皆既日食ツアー顛末記   2009/7

子供の頃から、一度自分の目で見てみたいと願っていた天体ショーは「 彗星、オーロラ、そして皆既日食」。 その皆既日食見物の機会がやっときた。  満員だった中国湖州ツアーが新型インフレンザ騒動のおかげでキャンセルが続出し先月に登録できました。
なんと、近ツリ社だけで400名の参加。 いくつものコースに分かれて 前夜に上海の西、湖州のいくつかのホテルに全員が集まって翌日観察するという企画です。

「海外観光客が殆ど訪れない地に1回限りのぶつけ本番です。 それに中国は何が起きるか分からない国ですから日食以外の“質”はあまり期待しないで・・・」との案内に納得してでかけました。
400名ともなればフライトも簡単ではない。 直行なら4時間もかからない上海便など無理。 1.5倍以上遠方の香港経由で10時間かけて上海へ。 参加者は、夏休みの子供連れの親とか、大きな天体望遠鏡持参のマニアが多いのは当然ですが、殆ど移動しないので身体障害者の団体とか80を越えた高齢者も多い。 どういうわけか、オバチャン族も目立つ。 彼女たちに 参加の動機を尋ねたところ「だって、皆既日食は快気日食ともいって、 これを拝むと日々快食で長生きできるらしいわよ。 他の観光地にも行けるし 買い物もできるでしょ」だと。 ナルホド納得。

上海は数十年ぶりの40度を越える猛暑。 でも晴天は日食観察には良い兆候だからこれもまたよし。  万博準備でいたるところ埃が舞う工事と大渋滞の中、オバチャン族は買物に元気イッパイ。  こうして日食前日にバスで無事湖州に到着。 ホテルの質も上々。  400名が大きなホールに会して前夜祭。 地元市長の長い歓迎挨拶の後、やはり地元の天文学教授による日食講義。 これがなかなか優れもの。

・今回の湖州での日食は皆既継続が6分近くもあり、こんな機会はメッタにない。 なぜそんな長さとなるのか。
・湖州での皆既は朝なので月が作る影が楕円となり皆既時間が長くなるうえ、地球を中心とした太陽と月の軌道が交差する角度の周期とそれぞれの楕円軌道の位置の組合わせで皆既時間が長くなることを図解で説明。
・日食は約18年ごとに経度がずれた同じ緯度に生じるというサロス周期があるらしい。
・同じ場所で皆既日食が見える周期は約300年だとか。 中国では古代から分かっていたそうな。 ホンマかいな。
・さらに今回の皆既日食時間中は、太陽の近くに「水星」が土星より明るく見えるはず。 とのこと。

これは期待できそう。 オバチャン族は猛暑買物の疲れで早々に居眠りでしたが 大いに盛り上がった。  ところが・・・講演後の大パーティ中に突然の激しい雷雨。 皆さん、翌日の天候が心配になって騒ぎ始めた。
そこで、私が「大丈夫。 大丈夫。雷雨を生じる積乱雲はどんなに大規模でも寿命は 数時間以内です。 明日は回復するでしょう。 私は最近、気象の勉強を始めたから分かります」と酔った勢いでホラ吹いたところ、それが 「ここには気象専門家が参加していて、明日の天気は晴だそうです」と多くの人に 伝わってしまった。 こりゃあ、責任重大。

いよいよ7月22日の当日朝。 あれ~、前日朝と違って曇り。 日食始めの8時30分になっても お陽様現れず。 9時過ぎにようやく薄日が射し80%程度の部分食が見えたが また隠れてしまった。 刻々と皆既時間に近づき、太陽が見えないまま暗くなってきた。
あたりに無数に飛び交っていたトンボが一斉に地面に舞い降りる異様な光景となった直後、暗闇。 コロナも、ダイヤモンドリングも、水星も、むろん見えない。

ただ暗闇のみ。 6分後何ごともなかったように明るさが戻った。 相変わらずの曇り空。
それまで無口で何も話さなかった品の良い老人が私のところにやってきた。
「気象専門家の予報は外れましたね。 “中国は何が起きるか分からない国”という 事前注意は あなたの予報のことだったのですね」だと。 マイッタ、マイッタ。  気のせいか皆さんの冷たい目・・・・

やはりホンモノの気象予報士:神森さんと一緒に来るべきでした。  帰りはまたまた埃と渋滞の中、数時間かけてバスで上海へ。 そして往きと同じく無駄にCO2を 排出しながら遠回りの香港経由で帰国。
キャセイ航空の機内食は中華料理。 「今回の旅行で最高にウマイ料理だ」と言ったところ隣席の同行者が「同感。  あなたはホントのこと言うんだ」だと。 シツコイやつだ。 そのオッチャン、2000円のROLEX時計を2個も買って「これで旅行費のモトがとれました」とご満悦でした。 

そういえば昨年のアラスカ・オーロラ見物も期待外れでした。  でも、水橋さんの解説の後に 真冬の自宅の庭で双眼鏡で観察したヘールボップ彗星は 尾がしっかりと見え、私が観察した3大天体ショー「彗星、オーロラ、皆既日食」の中では最高でありました。
26年後は関東地方で皆既日食らしいから、その日まで「快気日食」で長生きしよう と決心した快気日食ツアーでありました。

天変地異の体験   09/7/
以下「皆既日食顛末記」の続きです:
実は私は皆既日食を見たことがあるんです。 昭和18年、北海道美唄市で見た。 なにしろ3歳の時。 あたりが真っ暗になってカラスが大騒ぎした記憶がうっすらとある。 だから確実に見たいと思っていました。 今回暗闇だけは体験できたけど。

そういえば、数年前に家の前の電柱に落雷が落ちたことがある。 いや~スゴかった。 馬から落ちて落馬した。 なんてものじゃなかった。 夜だったからこの場合も停電で暗闇になった。 購入したばかりのTV、ビデオ、衛星放送アンテナなどが破損してしまった。 被害額は今回の旅行費用と同じだったかも知れません。

驚いたのは、日本には「皆既日食ハンター」と称するマニアが2000人以上いて、1~2年ごとに世界のどこかで生じる皆既日食を見に行くらしい。
今回もその連中がたくさんきていて、すでに来年のイースター島で見るツアーの情報交換をしていました。
彼らによれば数年前のトルコの皆既日食は最高だったが、インドネシアでは皆既時間はせいぜい1~2分でコロナは殆ど生じなかったとか。
「見えなかったら次回への期待が膨らむし、一回見ると病みつきになりますよ」だと。 ホンマかいな。 世の中にはいろんなマニアがいるもんです。
「来年のイースター島の情報を送りますよ」と誘われましたが断りました。 わたしゃ船酔いするし、26年待って日本で見ます。

それまでに、大彗星が接近するかも知れないし、大地震、大津波、そして隕石落下の天変地異を体験できるかも知れない。
いや、26年の間にはタイガース優勝の天変地異も何度かあるでしょう。
それを息子に話したら「え? あと26年も生きるつもり? そのほうが僕にとっては天変地異だあ」だと。


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