特別抗告申立書


申立人  大 森 勝 久

 右申立人にかかる札幌高等裁判所平成19年(く)第23号即時抗告事件につき、札幌高等裁判所刑事部が平成20年5月28日付で行った棄却決定に対し、 以下のとおり特別抗告を申し立てる。

平成20年6月2日

申立人  札幌拘置支所在監
      大 森 勝 久
最高裁判所  御中

  目次(荒木註・現物と異なるためページ数は省いてあります。また本文中の丸数字は文字化けの可能性があるので〈〉にしてあります)

第1 申立の趣旨
第2 申立の理由
1  札幌高等裁判所と札幌地方裁判所の決定は憲法違反である
2  憲法違反の証拠評価と事実認定を具体的に指摘する
(1)  山平鑑定の実現可能性について
(2)  山平証言の変遷について
(3)  写真撮影との関係について
(4)  指紋検出照合との関係について
(5)  本件電話通信用紙(受)について
(6)  本件電話通信用紙(受)のもうひとつの重大な問題点
3  本決定と原決定は刑訴法448条を踏みにじっており憲法違反である

第1 申立の趣旨

1 札幌高等裁判所刑事部の決定および原決定を取り消す。
2 申立人にかかる札幌地方裁判所昭和51年(わ)第772号事件(札幌地方裁判所昭和58年3月29日判決、札幌高等裁判所昭和63年1月21日判決、 最高裁判所平成6年7月15日判決)につき、再審を開始する、との両決定を求める。

第2 申立の理由

1 札幌高等裁判所と札幌地方裁判所の決定は憲法違反である

(1) 日本国憲法は、公平な裁判所による裁判を受ける権利を申立人に保障している(憲法37条)。
 すべての裁判官は憲法および法律に拘束される(76条3項)。
 裁判官は憲法を尊重し擁護する義務を負う(99条)。
  憲法は国の最高法規であり、これは反する法律・命令・詔勅および国務に関するその他の行為はその効力を有しない(98条1項)。
 これらは<法>の支配を謳ったものである。<法>とは古くから言い伝えられ
てきた神聖な永遠の真理のことであり、人間の意志から独立して存在しているものである。法は正義であり道徳である。<法>の支配とは<法>が全てを支配す ることを言う。国王も大臣も議員も裁判官も官僚も国民も<法>に支配される。<法>の支配は、中世ヨーロッパのゲルマン各部族において普遍的に存在してい たものである。
しかし近代に入ると英国においてのみ「コモン・ロー(慣習法)の支配」として継承され、かつ近代的な<法>思想(<法>の支配)に発展していった。17世 紀初頭のコーク卿の果した役割が大きい。英国人がアメリカ大陸に移住して米国を建国した。英国憲法は成文憲法ではない。米国憲法は、議会で制定された成文 憲法であるが、<法>を発見して明文化したものであるから、それ自体が準<法>とみなされている。<法>→憲法(準<法>)→法律ということになる。英米 系の<法>思想が<法>の支配である。
<法>の支配と、日本でいわれている「法治主義」は全くの別物である。法治主義でいう「法」とは議会で制定された法律のことであり、法治主義とは行政は法 律に基づいてなされなくてはならないというものである。この場合、法律が悪法律であっても合「法」となってしまう。ナチスドイツの「全権委任法」のような ものが典型である。日本でも戦前には明治憲法に違反した「国家総動員法」が制定された。<法>の支配では、「<法>→憲法」に違反する法律や命令等は制定 してはならず、制定されても無効とされる。
日本国憲法にも<法>に違反していて無効な条文がいくつかある。前文と1条にある「国民主権」も<法>に反していて無効である。文明国家においては「主権 者」は有ってはならない。米国憲法や英国憲法にも「国民主権」などない。「主権者」とは誰にも支配されない最高権力を持つ者のことをいうから、「国民主 権」は論理的に矛盾していて詭弁なのである。主権者である国民が政府から統治を受けることは論理矛盾である。主権者が存在するのは非文明国であり、共産党 独裁国家や軍事政権の独裁国家がそうである。               
  文明国家においては<法>の支配が貫かれるのであり、すべての国民その他は<法>に支配される。だからこそ国民の権利・自由が保障され得るのである。 いわば<法>こそが主権者である。「国民主権」が<法>に違反していて無効であることが国民に共有される必要がある。

(2) 「国民主権」は現実には、政府、議会、裁判官という統治を担う者たちに、「私たちこそが、主権者たる国民の信託を受けた者であるからこそ真の主権 者だ」という誤った意識を持たせることになっている。彼らは「主権者」として最高法規たる憲法(ここには<法>を発見した準<法>も多く含まれている。最 初に掲げた条文もそうである)を無視して「法治主義」で政治や行政や裁判を行っていくのである。その結果、自衛隊は軍隊ではないとか、集団的自衛権は行使 できないとか、専守防衛政策でなくてはならず、攻撃的兵器の保有は許されない等々の国防を困難にする違<法>な政治や行政や裁判が展開されてきているので ある。<法>に支配された統治がなされないのであるから、祖国と国民こそがその害毒を受けることになる。「国民主権」とは国民の利益の否定であり、極めて 危険な思想である。
  付言すれば、左翼は「国民主権」を「人民主権」の意味内容に歪曲して大いに利用して闘っている。本物の左翼(つまり中国やロシアのエージェントでもあ る者たち)は、「共産党主権(つまり共産党独裁)」の正体を一般左翼にも隠して「人民主権」の意味で「国民主権」を利用して闘っている。人民主権とは共産 党独裁支配のことである。

(3) 札幌高裁も札幌地裁も<法>に支配されて、つまり<法>→憲法→刑事訴訟法に支配されて、公平な裁判を行う<法>的義務を負っている。「良心に 従って裁判をする」とは、憲法と刑訴法に忠誠を尽くして裁判をするということである。裁判官は、刑訴法317条(事実の認定は証拠による)、318条に支 配されて公平な裁判をしなくてはならない。318条の「自由な判断」とは「恣意」ではない。「証拠の証明力(証拠価値)は、恣意ではなく、論理法則・経験 則に基づいて判断しなくてはならない」のである。これらに反する裁判は憲法76条3項、99条、37条に違反する。
  札幌高裁の本決定、地裁の原決定は証拠を論理法則・経験則に違反して恣意的に評価した。つまり「棄却」という結論をあらかじめ決定しておいて、それを 導き出すように証拠を評価していった。また証拠に基づかず勝手な想像で事実認定をしていった。憲法と刑訴法を踏みにじる権力犯罪である。文明国家日本の裁 判官として国家と国民の名誉をも汚す恥ずべき権力犯罪だ。
  日本国家と日本国民が、国際社会において偉大な国家・国民として評価されて尊敬されるようになるためには、<法>の支配が内政にも外交・軍事にも裁判 にも貫かれねばならないのである。違憲法令審査権を持つ裁判所が憲法・法律を破ってはどうしようもない。
  政治家や官僚は日々反対政党からの批判にさらされるし、自党内からも批判は提起される。国民やマスコミからも毎日批判される。そして選挙もある。しか し裁判官にはこうしたチェックシステムがない。そうであるのは裁判官は憲法と法律に拘束されて良心に従って公平な裁判をする人格高潔なる人々だと信じられ ているからだろう。「憲法の番人」と信じられているからだ。その裁判官がもし、<法>の支配から自由になって、「論理法則・経験則を踏みにじってなされて いる裁判の現実」を「法治主義」によって正当化して自らも踏襲していくならば牽制の制度が欠如しているから、“独裁者”に似た存在になってしまう。裁判所 が全体として組織防衛の論理で対処すれば、本当にそうなっていってしまう。
  最高裁判所こそが、憲法違反の証拠評価と事実認定をして棄却決定をなした札幌高裁の本決定と地裁の原決定を取り消す決定を行い、再審開始決定をなすこ とによって<法>の支配と<法>的正義を守らなくてはならない。

2 憲法違反の証拠評価と事実認定を具体的に指摘する

(1) 山平鑑定の実現可能性について

  本決定は600mlの蒸発皿を使用したり複数の蒸発皿を使用した可能性が高く、時間的に十分中間回答できたといえると判示した(9〜11頁)
〈1〉添付資料7の岡本賢二によれば一番大きい蒸発皿で直径20cm200cc位であり、倉川正によっても300cc以下である。600mlの蒸発皿は証 拠に基づかない認定で刑訴法317条違反である。
〈2〉山平証言は「実験の手順」を質問されて証言したものであり、200mlのビーカーのまま濃縮したとしか読めない証言である。複数の蒸発皿を用意して ビーカーから分けて濃縮したとすれば、その部分が証言に現れて来ざるを得ない。本決定は「ビーカーのままで」の言葉がなかったことを利用して、証拠に基づ かずに複数の蒸発皿で濃縮した可能性が高いと認定したものであり、山平証言を歪曲して評価しており318条に違反し、317条にも違反している。
〈3〉本決定は200mlや300mlの蒸発皿を挙げているから、複数の蒸発皿を使用したというのも200mlや300mlのものを想定しているだろう。 そうであれば最初からビーカーではなく蒸発皿を用いて水溶液を作ればよいのである。より合理的だ。しかし山平氏は200ml用ビーカーで水溶液を作ったと 証言したのである。318条、317条違反である。
〈4〉本決定は私の平成18年10月30日付再審請求意見書の第1の2の(2)「23回証言における濃縮時間」を完全に無視している。山平氏はここで、 10mlを1mlに濃縮するのには1時間から1時間半ぐらいかかると証言している。1時間としてもこのスピードは、検察官意見書添付資料8の「実験立ち合 い報告書」の蒸発皿を用いた実験のスピードよりも6.18倍から15.16倍も遅いスピードなのである。この山平証言から言っても、蒸発皿を用いて濃縮し たと事実認定することは絶対に出来ない。だから本決定は山平証言を無視することにしたのだった。都合の悪い証言は無視してしまう姿勢は318条に真っ向か ら敵対していて違憲である。
〈5〉山平証言の濃縮スピードは200ml用ビーカーで濃縮したものと比べても2.61倍から2.91倍も遅い。つまりここで山平氏は間接的に鑑定をして いないことを証言したのであった。
〈6〉竹之内鑑定および鈴木回答書によって、山平証言が言った“鑑定”は時間的に不可能であることが証明されたのである。本決定、原決定は317条、 318条を踏みにじる憲法違反である。

(2) 山平証言の変遷について
  
  本決定も原決定が時間の経過に伴う記憶の変容、混乱の可能性を理由に山平新証言の証拠価値を(山平旧証言と合致する部分も含めて)否定したことは正当 であると判示した(28頁)。
 本決定も私の平成19年3月22日付「即時抗告申立書」の第二の2「山平新証言の証拠価値を否定した原決定は意図的で誤り」の主張を全て無視して逃げ た。正当に批判することができないからである。
〈1〉原決定は28年以上が経過しているから、記憶の変容、混乱があることはむしろ当然のことであり、証拠価値はないと判示した(82頁)。もしそうであ れば原裁判所が山平氏の証人調べを決定したこと自体が矛盾することになる。すなわち証人決定したとき原裁判所(地裁)は上記のようには考えていなかったの だ。
〈2〉山平氏の証人調べを行えば、警察や検察官が山平氏に働きかけて「蒸発皿を複数個用いて濃縮していった」という証言を引き出してくれるにちがいない。 その他は旧証言を踏襲していくだろう。原裁判所はこのように考えて証人調べを決定したはずである。検察官意見書添付資料7,8が既に出されていたのであ る。
〈3〉 ところが山平氏は新証言において旧証言をことごとく覆す証言をしたのである。しかし山平氏は、法廷証言に先立って、道警には予備実験をする際に呼 ばれていることを証言した。当然その際に、山平氏は記憶を喚起するために鑑定書や電話通信用紙を見せられ、また旧証言の鑑定方法等の要点も示されることな る。これは常識中の常識である。
〈4〉 「予備実験」の溶液量は、175ml、150ml、120ml、60ml、90ml、60ml、175ml、200mlである。これは旧証言の 「200mlビーカー大体1杯」「大体200mlくらいのものを得て」を受けて決めたのである。少なくしたいという願望から警察と検察の方で175、 150、120、90、60も用意したのであった。しかし予備実験には新証言で言われた20mlの水溶液はない。ここから合法的に判断して、山平氏は予備 実験の際には、20mlなどということは全く言わなかったのはもちろんだが、山平氏から先に言ったのか、警察、検察に「旧証言ではこうでしたよ」と言われ て、「そうでしたね」と言ったのかはともかくとして、旧証言とほぼ同じようなことを言っていたと認めることができる。
〈5〉 山平氏は検察庁には新証言の前に2回呼ばれている。1度は予備実験をする時だと言っていいし、もう1回は新証言を前にしての打ち合せとしてであ る。当然、〈3〉で述べたものを示されたり説明された。電話通信用紙の「受」の方も見せられたことは新証言に出ているから、その他も見せられたと考えるの が自然というものである。つまり山平氏は当時の記憶を十分すぎるほどに喚起して法廷証言に臨んだことが明白なのである。
〈6〉 また検察庁において証人尋問の打ち合せをした際には、新証言で述べたようなことは全く供述していなかったことも明瞭である。なぜならば、もし山平 氏が「20mlの水溶液を作って7mlに濃縮しました」と供述していれば、検察官が旧証言を示して訂正を促すからである。山平氏は電話通信用紙(受)の別 紙を検察庁で示されたのだが、このときも「私が書き写したものだ」などとは供述していない。供述すれば検察官が誤りを正すからだ。
〈7〉 山平氏は検察庁の打ち合わせ時には、安心させるためにきっと蒸発皿を複数個使用して濃縮したということ以外は旧証言に沿った供述をしていたわけで ある。
〈8〉 山平氏が鑑定書や電話通信用紙を見ていること、旧証言ではどのように証言したかも十分認識していたことは明明白白である。この点における本決定の 判示も原決定の判示も完全に誤っている。裁判所自身もちゃんと認識していることである。
〈9〉 それなのに山平氏は新証言の如く証言していったのである。この変遷にどんな意味があるのか、その目的はなんなのかを、原裁判所も本裁判所も公平な 立場で考えなくてはならないのである。
〈10〉山平氏は〈7〉〈8〉であるのに自らの旧証言にことごとく反する新証言をしたのであるから、裁判所は「山平旧証言には一切の信用性はない。それは とりもなおさず山平鑑定書と山平通信用紙の信用性も一切ないということだ。山平鑑定は不存在である」と事実認定しなければならなかった。山平新証言と旧証 拠(山平旧証言、山平鑑定書、山平通信用紙)を再評価して、山平鑑定は不存在であると事実認定するのが刑訴法に基づく公平な裁判であった。
  本決定と原決定は憲法違反である。

(3) 写真撮影との関係について

  本決定も原決定も、ビニールシートは「8月7日領置」の用紙と一緒に写されており、この意味は「8月7日に領置した時のビニールシートの状態を写した 写真」である、という私の主張を無視している。逃げたのである。
〈1〉領置されたときのビニールシートは当然裏地部分は切り取られていない。
〈2〉写真撮影は8月8日の午後9時以降である。その時に「8月7日領置」の札と一緒に写したのであるから「形状は変わっていない」ということである。切 り取られていない。
〈3〉山平氏は旧証言において、8月8日ビニールシートやカーテンや軍手から検査を始めていき、ビニールシートは裏地を一部切り取って付着物を採取したと 証言していた。最も付着物が多かった部分であったからである。
〈1〉〈2〉より、〈3〉が虚偽であることが証明されたのである。山平鑑定不存在の証拠である。
  両裁判所はこの点において意図的に318条に違反して(証拠の黙殺)事実認定をした。憲法違反である。
〈4〉 なお、山平氏は、新証言で、自分は8月8日ビニールシートを切り取っていないと真実を証言している。写真撮影の証拠と合致していてこの新証言は信 用できる。山平氏は8月9日に本実氏たちがビニールシートを切り取るのを見ているとの真実も証言した。両裁判所はこの山平新証言も無視して318条を否定 した。憲法違反である。

(4) 指紋検出照合との関係について

  本決定も原決定も私の主張は論破できないために黙殺している。
〈1〉捜査機関は共犯の存在を想定する。私が投棄した物件であっても、私以外の指紋が付着していることも考える。もし私以外の指紋も検出されて、それが道 庁の現場や声明文が入っていたコインロッカーの遺留指紋と一致すれば、その人物は道庁爆破の犯人の一人となり、私も犯人となるのである。こんな重要な指紋 をわざわざ消してしまうようなことを捜査機関はけっしてしない。「申立人が投棄したのは現認されているから、指紋を検出する必然性が必ずしもなかったの で、鑑定を先にやった」(20頁)との本決定の認定は、石原啓次の捜査方針(まず指紋検出を行い終わったものから鑑定をする)に反しており、意識的に 318条違反の証拠評価と事実認定をしたものである。指紋検出を先にやっても鑑定は出来るのだ。
〈2〉8月8日付で「鑑定嘱託」された37点の資料のうち、網かご3ヶ、軍手、木炭末の5点を除いた残りの32点(ビニールシート、カーテンを含む)も同 日付で「指紋検出照合依頼」されている。私はこの点を強調したが、本決定も原決定も5点が除外された事実を黙殺した。5点を除外した目的はどういうことか といえば、「32点は指紋検出を先にやるが、除外した5点は鑑定を先にやる」ということである。最も火薬が付着していそうだと考えた4点と木炭のみ鑑定を 優先したわけである。またこの5点は指紋の検出も難しい形状だからである。
〈3〉従って8月8日に鑑定された資料は37点のうちの上の5点のみである。32点は8月9日に指紋検出作業がなされているから8月8日には誰であっても 鑑定はしていない。できない。
  すなわち山平鑑定は不存在である。山平氏は8月8日にビニールシート、カーテン、軍手等を鑑定したと証言していたが虚偽である。
  本決定も原決定も318条を否定した証拠評価(無視を含む)と事実認定をすることで憲法違反を犯した。

(5) 本件電話通信用紙(受)について

 本決定(12〜13頁)も原決定(50頁)も、「高山が捜査報告書を作成するときに電話通信用紙(受)が手元になかったことも十分ありうる。これがなく ても、自己の記憶ないしメモに基づいて捜査報告書をつくれるので所論は採用できない」とした。
〈1〉網かごから塩素酸イオンが検出されたと8月8日に高山に中間報告した人物はいない。
〈2〉従って高山が作ったメモにも「網かごから塩素酸イオンが検出」とは書かれない。記憶とメモを基にして8月8日付の電話通信用紙(受)を作成するが、 それにも「網かごから塩素酸イオン検出」とは書かれない。本決定の判示は粉砕される。ところが高山捜査報告書には「網かごから塩素酸イオン検出」と明記さ れている。ここに矛盾がある。
〈3〉8月8日付の本件電話通信用紙(受)がもし本当に8月8日から9日の時点で存在していれば、それは百%高山捜査報告書と一緒に逮捕状請求の疎明資料 として裁判官に提出される性格のものである。当然高山らにおいて両者にそごがないようにチェックされる。従ってもし本件電話通信用紙(受)が存在していれ ば、高山捜査報告書に「網かごから塩素酸イオン検出」と記載されることはあり得ないのである。ここから出てくる結論はひとつしかない。本件電話通信用紙 (受)は8月8日の時点で存在していなかった。控訴審になってから捏造されたものなのである。
〈4〉 従って8月8日付の山平電話通信用紙(発)も8月8日時点で存在していなかったのである。山平鑑定は不存在である。
  本決定も原決定も意図的に証拠評価をねじまげており、公平な裁判を否定する憲法違反を犯した。

(6) 本件電話通信用紙(受)のもうひとつの重大な問題点

〈1〉本件電話通信用紙(受)には「別紙」の「敷物と布(ビニールシートとカーテン地)」らんに「塩素酸イオン■(荒木註1)、ナトリウムイオン■(荒木 註2)、カリウムイオン■(荒木註3)」とあり、除草剤の付着の反応があったことが示されている。
  それなのに高山捜査報告書には単に「塩素酸イオンを検出」と記載されているだけなのである。「除草剤付着の反応あり」とは記載されていない。
〈2〉ここからいえることは、本件電話通信用紙(受)は高山捜査報告書を作成した8月8日から9日の時点で存在していなかったということである。後日の捏 造物である。だから山平電話通信用紙(発)も8月8日には存在せず、山平鑑定は不存在なのである。また高山捜査報告書自体が山平鑑定の不存在の証拠である (〈1〉の後段)。
〈3〉本決定も原決定も、「高山は正確な火薬に関する知識を持たず、塩素酸イオンが検出されれば除草剤だというような断片的な知識だけを有していたことも あり得るというべきである。所論は採り得ない。」(本決定19頁)と判示する。この事実認定も証拠を無視した318条違反の事実認定である。
(ア) 鑑定嘱託書の鑑定事項「塩素酸塩類など付着反応の有無、付着しているとすればその種類」を書いたのは、高山たちである。高山は捜査主任官の参謀で ある石原啓次(実質的な捜査陣のトップ)の「右腕」である。班長である。塩素酸イオンがもし検出されれば、「その種類」すなわち塩素酸ナトリウムが塩素酸 カリウムかを鑑定するように求めたのは他ならぬ高山たちである。高山が混合火薬等に精通していることは明白である。本決定、原決定もこの「鑑定事項」を故 意に無視したのである。318条違反である。

(イ) 私は即時抗告申立書(平成19年3月22日)の第二の3の(2)の〈5〉で1審で「本件爆発物の構造」について証言した中島の証言を要約しておい た。中島は化学ではなく物理の方だが、資料として「腹腹時計」、「栄養分析法」、「ビタミン療法」という火薬も詳しく載っているパンフレットも捜査本部の 方から提供されて参考にして鑑定をした旨を証言していた(11回69頁)。「本庁(警察庁)の方から出ている過去の時限爆弾に関する資料」も提供されてい たのである。
  「腹腹時計」は東アジア反日武装戦線の爆弾教本である。高山たちはこれらを集め研究して鑑定人に提供していたのである。腹腹時計(2審検104, 105)の15頁には「除草剤(塩素酸ナトリウム、−NaClO3)」「黒色火薬(塩素酸カリウム、塩素酸ナトリウム、硝石等の主剤・・・)」とある。腹 腹時計が言及している「バラの詩(うた)」(2審検106)にも「塩素酸塩」として「塩素酸カリウム(KClO3)」と「塩素酸ナトリウム (NaClO3)」が明記されている。
  北海道で起こった爆弾事件である北大文学部のアイヌ資料館爆破事件(昭和47年10月)の火薬は「塩素酸ナトリウム60%、砂糖30%、硫黄 10%」、同年同月の旭川の風雪の像爆破事件の火薬は「塩素酸ナトリウム70%、砂糖20%、硫黄10%の火薬と、塩素酸カリウム50%、砂糖25%、黄 血塩25%の火薬の両方を詰めたもの」だったのである(「判例時報」(2審弁98))。当然高山たちはこのことも熟知していたことになる。
  両決定が意図的にこれらの証拠を無視して318条に違反したことは明らかである。憲法違反である。

3 本決定と原決定は刑訴法448条を踏みにじっており憲法違反である

(1) 公平な裁判を実施するならば前記2によって山平鑑定の不存在は証明される。山平鑑定書、電話通信用紙の「発」と「受」のふたつが偽造、山平旧証 言、高山証言が虚偽であったことも証明される。高山捜査報告書の「ビニールシート、カーテン地、網かごから塩素酸イオンが検出された」の部分、「除草剤の 配合、使用等に直接用いられたと認められる軍手(塩素酸塩類イオン検出)が存在」の部分が偽造であることも証明される。
  山平鑑定が不存在となることによって、私には本件爆発物の製造は不可能であることが鮮明になる。無罪である。435条6号の再審理由が存在することは 明白である。
  山平鑑定と山平氏の1審証言の偽造と虚偽が証明されたことで、435条2号の再審理由が存在することも明白である。
  電話通信用紙発・受や高山捜査報告書の偽造は2審の証拠なので435条の1号には該当しないが、警察のデッチ上げの姿勢を鮮明にしている。
  札幌高等裁判所と同地方裁判所は、435条2号と6号の再審理由が存在するから448条1項によって再審開始の決定をしなければならなかったにもかか わらず、棄却決定をした。448条1項を踏みにじることによって公平な裁判を否定した。憲法違反を犯したのである。  
  最高裁判所は<法>の支配を厳守して本決定、原決定を取り消すとともに、再審開始の決定を行うことによって<法>の正義を示さなくてはならない。

(2) 警察が多数の証拠を捏造・偽造しなければ私は本件で起訴されることはなかった。そうすれば私は地下に潜っていずれ反日亡国の武装テロを開始して いったことは間違いない。だから道警が日本社会を守ったことは確かである。保守主義者に転向してかつての自分の思想・行動を全面否定している私には当時の デッチ上げを恨む気持ちは全くない。私が狂った左翼思想のひとつである反日亡国思想の洗脳から脱却することが出来たのも、獄中で一人で沈思黙考することが 出来たからだ。
  しかし私は左翼思想を否定して転向を成し遂げた。もはや裁判に「社会防衛」の観点は不要である。
(荒木註の1、2は○の中に+、3は○の中にー)

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