2度生まれか、蝿は死ぬまで蝿か 2012/8 2012/10

***** 2012/8 ***********
交通事故障害のリハビリで家にいる時間が長くなったので夏目漱石の「それから」を読んだ。 最近、漱石の作品が人気がでてるらしい。 30歳になりながら仕事をせず親の財産で高等遊民で暮らしていた男が不倫で親から勘当されて新たな人生を始める話。 こんな話がなぜ100年後の今また話題になるのか不思議でしたが、この作品について書いた姜尚中の本「悩む力」に よれば、悩むことで自分の中の内なる力に目覚めることを漱石は描いているのだとか。ナルホド。
福田和也「死ぬことを学ぶ」も教訓になりました。 賢人が最後に示した「死を引き受ける力」は私にはまだまだです。

私の交通事故被害は全くの不条理な体験でしたが、福沢諭吉の教え「一身にして二生を得る」を実感する機会になったように思えます。
TV番組で水俣病患者の近況をやってました。ある患者曰く 「私は誰も恨んでいません。恨むと辛いから」 この言葉身にしみます。 それにしても、重量挙げの三宅宏美ちゃん、腰を痛めないか心配です。

***** 2012/10 ***********
ようやく秋の気配となりました。その後、私の体調も少しづつ回復しつつありますが未だ腰痛は残っています。
すでに9ケ月経過しましたが考えてみると、(頭骨、鎖骨、腰椎、足首)4ケ所も骨折したうえ、脳内出血したのだからここまで回復したのは上出来かも知れません。女房もそう言ってます。
女房は、親と姉を余命○ケ月と医師に宣告された後に亡くしているため、私の事故では医師から 「命は大丈夫」と言われただけで安心したらしい。 そのせいか私に殆ど同情してくれません。
やむなく、なんのなんのと自覚して友人伝授の腰痛体操をやってます。

福沢諭吉の教え「一身にして二生を得る」を体感しています。
最近また似た言葉を目にしました。W.ジェイムス「宗教的経験の諸相」で使った言葉 「2度生まれ(Twice Born)」です。 曰く、
「人は、生死の境をさまようほど心や体が病み抜いたときに、はじめてそれを突き抜けた境涯に達し、それまでとは異なる人生の意味をつかむことができる。
即ち、Twice Born である。 夏目漱石も大病した後、似た言葉を作品に使ったらしい。 その気持ちよく分ります。
私の場合、ピンコロ直前Uターンでしたが退院後、初めて外出した時、路端の雑草もまた違った景色に見えたものです。

でも、重要文化財を描いた画家 岸田劉生は師匠から作品を批判され「出直せ」と叱られた時
「蝿は死ぬまで蝿だ」と意に介さなかったらしい。それもまた真実ですね。
私の在職中に上司に「おまえはいつまで単細胞なのだ」と叱られたときに 「蝿は死ぬまで蝿だ」と応じればよかった。


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