新ロシアはソ連=共産ロシアが衣を変えただけの独裁国家・侵略国家である

●ロシアのウクライナ軍事侵略とクリミア半島強奪を阻止できなかった西側

 2月22日、ヤヌコビッチ親露政権が親欧米の野党勢力によって倒されると、プーチン・ロシアは、ウクライナへの軍事侵略を開始し(2月28日)、またたく間にクリミア半島全域を制圧して、クリミア自治共和国と特別市セバストポリ市をロシアに編入してしまった(3月18日)。ウクライナへの軍事侵略とクリミア半島の強奪が国際法(国連憲章第2条4項)違反であることは明白だ。また米英露の3国は1994年に、ウクライナと「ブダペスト覚書」を結んで、3国はウクライナの独立と国土保全を尊重することを約したから、ロシアはこの「覚書」も踏みにじったのである

 米国をはじめNATO諸国は2月28日以降のロシアの軍事行動を直ちに侵略だと非難して、ロシアにロシア軍をセバストポリ市の黒海艦隊基地内に戻すよう要求した。これ以上の軍事行動を取らないよう要求した。だが、ロシアは軍事行動をエスカレートしていき、クリミア半島全域を支配したのだ。その上でロシアは3月16日にはクリミア自治共和国と特別市セバストポリで、ウクライナ憲法を否定する「住民投票」を実施させて、17日の「独立宣言」をさせた。同日ロシアは両「独立国家」を承認した。そして翌18日には、両者のロシア編入を決定したのである。

 さらにロシア軍は、3月24日までにクリミア半島にある全てのウクライナ軍基地と全てのウクライナ海軍艦艇の接収を完了した。ウクライナは3月24日、クリミア半島からウクライナ軍を撤収することを決めて撤収するしかなかった。ロシアは3月24日、クリミアで公式通貨としてロシア・ルーブルの運用を開始した。 4月1日からはクリミアにロシア国内の法制度が適用されたのである。

 オバマ大統領は、 2月28ホワイトハウスでロシアに対して、「いかなる軍事介入も代償が伴う」と警告をしたのであるが、西側の制裁は政治的、経済的な制裁で、しかも限られたものでしかなく、軍事介入の意思を示すものではなかったから、前述のようにロシアの侵略軍事行動を全く阻止できなかった。クリミア半島を強奪されることになったのである。

 ソ連崩壊後、NATOは東方に拡大した。 旧東欧諸国やバルト3国などの旧ソ連邦の国々が侵略国家ロシアの脅威から自国の安全を保障するために、NATO加盟を求めたからである。1999年にはポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーが加盟を認められた。2004年にはバルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアが加盟を果たし、 2009年にはクロアチア、アルバニアが加盟して、 28ヵ国の軍事同盟になった。

 しかし、対ソ軍事同盟のNATOは、ソ連崩壊後はロシアを「真性敵国」としなかったのだ。NATO諸国は、ソ連=ロシアの独裁者らに騙されたのであった。彼ら(米英独仏伊加等)は、ロシアを1997年にG7の正式メンバー国と認めて、翌年からG8サミットを始めていったのであった。私たちは自己批判しなくてはならないのである。

 2月27日、NATOとウクライナ親欧米政権は、NATO本部で国防相級会合を開き、「連帯強化」を確認している。 NATOの中軸である米英両国は、本当は直ちにウクライナと協定を結んで、軍隊をクリミア半島などウクライナの要衝の地に進駐させることで、ロシアの軍事行動(侵略)を抑止していくべきであった。ウクライナ政府はそれを切望したはずだ。だが米英は、ロシア認識の不十分さゆえに、ロシアの侵略を糾弾しつつも、ウクライナに軍を派遣することができなかった。

 ロシアは、ウクライナ国境沿いに大規模な軍部隊を集結させて威嚇している。ロシアは今、ウクライナ東部や南部への軍事侵攻の脅しをかけて、ウクライナ政府にロシアが提案するところの「連邦制」の導入を認めさせようとしている。ロシア提案の「連邦制」とは、連邦制とは名ばかりで東部と南部に「対外関係の政策」に関して、また経済や財政について、「広範囲な権限」を持たせるものである(4月1日付読売新聞)。つまり、「地域主権国家」というものである。最初こそ「連邦制国家ウクライナ」であるものの、すぐにウクライナの分割、そして東部と南部のロシア編入へと発展していくものである。

 国際法と国際秩序は、自由主義国が何よりも軍事力と政治力で守るものである。国際法と国際秩序を破壊する侵略国家(ロシアとか中共など。ロシアと中共は同盟関係にある)に対しては、我々自由主義国は、何よりも軍事力と政治力で対決していかなくてはならない。そうでなければ、侵略を抑止できない。更なる侵略を許すことになる。

●私のこれまでの「ソ連=ロシア」批判論考の紹介

  私は前回論考の4節目の小見出しを、「新ロシアの支配者はソ連時代と同じであり、独裁体制・侵略主義の国家の本質は不変である」としてまとめたが、私は保守主義者になってから何回も同種のテーマで文を書いてきた。保守主義者になって最初に出した小冊子「大森勝久 論集1」(1998年10月20日)には、3つの論文を乗せたが、そのひとつは「ソ連=ロシアの『大退却』戦略に騙されるな!−ロシアは21世紀にユーラシア大陸の制覇を狙う−」(1998年9月8日記)であった。この文は、その後書き改めてホームページに載せた。中川八洋氏の著書に学び、自ら考えてまとめたものだ。

 今ロシアはウクライナを軍事侵略し、クリミア半島をロシアに編入してしまった。軍事侵略の威嚇によって、ロシアは更に、1節目の最後で書いたように巧妙にウクライナ東部と南部を強奪しようとしている。私たちは、新ロシアはソ連(共産ロシア)が衣替えしただけの独裁国家・侵略国家であること、ソ連=ロシアの独裁支配者たちはどのようにして西側を騙してきたのか、ロシアは侵略と退却と再大侵略を繰り返して、領土を拡大してきた国家であること、だからロシアは大退却で放棄した東欧諸国や旧ソ連邦の国々を、必ず再侵略して領土化するばかりか、更に侵略を拡大して領土を増やすこと等を、認識しなくてはならないのである。

 私が以前書いた文を紹介することは、この点で意味があると思う。読まれていない読者の方も多くいると思われるからである。タイトルと節見出しである。

 「ソ連=新生ロシアの大謀略」(1999年8月20日記) ゴルバチョフが創ったソ連偽装解体のシナリオ/「ソ連・8月革命」が芝居である証拠/ソ連とは共産党が所有する国家である/西側諸国が「8月革命」を信じ込んでしまった理由/1989年東欧民衆「革命」の真実/ソ連共産党が大謀略を開始した理由/ソ連=新生ロシアの大謀略によって大軍縮させられている西側諸国/21世紀、ロシア=ソ連は全ユーラシアへ大侵略を開始する/

 「日本と自由主義諸国を滅ぼしてはならないー世界征服を目指すソ連=新生ロシアの謀略戦争ー」(2000年2月15日記) ソ連の偽装消滅/東西冷戦に負けたのは西側である/ソ連=新生ロシアの2段階世界征服戦略/キャスリーン・C・ベイリー博士の主張/ロシアは軍縮条約を戦争手段にする/ロシアのSTART交渉の策略/アメリカはABM制限条約を破棄しNMDを配備しなければならない/全体主義侵略国家のロシアと中国に勝利する「戦域核戦争」戦略/政治の最大の責務は国を守ることである/

 「新生ロシアの正体」(2000年2月23日記) ソ連偽装解体消滅の芝居/ロシアでは国家テロルの恐怖が支配する/平然と嘘をつける日本共産党からの類推/偽装して支配するソ連共産党とKGB/アメリカの保守主義者へ伝えて頂きたい/

 「新生ロシアはソ連の偽装である」(2000年5月13日記)人類史至上初の国家偽装転換の大謀略/謀略戦争を進めるロシア=ソ連/ロシア大統領選挙は芝居である/大統領就任式も謀略戦争の一環である/経済混乱、社会混乱という芝居/ロシアは米国を凌ぐ軍事大国である/平時の戦争に勝利しなければならない/

  「西側の安全保障をズタズタに切り裂いたモスクワ条約・共同宣言とローマ条約−ソ連=現ロシアは『トロイの木馬』戦略を実行中−」(2002年7月16日記)西側を騙す露国の「トロイの木馬」戦略/米露戦略攻撃戦力削減条約は完全な誤り/新条約はロシアの絶対優位を創り出す/ロシアは米露共同宣言でMDを獲得し、ローマ宣言でNATOを潰した/米政府中枢にロシア(ソ連)のエージェントないし隠れ共産主義者がいる/

   「『ソ連崩壊』は大謀略である」(2004年9月19日記) 米国の国家安全保障戦略は誤っている/1991年の「ソ連政変」は大謀略/「経済的弱小国ロシア」は嘘/「ソ連崩壊」の謀略を行った理由/「市場経済」でソ連以上の強国になる/ロシアの大軍拡と対日核戦力/「トロイの木馬」戦略/対露「東アジア戦域限定核戦争戦略」を/戦争の21世紀にしないために/

 以上は、もう一つの私のホームページ/「日本と世界の安全保障研究会 大森勝久」に掲載されている文である。このホームページには1999年4月から2005年12月までに書いた文が載っている。

 次はホームページ「大森勝久評論集」の文である。

 「自由世界のリーダー米国政府の対露、対中政策の誤り」(2006年4月6日記)ソ連1991年8月政変は西側を騙す大謀略/米国は直ちに核軍縮をやめ核軍拡すべきだ/米政府中枢部にも露、中のエージェントが侵入し政策を左右している/伝統的脅威から目をそらせる「反テロ戦」/ソ連、中国のエージェント・キッシンジャーの謀略/

 「平成18年12月21日付意見書(思想編) 共産主義は人間を奴隷化し他国を侵略する謀略思想である他」(2006年12月4日記)共産主義は人間を奴隷化し他国を侵略する謀略思想である/日本など東アジアの征服を目指す中国/世界征服を目指すロシア/直ちにロシアと中国に対する第2次冷戦を開始すべし/革新勢力と共産主義グループに乗っ取られていた戦前の政府と軍部とマスコミ/

 「敵性国家を非敵性国家と誤判断すれば国は滅びる」(2009年7月28日記)危機意識を喪失している西側自由諸国/西側の世界情勢認識/ソ連偽装倒壊と新生ロシア誕生の大謀略/KGB(FSB)がそのままロシアを支配している/憲法の支配と自由を求める人々が次々と殺されているロシア/ソ連=ロシアの支配者が大謀略を行った理由は何か/「欧州戦域限定核戦争」を可能にした米国のINF西欧配備とソ連の国家存亡の危機/ゴルバチョフが演出した「東欧解放」と「ソ連8月政変」/再大侵略を狙うロシア−ヨーロッパ全域と東アジア等の占領を狙う/外交戦に敗北して一方的に大核軍縮している米国/日米同盟を堅持した日本の核武装/

 「中国、ロシアと対峙する、日米同盟の下での日本の核武装(下)」( 2010年11月25日脱) ロシアは日本領土の「北方領土」、千島、南樺太を侵略し不法占領を続けている/正しい「北方領土」は4島に千島と南樺太を加えたもの/ロシアは北海道占領を狙う−「日露首脳会談」について/ロシアの対日核戦力等−中川八洋氏の『地政学の論理』より/ロシア、中国を核包囲・抑止する西側の世界戦略−「核兵器の地政学」/ロシア伝統の「退却兵法」/日米同盟の絆の下での日本の核武装/

 タイトルと節見出しだけであるが、何を主張しているのかお分かりいただけると思う。一読して頂けたら幸いである。別のホームページの「ソ連=新生ロシアの大謀略」(1999年8月20日記)と、本ホームページの「敵性国家を非敵性国家と誤判断すれば国は滅びる」(2009年7月28日記)は、まとまっているので読むにはいいのではないかと思う。

●ソ連=ロシアを国家存亡の危機に追い詰めた米国・NATOの「欧州戦域限定核戦争戦略・態勢」

 米国は、隠れ共産主義者・反米主義者キッシンジャーが、ソ連の勝利、米国の敗北を目的にして1972年5月にソ連と結んだ「戦略核兵器制限協定」(SALT1)によって、 1960年代までの戦略核戦力の対ソ優位を、1970年代半ば以降は対ソ劣位に逆転させられてしまった。

 キッシンジャーは「相互抑止理論」(核戦力の優位は、劣位側ソ連の先制核攻撃を招くので相互抑止に反するから、米国は優位は放棄すべきだ)、「相互確証破壊理論」(双方が防御を放棄して、確実に破壊される状況にしておくことで、核戦争を抑止するという理論。これは米国の防御の優位、すなわち「弾道ミサイル迎撃ミサイルABM」の優位を否定して、ソ連と対等にするもの)、「十分性理論」(これは核の優位はソ連の先制攻撃を招くから不要であり、相互抑止が働くから、全面核戦争はありえないから、双方は限定核戦争のみに対処する核戦力を保有すれば十分であるとするもので、要するに米国の戦略核戦力の凍結を合理化するとともに、削減させていくもの)を、それが誤っていることを承知の上でプロパガンダしたし、これらの理論に基づいて「SALT1協定」と「ABM(弾道ミサイル迎撃ミサイル)制限条約」(1972年)を締結していったのである。

 1960年代末、米国は戦略爆撃機における対ソ優位と、MIRV弾頭(多弾頭)を開発していたから弾頭数において優位にあった。キッシンジャーは「対等である時こそ相互抑止が働く」という「相互抑止理論」に基づいて、米国のみICBMとSLBMの基数を1960年代末のレベルに凍結し、ソ連は弾頭数で対等になるように、ICBM91基、SLBMを240基も増産配備を認める「協定」を締結したのである。米国のICBMとSLBMの基数は合計1710基、ソ連の合計は2358基となった。しかしソ連もすぐに核弾頭のMIRV化に成功したから、 1970年代半ば以降は、ソ連の方が戦略核戦力で優位に立つようになったのである。

 ソ連はこの戦略核戦力の対米優位を背景にして、1970年代半ばからキューバ兵を使って、アンゴラ、モザンビーク、エチオピアへ侵攻して共産政権を樹立したし、北ベトナムには南ベトナムへ侵攻させて併呑させていった。

 ソ連は1977年から、中距離核戦力(INF)のSS−20弾道ミサイル(3発の多弾頭)とバックファイヤー爆撃機を、ヨーロッパ部と極東に配備していったから、中距離核戦力においても西側に一層優位に立った。ソ連はこれらを背景にして1979年には直接アフガニスタンへ軍事侵攻したのである。

 西欧NATO諸国は、ソ連が西欧に軍事侵略してくることを恐れた。通常戦力でもソ連はNATOを圧倒していた。NATO諸国からの強い要請を受けて、米国レーガン大統領は1983年11月から、地上発射核巡航ミサイル・トマホークを西独、英、伊、ベルギー、オランダに配備していった。西独には核弾道ミサイル・パーシング2も配備していった。配備予定最終年は1988年で、その時点でパーシング2が108基、トマホークが464基の予定であった。両方とも単弾頭なので、572発となる。一方のソ連のSS−20はヨーロッパ部は1983年時点で360基であったが、3発の多弾頭なので1080発であった。

 ソ連の方がINFにおいて量的には優位であるが、ソ連の支配者たちは米国のINF西欧配備を、ソ連の国家存亡の危機だと認識し恐怖したのであった。それはなぜなのか?レーガン大統領は1983年3月、ソ連を「悪の帝国」と断じた。レーガン大統領は1983年10月、カリブ海の共産主義国グレナダが、ソ連のための空軍基地を完成させようとしていたところ、米軍を投入してグレナダ共産政権を打倒した。つまりソ連は、米国が西欧配備のINFを使って「欧州戦域限定核戦争」を仕掛けてくるかもしれないと恐怖したのである。ソ連は1984年に臨戦態勢に入っている。

 もし「戦域核戦争」になれば、確かにソ連は西欧を占領することができる。しかしソ連のヨーロッパ部の核(ICBM)軍事施設や指揮命令機構などの軍事目標は、米国のINFによって壊滅的に破壊されてしまっている。しかし、大量の戦略核戦力を持つ米国本土は無傷のままである。とすれば、米国が戦略核を使用する全面核戦争の恫喝を行えば、ソ連はもう屈服するしか道はない。こういうことがシミュレーションで判ってしまうから、もし米国・NATOが「欧州戦域核戦争」を挑むならば、ソ連は戦端を開くことなく屈服するしかなくなるのである。米国とソ連(ロシア)には、「地理の非対称」(ソ連の不利)があるのだ。

 なお、「米国・NATOが戦域核戦争を仕掛けたら、ソ連は直ちにICBMを米国に撃つ全面核戦争をするぞ!と脅せば、米国は戦域核戦争を発動できなくなるのではないか?」と思われる方は多いことであろう。アンドロポフソ連共産党書記長は1983年、84年当時、そのように何度も言っていた。しかしこれはハッタリでしかない。全面戦争になれば米ソ双方が倒れてしまうことになる。ソ連(ロシア)は自らが世界を征服することが国家目標であるから、自国が消滅してしまうような戦争は絶対にできないし、しないのだ。

 だからもし、米国・NATOが「戦域核戦争」を仕掛けたら、ソ連(ロシア)は米国本土を核攻撃せず、戦域を欧州に限定した核戦争を戦うしかない。そうすれば、無傷で残る米国が「全面核戦争」の構えを見せれば、ソ連は降伏するしかない。つまり、もし米国・NATOが「ヨーロッパ戦域限定核戦争態勢」をとれば、ソ連(ロシア)の敗北は決定してしまうのである。それゆえ、ソ連の支配者は国家存亡の危機だと認識し、恐怖したのであった。

 もうひとつ理由があった。それは、レーガン大統領が1983年3月にSDI(戦略防衛構想。宇宙防衛兵器開発)を決定して、84年度(1983年10月から)から開発を開始したからである。これは宇宙衛星を打ち上げて、それに搭載したビーム兵器で、敵国の発射された弾道ミサイルを宇宙空間で破壊するものである。ソ連の支配者はSDIが完成、配備されれば、ソ連の弾道ミサイル(ICBMもSLBMもSS−20 などの中距離弾道ミサイルも短距離弾道ミサイルも)は無効になってしまう、と恐怖したのである。

 レーガン大統領は1984年11月再選された。ソ連の支配者は、レーガン2期目に、米国はNATOを率いて「戦域核戦争」を仕掛けてくるかもしれないと考えた(米国にはその意思は全くなかったのだが)。また、米国が「戦域核戦争」を発動しない場合であっても、米国のINFの西欧配備とSDIによって、ソ連は完全に封じ込められてしまうわけである。一切侵略することは不可能である。これも侵略国家のソ連にとっては一大事である。国家の大危機である。

●ゴルバチョフが演出した「ペレストロイカ・ソ連の民主化」「東欧解放」「1991年6月新生ロシア誕生」「ソ連1991年8月政変・革命」「ソ連消滅」の大謀略

 ソ連(ロシア)の支配者たちは、この「国家の大危機」から脱出する戦略(大謀略)を考え、実行していくことにしたのである。それは単に、米国の西欧配備のINFを廃絶し、SDIを中止・廃止させていくだけでなく、米国ら西側を安心させ無警戒にさせて、米国の戦略核、海洋(海上・海中)発射の中距離核(核SLCM)、射程550キロメートル以下の短距離核、戦場核、化学兵器そして通常戦力も大削減させたり廃止させ、他の西側諸国にも大軍縮させてしまうことで、将来におけるロシアの戦略的優位を創出していく大謀略である。つまり、ロシアが将来再大侵略できるようにする大謀略を実行していったのである。

 1985年3月、ゴルバチョフがソ連共産党書記長として登場すると、まず「ペレストロイカ路線」(根本的改革政策路線)を開始していったのである。すなわち、「平和を愛する新思考の新しいソ連」を演出していったのだ。ゴルバチョフは1986年1月に、米国に「核兵器3段階廃絶案」を提案した。それは、1999年までに全ての核兵器(全核保有国の)を廃絶するというものだ。もちろんソ連=ロシアは、核を廃絶する意思は全く持っていない。しかしゴルバチョフは「核軍縮・核廃絶を主導するソ連は、平和愛好国だ。ソ連はニューソ連に変わった」という(偽りの)イメージを西側に植え付けていったのである。彼は1986年10月には、アフガニスタンからソ連軍の一部を撤兵させる演出も行った。ゴルバチョフは西側に、「ソ連は平和を愛する国に変わったのだ」と思わせていったのである。

 「INF(地上配備の射程550キロメートル以上5500キロメートル以下の中距離核戦力)全廃条約交渉」は、 1987年2月に再開されたが、ゴルバチョフは積極的に、「INF廃絶=平和」の謀略攻撃をかけて米国を攻め、1987年12月には「米ソINF廃絶条約」の調印を勝ち取っていったのである。ゴルバチョフはSS−20等の廃絶と引き換えに、ソ連=ロシアの侵略を完全に封じ込めていた米国のパーシング2とトマホーク等の廃絶を勝ち取ったのである。これらは1991年5月までに全廃された。ゴルバチョフはバックファイヤー爆撃機(射程300 キロメートルの空中発射核巡航ミサイル・ALCMを3基搭載する)はウラル山脈以東に移すことを条件に、INFからの除外を勝ち取っている。有事にはすぐにヨーロッパ部へ移動できるのだ。

 この「条約」は無期限である。検証期間は2001年5月までだ。だから独裁国家・全体主義国家ロシアは、 2001年5月以降は秘かにINFを生産していくことができる。だが米国は条約に拘束されてできない。ソ連=ロシアにとって「外交交渉」は武器を使用しない「平時の戦争」である。彼らにとって「条約」や「協定」は、敵国を縛り、自らは秘かに破り、あるいは機が到来すれば平然と破っていくものであって、自らの軍事的優位を作り出していく「戦争手段」である。ロシアのエリートは騙しの天才であり、かつ条約・協定を守る意思はなく、ロシアは自由な報道も内部告発もない国家だから、西側はロシアと交渉してはならない。すればINF全廃条約のように負けるだけである。

 ゴルバチョフは1988年5月から、アフガニスタンからの本格的な撤兵を開始して、「侵略主義を放棄した新しいソ連」を西側に宣伝していった。ゴルバチョフは1988年12月、欧州ソ連軍の兵員24万人と戦車1万輌を削減すると発表した。89年5月には、「欧州通常兵力削減交渉」の場で、4万輌の大削減を申し出た。一方国内では、1988年12月にソ連憲法を改正して、それまでの最高会議に代わる「ソ連人民代議員大会」を創設した。「ソ連の民主化」の演技である。ゴルバチョフは89年3月には、初の複数候補制によるソ連人民代議員選挙を実施した。

 そうしておいてゴルバチョフは、ソ連の植民地である「東欧諸国の解放」を演出していったのである。 1989年11月12月である。

 東欧諸国の軍隊も秘密警察も、その国の政府には属していない。ソ連軍と秘密警察KGB(第1総局)の指揮下にあった。ゴルバチョフは秘密裡に東欧各国政府に、「民衆の反共産党デモ、民主化デモを断じて弾圧してはならない!」と命令したのである。だからこそ、民衆デモに対して各国の軍と秘密警察の弾圧はなされず、東欧の民衆革命は成功したのである。もしソ連の命令がなければ、瞬時に大弾圧されてしまっていた。ゴルバチョフは1989年10月に「ブレジネフ・ドクトリンを放棄する」と宣言し、ソ連軍の介入を公に否定したから、11月12月で東欧諸国で革命が発生し「成功」したのである(中川八洋氏『大侵略』3章参照。1990年9月刊)。

 ゴルバチョフの秘密命令を知らない西側諸国は、「民衆の力は偉大であり、共産主義体制でも倒せるのだ」と盲信していくことになる。そして「侵略主義を放棄した新しいソ連」を信じていくことになった。

 ゴルバチョフはこの上に、更なる謀略を実行していった。ゴルバチョフは1990年2月から3月にかけてソ連の民主化、自由化の演出を実行していった。すなわち、「一党独裁の放棄」「複数政党制」「大統領制」「民衆の政治的自由」という演技である。ゴルバチョフは更に90年6月には、エリツィンに「ロシア共和国主権宣言」をさせていったのである。

 既に、「ニューソ連」を信じていた西側は、これらの「ペレストロイカ(民主化、自由化)」も信じ込んでしまい、「ソ連は西側と友好関係を築ける人間的で民主的な社会主義国に変わったのだ」と、決定的に騙されてしまったのである。だからNATOは1990年7月に、「ソ連脅威否定宣言」を出した。 90年11月には、NATOとソ連・旧ワルシャワ条約機構諸国は、「東西対決終結宣言」「不戦宣言」を発表したのである。

 しかしソ連=ロシアの支配者たちが、1985年にゴルバチョフが登場する前に考えた大謀略は、ここで終わるものでは決してない。なぜならば、ソ連のままであれば、たとえ「民主的な社会主義国ソ連」を装っていても、西側は冷戦の敗者のソ連に、全ての核戦力の廃棄や通常戦力の徹底的な大削減を要求してくることは必至であるからだ。ソ連共産党書記長やソ連大統領が変われば、どうなっていくか分からないからでもある。またソ連のままであれば、米国ら西側も自らの核戦力を大削減していかないからだ。

 ゴルバチョフらが考えた大謀略は、「国家の偽装倒壊」である。「反共産主義・反ソ連・民主主義と市場経済の新ロシア」が誕生して、この新ロシアがソ連共産党を解散させ、ソ連も消滅させたことにすることだ。そうすれば、米国ら西側は安心し無警戒になって、核兵器などの大軍縮をしていく。新ロシアは、ソ連を打倒した国家ということになるから、西側から罰せられることがなくなる。核軍縮も対等の立場で行えるから、また米国を騙していくことができる、というわけである。

 ゴルバチョフは1990年7月に、エリツィンにソ連共産党を離党(演技)させて、ソ連共産党とソ連批判をさせていった。これによって、西側は「ソ連の改革派」のゴルバチョフよりも、エリツィンにより期待し支持していくようになる。ゴルバチョフの狙いどおりであった。ゴルバチョフは91年6月には、エリツィンに「反共産主義・反ソ連・民主主義と市場経済の主権国家ロシア」を掲げさせて、ロシア共和国の大統領選挙を行わせて勝利させていったのである。西側はエリツィン大統領の誕生を熱烈に支持した。

 ゴルバチョフは次には91年8月19日に、ソ連共産党保守派8人組に「改革派ゴルバチョフ」を打倒する「軍事クーデター」の演技をさせていった。8人組とはソ連共産党の幹部たちであり、KGB議長、国防相、内務相、首相、副大統領、最高会議議長、農民同盟総裁、企業・建設・運輸・通信協会会長である。軍事クーデターによって、ゴルバチョフは拉致されて監禁された(シナリオだ)。

 すると、エリツィンロシア共和国大統領が反クーデターの戦いに立ち上がり、市民に抗議のゼネストを訴えた。モスクワの市民がエリツィンの周りに結集した。保守派のクーデター軍はこの民衆の決起によって腰砕けとなり、内部分裂して、 8月22日には敗北することになるのであった。死者はわずか3人であった。8人組は、エリツィンロシア大統領に「国家反逆罪」で逮捕された。

 救出されたゴルバチョフソ連大統領は、8月24日エリツィンロシア大統領に強要されて、ソ連共産党中央委員会の解散を命じ、自身もソ連共産党書記長職を辞した。8人組はソ連共産党中央委員会のメンバーであったからだ。これにより、ソ連共産党は活動を停止した。

 これが「ソ連1991年8月政変・革命」である。ゴルバチョフらがシナリオを書いた大謀略であった。西側諸国は、1989年に東欧諸国の民衆が共産主義体制を倒した戦いを見ていた。だから西側は、1991年8月のソ連における、保守派のクーデターを倒したり、ソ連共産党を倒したエリツィン大統領を筆頭とするロシアの民衆の戦いを、真実だと軽信してしまったのである。ゴルバチョフは、これのためにも「1989年の東欧解放」を演出したのであった。

 1991年12月9日、主権国家ロシア共和国、主権国家ウクライナ共和国、主権国家ベラルーシ共和国の3大統領が、「独立国家共同体創設協定(CIS)」に調印し、ソ連邦の消滅を宣言した。 12月25日ゴルバチョフがソ連大統領職を辞任し、クレムリンのソ連国旗が降ろされてロシア共和国の国旗が翻ったのである。ソ連の消滅、新生ロシア・CISの誕生である。ゴルバチョフが作ったシナリオである。「国家偽装倒壊」の大謀略である。

●ロシア帝国は再大侵略をする-ロシアを再び核兵器で封じ込めよ

 紙幅が少なくなってきたので簡潔に書く。ロシアは500年以上に及ぶ侵略史を持つが、右肩上がりに一直線に領土を拡大してきたのではない。侵略と退却そして再侵略を繰り返して、領土を拡大してきたのだ。ロシアは戦略環境が不利となれば、自ら退却して領土を一旦放棄し、敵国を安心させ油断させて、機が熟せば再侵略して放棄した領土を奪還し、更に侵略を拡大して、領土を増やしてきた大侵略国家である。中川八洋氏は、ロシアは過去500年の平均では43年後に再侵略して奪還しており、20世紀では平均約21年後に再侵略してきたと述べている(『地政学の論理』350頁参照。2009年5月刊)。

 ソ連=新ロシアは「大危機」から脱出するために、自ら進んでアフガニスタンから撤兵し、東欧を解放し、バルト3国などの旧ソ連邦構成国の独立を認めたのである。それは一時的な大退却であって、20年後、30年後に再大侵略して、領土化するということである。それに止どまるものではない。ロシアは侵略を更に拡大していくのだ。

 ロシアは2000年8月、グルジアへ軍事侵略して、南オセチアとアブハジアを強制的に分離独立させた。ロシア帝国の再侵略・再膨張の開始であった。このロシアの侵略を、安倍首相の同志中西輝政京大名誉教授は支持した。彼もロシアの思想工作員である。今ロシアはウクライナへ軍事侵略して、クリミアを奪ってロシアに編入した。 更にウクライナの東部と南部の強奪を計画している。またプーチンは、北海道への侵略占領も狙っている。安倍首相はそのロシアを「戦略的パートナー」とする。本年2月8日のプーチンとの首脳会談について、安倍首相は「非常になごやかな雰囲気の中で、プーチン大統領との個人的な信頼関係を一層強化することができました」(2月10日の国会答弁)と述べている。安倍首相も反日左翼でロシアの思想工作員である。

 ソ連=ロシアは共産主義を自ら進んで放棄したのだ。しかしロシアは共産主義を採用する以前から侵略主義であったから、共産主義の放棄は侵略主義の放棄では断じてない。論壇では、「共産主義は消滅したも同然であるから、東西対決の冷戦はもはやない」というのが、「常識」になっている。しかし、この考えはロシアやその代理人(思想工作員)が流してきた謀略である。

 ゴルバチョフは西側を騙すために、自ら共産主義とソ連を消滅させたのだ。ソ連共産党の幹部がKGBの幹部にもなってきたが、ゴルバチョフは新生ロシアでは、ソ連共産党の組織もKGBに衣替えして支配していくことにしたのである。だから新生ロシアでは、KGBは拡大することになる。中川八洋氏は「ゴルバチョフとは、実はKGBに操られた『雇われ独裁者』だった。1991年、KGBのみ唯一の権力機関とする新ロシアへの移行が定まることにおいて、ゴルバチョフは共産党とともに、ポイ捨てされた」(『地政学の論理』18頁)とするが、私の分析は異なっている。

 もしKGBとソ連共産党とが対立して、前者が後者を追放したとすれば、ソ連・ロシアは本物の大混乱と大流血になってしまう。新生ロシアでは様々な政党ができたが、これもソ連共産党の一部が衣替えしただけのものである。ソ連共産党という名は消滅させたが、その組織(と指揮系統)は様々な組織に衣替えさせていったということだ。

 「1991年8月政変・革命」が演技であることを簡単に書いておこう。保守派8人組が率いた「軍事クーデター」であるが、最強のクーデター軍である。ソ連軍を率いるソ連国防相ヤゾフがいるし、内務省軍(治安部隊)を率いるソ連内務相プーゴがいる。KGBは軍隊を持ちソ連軍も内務省軍も政府も国民も監視する秘密警察であるが、8人組の中にはそのKGB議長クリュチコフもいるのだ。一方のロシア共和国大統領エリツィンには、動かせる軍隊は一人だっていなかった。エリツィンの周りに結集した民衆も非武装であった。ソ連は6600万人の国民を殺してきた独裁国家である。エリツィン派民衆の抗議に、クーデター軍が敗けるわけがないのは子供にもわかる。

 エリツィンの周りに結集したモスクワ市民は何人であったか? 1000万人モスクワ市民のうちのわずか3万人であった。他はいつもどおりにパンや野菜を買うために行列をしていたのだ。ゼネストなどなかった。3万人が「劇場」である国会議事堂前広場に集まったのだが、テレビでこれを見た西側は、ソ連全土で同じことが起こっていると騙されたのである。なおこの3万人も、ソ連共産党員の偽装である。1989年11月12月の「東欧解放」が、西側の人々の冷静な観察力と思考力を奪ってしまっていた。洗脳である。「国家反逆罪」で逮捕(演技)された8人組は、1993年には「保釈」で出て、モスクワで活動している。

 ソ連=ロシアを核包囲していた米国の中距離核には、陸上発射のパーシング2、GLCMトマホーク等以外に、1984年6月から配備を開始した「海洋(海上・海中)発射の核巡航ミサイルSLCMトマホーク」もあった。年間84基ずつ配備して、1992年までに758基配備予定であった。これは「INF全廃条約」の対象になっていない。北海・ノルウェー海、地中海、アラビア海、日本列島の東南の沿岸海域の4海域から、ソ連・ロシアを封じ込めるものであった。射程は3000 キロメートルである。しかし、父ブッシュ大統領は冷戦に勝利したと安心し無警戒になって、一方的に1991年9月にこのSLCM核トマホークを全て撤去することを声明し、1992年3月に実行してしまった(中川氏前掲書205、207頁参照)。ロシアはそんなことはしていないから、一方的に撤去する米国は、まさに冷戦に負けた国のようである。

 この核SLCMトマホークは撤去されて退役となっていたが、2010年4月、米国国防総省は「核態勢の見直し」(NPR)を発表して、その廃棄を明記したのである。但し廃棄時期は記載されていない。

 「SDIの開発」はクリントン大統領によって、 中止にされてしまった。そしてMD(弾道ミサイル防御)というものに矮小化された。

 先述した「欧州通常兵力削減(CFE)条約」は1990年11月に調印されて、92年7月に発効した。これはウラル山脈以西を対象にするものだ。ゴルバチョフが申し出た4万輌のソ連軍・東欧軍の戦車の廃棄も、1万9000輌は老朽化したものであるから、通常の廃棄処分である。削減ではない。残りの2万1000輌はウラル以東へ移動させればよい。有事にはすぐ移動できる。さらにソ連は新鋭戦車を85年から89年の間に1万5000輌以上生産した。 90年代の10年間にさらに1万5000輌を追加して、ウラル以東に蓄積していくのだ(中川氏『大侵略』55頁以下参照)。一方の在欧米軍は、条約の上限数を自主的に大きく下回り、戦車は調印時の5分の1の1192輌に大削減してしまっている(1995年現在)。

 米国は1988年以降、新しい核弾頭の設計を行っていない。設計者は数十人にまで縮小してしまっている。核兵器製造工場は閉鎖されてしまっている。製造工場の設備も技術もさびついている。だから核弾頭の心臓部である、水爆の起爆装置のプルトニウムピット(塊)を生産する能力は今のアメリカにはない。しかしロシアでは、2ヶ所の核兵器製造工場が稼動しており、年間数百のピットを生産しているのだ。これは『SAPIO』2000年1月26日・2月9日合併号に載ったキャスリーン・C・ベイリー博士の文である。彼女はレーガン政権の国務次官補を務めた人である。

 ロシアは、一気に核兵器(戦略核、中距離核、短距離核)を急増産できる体制を維持しているのである。冷戦に敗北したのは西側である。ロシア帝国は再大侵略する。私たちはロシアの正体を正確に見抜き、再びロシアを核兵器で封じ込める戦略とその体制を構築していかなくてはならないのである。中共に対しても全く同様である。米国など西側は直ちに核兵器を増産しなくてはならないのだ。

●安倍首相は侵略国家ロシアの尖兵である

 安倍首相は3月10日の記者会見でも、「ウクライナ情勢」に関して、「各国と連携し、平和的手段による解決を求める。日露関係の発展は我が国の国益に資するもので、粘り強く北方領土問題の解決に取り組む」と述べている(3月11日付読売新聞)。国家安全保障局の谷内局長は3月12日、モスクワを訪問しラブロフ外相と会談し、「日本がロシアとの関係発展を目指す方針」を伝えた。谷内氏は「いかなる状況でも、日露間ではしっかりとした対話と意見交換を持ち続けることが大切だ」と、会談の冒頭で述べたという( 3月13日付読売新聞)。

 日本は3月19日、ロシアがクリミアをロシアに編入した翌日だが、東京で「日露投資フォーラム」を開催した。安倍首相は書面でメッセージを寄せたが、クリミア編入には言及しなかった(3月20日付読売新聞)。

 安倍首相は3月22日、防衛大学校の卒業式で訓示したが、北朝鮮のミサイルと、「南西の海では主権に対する挑発も相次いでいる 」と発言したが(中共の名前は伏せている)、ロシアのウクライナ侵略、クリミア強奪については全く言及しなかった(3月22日読売新聞夕刊)。

 安倍首相は、オランダハーグでのG7首脳会談(3月24日)後の3月25日の内外記者会見で、「ロシアとも意思疎通を図り、解決の糸口を模索する努力を続けることが重要だ」と述べた。菅官房長官は、「恒久的にロシアをG8から排除する趣旨ではない」と述べ、甘利経済再生相も「ロシアは国際秩序に関わる重要なプレイヤー。G8に早く復帰してもらいたい」と述べた(3月26日付読売新聞)。

 安倍首相や菅官房長官や谷内国家安全保障局長などが、反日左翼でロシアの尖兵である証拠は、このように多く現れている。私たちは安倍首相らを打倒しなくてはならないのだ。私たちは独立精神と批判精神を強めていかなくてはならない。

 2014年4月6日脱

大森勝久

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