家ごとにホチキスで小冊子を作ると良いでしょう。そうすれば閲覧にも持ち運びにも便利になります。また何度も閲覧しますから、傷みが早いです。小冊子を作る前に、コピーをとって閲覧用と保存用を作っておくことをお勧めします。

1800年以降の元号と改元年は覚えておくと便利です。(文化1804、文政1818、天保1830、弘化1844、嘉永1848、安政1854、万延1860、文久1861、元治1864、慶應1865、明治1868、大正1912、昭和1926、平成1989

 ○戸籍の入手方法詳細説明

戸籍に記載されている人の直系尊属が戸籍謄抄本を交付請求した場合、

戸籍法第10条第2項および戸籍法施行規則第11条第1号の規定により請求理由を明示する義務がありません。請求された市区町村は上記の規定により交付を拒否することができません。(戸籍法参照)

直系尊属、卑属は戸籍を入手はできますが傍系は不可能です。

ちなみに法律家は職権で請求できますが、法律家でも家系図作成では請求不可です。

 

以下の文は戸籍事務と法務局担当者とのやり取りです。

http://www.nagano-gyosei.or.jp/gyoumu/news/160129a.htmlから

@行政書士による除籍謄本の交付請求について

 
今般,行政書士から当局管内熊本市に対し,職務上請求書により,使用目的を「家系図作成」として,傍系血族

などの除籍謄本の請求がありました。
熊本市は,一般的に「家系図作成のため」との請求理由では,自己の傍系血族の除籍謄本の交付請求は認められない取扱いである(平成3年2月25日付け法務省民二1390号民事局長通知)ことから,本件請求に基づく除籍謄本の交付には疑義があるとして,当職に照会がありました。
当職としては,下記理由により,本件請求には応ずべきでないと考えますが,いささか疑義がありますので,何分の御指示を賜りたくお伺いいたします。

        

1 行政書士が「職務上必要とする場合」には,戸籍法施行規則第11条の2第2項により,除籍謄抄本等の請求をすることができる。ここに「職務」とは,行政書士法第1条及び同法第1条の2に規定されている業務を指し,「家系図作成」は,行政書士法第1条第1項の「事実証明に関する書類の作成」に該当するものと解される。したがって,行政書士が家系図作成のために除籍謄抄本等の請求をすることは,「職務上必要とする場合」に該当し,基本的にはその請求は認められるものと考える。
2 しかし,行政書士は,「他人の依頼」を受けて書類の作成等を業とする(行政書士法第一条第1項)ものである。そこで,「家系図」の作成等に関連して身分関係を証する書面を請求できる範囲につき,その依頼人に法令上の規則(戸籍法第12条の2第2項,同法施行規則第11条の3)がある場合には,行政書士の業務の範囲も,そこで認められた請求の範囲内に限定されるものと考える。
3 ところで,戸籍の取り扱いにおいては,正当な利害関係がある場合等でなければ,自己の傍系血族等の除籍謄本の請求は認められておらず,したがって,そのような請求者の依頼を受けた行政書士も,「行政書士」ということのみをもって,当然には当該範囲を超える請求が認められるものではないと解する。
4 よって,行政書士が「家系図作成」を目的として傍系血族の除籍謄本を請求することは,職務上の請求に該当しないというべきであり,本件請求には応じるべきでないと考える。

回  答
客月15日付け戸第398号をもって貴局長から当局長あて

照会のあった標記の件については,貴局意見のとおり請求に応ずべきでないものと考えます。

つまり法律家でも正式な理由がないと職権で入手できないということです

A標記の件について、広島法務局長から別紙甲号のとおり照会があり、別紙乙号のとおり回答したので、念のため通知する。
(別紙甲号) 戸第1372号 平成21217日  広島法務局長 法務省民事局長殿

除籍(改製原戸籍)謄本の請求について
 標記について、管内松江地方法務局長から別添のとおり照会があり、同局長意見のとおり当該謄本の請求には応じないのが相当と考えますが、いささか疑義がありますので、何分の御指示を賜りたくお伺いいたします。
(別添) 戸第455号 平成2年11月13日 松江地方法務局長 広島法務局長殿
  
除籍(改製原戸籍)謄本請求の取扱いについて(伺い)
 標記の件について、管内浜田支局長から別添のとおり照会がありました。
 当職としては、当該除籍(改製原戸籍)謄本の請求事由は、正当な利害関係を有する場合とは認められないので、請求に応じない扱いによるべきものと考えますが、親族からの請求であるため、その当否を決しかねておりますので、何分の御教示を賜りたくお伺いいたします。
(別添) 日記第472号 平成2年11月1日 松江地方法務局浜田支局長 松江地方法務局長殿
  
除籍(改製原戸籍)謄本請求の取扱いについて(伺い)
 今般、当支局管内の浜田市及び江津市に対し、同一人から郵送で別添のとおり「家系図作成のため」という請求事由で、請求者の傍系血族の除籍(改製原戸籍を含む。)謄本交付請求があり、両市は、いずれもその請求事由では請求に応じられない旨連絡したところ、請求者から下記のとおり使用目的の具体的説明がなされたことから、取扱いについて照会がありました。
 当職としては、かかる請求事由及び使用目的からは除籍(改製原戸籍)謄本を請求できる正当な利害関係は有しないと考えますが、いささか疑義を生じましたので何分の御指示を得たくお伺いいたします。

                                                                                               記

1 請求者の具体的使いみち(使用目的)についての説明要旨
  「〇〇家家系図を作成した上で、〇〇家を継承することのできる人は誰と誰かをはっきりさせ、〇〇家先祖の墓改修基礎公示(後日改修費用の見積書送付)とも関連して、相続人各位と相談するための資料作りのため。」
(別紙乙号)
 法務省民2第1389号
平成3年2月25日
法務省民事局長
 広島法務局長殿
  
除籍(改製原戸籍)謄本の請求について
(回  答)

 昨年12月17日付け戸第1372号をもって照会のあった標記の件については、貴見のとおり取り扱って差し支えない。

つまり、傍系の方は「家系図作成のため」の理由ではどんなことがあっても入手できないということです