ロシアや中国等全体主義国に対する第二次 冷戦を開始すべし(2006.4.8)

2、革新勢力と共産主義グループに乗っ取られていた戦前の政府と軍部とマスコミ

大森勝久

(1)革新勢力の思想と大東亜戦争

 今日の「右翼」は、戦前の昭和時代の政府と軍部とマスコミを乗っ取った革新勢力を支持し、大東亜戦争(日中戦争と太平洋戦争)を支持する。この革新勢力 は戦前、「反自由主義、反議会制民主主義、反・正しき個人主義、反・資本主義、反米英、反ソ・反共」を掲げて、「国家革新」「国家改造」を主張し、上から の革命を実行していった。彼らは当時も今日も右翼と見られているが、彼ら自身が「革新派」を自称したように左翼であり、極左であった。彼らは、「皇国」 「日本主義」「天皇親政」を連発して民族派を装ったが、法と明治憲法を否定し、「天皇主権」を唱えて明治憲法の天皇制(立憲君主制)を否定した。彼らは、 法が支配する立憲君主国・自由主義国の日本を否定した反日勢力であった。

 軍部内の彼らは「統制派」と言われた。リーダーの陸軍省軍務課長の永田鉄山が1931年に書いた「皇政維新法案大綱」は、天皇主権によって、一切の政党 を禁止し、既成言論機関を閉止し、全国に戒厳令を布告し、憲法を停止し、両院を解散し、資本の私有を禁止し無償で国有とする、という内容であり(竹山道雄 『昭和の精神史』83頁。講談社学術文庫1998年第10刷)、共産主義とほとんど同じ革命思想であった。

 革新勢力が「反ソ・反共」を唱えたのは、ソ連や共産主義が独裁主義や全体主義であるためではない。この点では、今見たとうり共通している。ソ連が日本侵 略を狙い、共産主義が天皇制打倒を目指しているから、反ソ・反共なのである。革新勢力は確かに、ソ連を祖国としない点、天皇を廃止しない点で共産主義と決 定的に異なるが、プロレタリア独裁の替りに、反明治憲法の「天皇主権」によって、天皇にスターリンになってもらい独裁主義・全体主義を敷き、資本主義を否 定するというのだから、共産主義に近似した極左の思想なのである。永田鉄山が死亡した後は、東条英機が統制派のリーダーになっていった。

 彼ら革新勢力が「反米英」を叫んだのは、米国、英国が法の支配を堅持する自由主義、議会制民主主義、資本主義、正しき個人主義の国であるからである。彼 らの思想、彼らが乗っ取った左翼革命国家(反日国家)日本の国家目標、つまり大東亜共栄圏建設から見ると、米国や英国は、「日本に敵対する悪の帝国主義国 家」であったのである。それゆえ「反米英」が叫ばれた。彼らの革命思想は、ファシズム=全体主義とか、天皇制社会主義、国家社会主義と呼称された。統制派 の他にほぼ同じ革命思想を持つ「皇道派」もいた。

 真正な保守主義者=真正な自由主義者であられる昭和天皇は、法と明治憲法を厳守なされたから、「天皇主権」に断固反対されていた。天皇は、1936年の 2・26事件(クーデター)を起した皇道派を憎み、この事件を軍部支配のために利用していった統制派を批判されていた。

 統制派や皇道派などの革新勢力は、ナチス(ドイツ国民社会主義労働者党)信奉者と同じで、自らの誤った革命思想と誤った理想を妄信していたから、彼らに とっては理想の追求、実現こそが第一義であり、日本国と民族がどうなるかは第二義的問題であったろう。彼らにとっては国際法も、米英ら旧世界が創ったもの であって、守る必要はなく否定して当然のものであった。だから彼らは、既に中国との戦争を4年以上も戦っていたにもかかわらず、日本国が滅ぶ危険性があっ たにもかかわらず、世界一の工業大国米国と英国とオランダに「不戦条約」を踏みにじって侵略戦争を仕掛けていったのだった。

 310万もの日本人の貴い命も失われた。大東亜戦争を回避しようと思えば、いつでもできた。革命思想を狂信していた軍部、政府、マスコミにその意志がな かっただけである。「自存自衛の戦い」と言われるが、当事者たちが責任逃れや自己正当化のためにした歴史の偽造である。

 この統制派・皇道派などの革新勢力と大東亜戦争を支持するのが、今日の「右翼」であるのだが、彼らは、革新勢力が前述したような共産主義とほぼ同じ全体 主義・侵略主義の革命思想を信奉していた極左勢力であることを認識しているであろうか。また右翼に影響されている保守派は、この認識を持っているだろう か。

(2)大東亜戦争を主導した共産主義グループ

 ただし、大東亜戦争(1937年〜45年)を主導した勢力は、スターリンの秘密指令を受けた正体を偽装した共産主義者グループであった。近衛文麿首相や ゾルゲ・尾崎秀実グループ等である。彼らは主勢力の革新勢力に正体を偽装して、政府や軍部やマスコミの中枢に潜入し、革新勢力の戦略目標を利用しつつ、自 らの戦略目標を実現するべく政治謀略活動に全力を挙げていったのであった。

 獄中の共産主義者も1933年、「天皇制社会主義」に偽装転向して次々と釈放を勝ち取って(天皇制打倒はやめたと言えば、資本主義を否定していても釈放 された。体制の思想が革新思想であったからだ。治安維持法は全く機能していなかった)、近衛首相のブレーン集団や企画院や陸軍省軍務局や参謀本部あるいは マスコミ等に採用されていった。そして謀略の戦いを精力的に展開していったのである。この正体を隠した共産主義グループが戦前の政府と軍部とマスコミを 乗っ取ったもうひとつの革命勢力であった。

 スターリンの秘密指令を受けた身分を偽造した共産主義者は、近衛文麿首相を筆頭に、祖国ソ連の防衛、中国共産党の救出と中国の共産化、アジアからの米英 仏蘭の自由主義国の追放と共産化(ソ連圏の拡大)、日本の敗戦と敗戦革命による日本の共産化という戦略目標を実現するために、政治謀略を実行し、大東亜戦 争を主導(近衛首相による)していったのである。歴史が示すとうり、日本の共産主義国化を除き他の目標は実現された。

 日本を支配する革新勢力が反米英仏蘭であり、英米系の蒋介石国民政府に敵対していたから、近衛たちはそれを利用したのである。

 日中戦争は、スターリンと中共(毛沢東)と日本の共産主義者の共同の謀略戦争でもあった。日中戦争を勃発させ、和平はつぶして長期戦に持ちこむ。近衛首 相の「蒋介石国民政府を相手にせず」声明(1938年1月16日)もこれである。日中戦争によって、壊滅寸前状態にあった中共を救出し、日本軍と蒋介石国 民政府軍に長期戦を戦わせることで、中共が漁夫の利を得られるようにした。中共軍は前線で日本軍と戦うことはせず、勢力・軍事力を温存し、国民政府軍が日 本軍に敗北し退却した地域を中共の支配地域にして勢力を拡大していったのである。

 日中戦争の勃発と長期戦化は、日本軍の北進を阻むことになり、ソ連の防衛になる。日中戦争の長期戦化は、日本と蒋介石国民政府を支援する米英との対立を 激化させ、戦争へ発展させていくことを可能にする。ソ連やその指令に従う共産主義者から見れば、敵国同士を戦争させることはソ連と共産主義勢力にとって大 きな利益になるのだ。なぜならば、ソ連の敵国同士が戦争すれば、双方ともソ連を侵攻できなくなり、ソ連の防衛に益するし、敗北した国では共産革命が勃発す る可能性が高くなるからである。

 ソ連と共産主義者にとっては、太平洋戦争は日本を敗戦に追いやり、敗戦革命で日本を共産主義国化するための謀略戦争であった。敗戦革命とは、第一次大戦 でドイツに破れることになるロシアにおいて、1917年のロシアが勃発していったことを根拠にしたレーニンの革命論である。1928年のコミンテルン第六 回大会決議は、共産主義者にとっては戦争反対運動は誤りであり、帝国主義国同士の対立を深化させて戦争に発展させ、敗戦革命で共産主義政権を樹立すること が正しい戦略だと謳っている。日本の共産主義者はこれを知っている。共産主義者が大東亜戦争に反対したというのは真っ赤な嘘であり、歴史の偽造である。

 近衛首相らは、敗戦革命で日本を共産主義国化するべく、「対英米戦争準備を整え、南方の進出態勢を強化す。対英米戦を辞せず」との国策要綱(南進政策) を1941年7月2日の御前会議で決定するなど、日米英戦争に向けて最大限の努力を払っていったのであった。もし日本軍が要衝の地であるインドシナ半島南 部(サイゴン)へ進駐(同年7月28日)しなければ、米国の石油禁輸制裁(8月1日)もなく、日米英開戦へ至らなかった。

 この御前会議の決定は、6月22日に日本の同盟国ドイツがソ連に侵攻した直後のことであった。近衛首相ら共産主義者と日本国海軍は、日本の北進(日独に よるソ連挟撃)を阻止するために、急遽、南進政策を決定していったのである。中川八洋教授は次のように主張している。「『日本をしてソ連との戦争をさせな いために、英米との戦争をする』親ソ・共産主義者グループと、『英米との戦争をしたいがためにソ連との戦争をさせない』海軍とが暗黙に結合して、日本政府 の最終的な意思となったのである」(中川教授『近衛文麿とルーズベェルト―大東亜戦争の真実―』63頁。PHP研究所1995年8月刊。改題『大東亜戦争 の「開戦責任」−近衛文麿と山本五十六―』立弓社2000年12月刊)。この決定は、ソ連防衛のためでもあった。

 対米英開戦という日本の政策が決定した後の1941年10月15日、ソ連のスパイ・情報工作グループ「尾崎・ゾルゲグループ」が一斉逮捕された。近衛首 相は慌てて別の嘘理由を作って翌日辞表を提出し、統制派のリーダーの東条英機陸相に首相職を譲った。反米英の極左の革新派で対米英戦強硬派の東条は、近衛 が敷いた路線を突き進んでいったのであった。

 日本共産化プランが成功しなかった理由は、次であろう。まず、尾崎秀実グループが摘発され、近衛文麿も首相の座を去ることを余儀なくされて、国家権力を 行使できる日本共産化革命の秘密指導部がなくなったことである。そしてまた、米軍の急北上と、昭和天皇の御聖断によって、ソ連軍の対日侵略と日本本土上陸 の前に終戦になり、米英軍が保障占領のために日本本土に上陸したからである。

(3)大東亜戦争の開戦責任を問い裁く

 戦前の昭和時代の日本は、共産主義を摂取して成立した、主勢力である「右の左翼」の革新勢力=天皇制社会主義勢力(ファシズム勢力)と、「左の左翼」の 共産主義グループによって、政府と軍部とマスコミが乗っ取られてしまっていた。当時の日本は、左翼革命国家、反日国家になっていた。だからこそ、軍国主義 になり、亡国に至る大東亜戦争を実行していくことになったのだ。

 しかし私たちは、次のことを忘れてはならない。日本には少数派ではあるが、日本国と法・明治憲法に忠誠を尽す保守主義勢力(真正な自由主義勢力)がい て、最後までこれら革命勢力に抵抗していったのである。昭和天皇と鈴木貫太郎首相ら一部の重臣、そして一部の政治家や資本家や有識者たちである。何よりも 昭和天皇の御存在と明治憲法の存在が大きい。そのために日本は、準・全体主義体制で留まることができた。終戦することができたのも同様である。

 謀略を行なった戦前の共産主義者たちは戦後、日共や社会党左派に入党していったから、両党の幹部は歴史の真実を知っている。だが彼らは決してそれを明ら かにすることはなく、歴史を偽造した。戦前の体制と大東亜戦争に反対した天皇をはじめとする保守主義勢力をも、侵略戦争実行の犯人にデッチ上げ、自分たち は侵略戦争に一貫して反対してきたと歴史の偽造をなしてきたのである。一方の戦前の革新勢力も、反米英、反ソ・反共以外の自らの思想を隠蔽し、かつ責任回 避のために、また自己正当化のために「自存自衛の戦い」論を流布してきたのであった。

 私たちは日本国民自身の手で、国民に310万人もの犠牲を強いた狂愚の大東亜戦争の開戦責任を明確にして裁いていかなくてはならなかった。しかし日本国 民はこの最重要の政治課題を放棄してきたのであった。そのため、国民は思想的・政治的に強くなれず、国民全体に法の支配の思想が全く獲得されず、政府や議 会が法を否定した政治をしても許してしまう「お上に弱い国民」から脱却することができないできた。国民の愛国心も国防心も希薄化していった。だから、国防 の責務や国の名誉を守り高める責務などの国益と国民の利益を守る責務を実行し得る政治家や官僚は極めて少なく、私益や党益や省庁益に汲汲とする政治家と官 僚が余りに多く、それが国民にも許され続けることになってきたのである。また、左翼も「右翼」も跋扈し、中共からは「歴史認識問題」等で不当に糾弾され続 けることになっているのである。

 大東亜戦争は、その担い手が右と左の反日勢力(革命勢力)であったことから論理の必然として、国益に敵対するものであることは言うまでもなく、国の存立 そのものを否定する戦争であった。断固非難されなくてはならない。「自存自衛の戦争」論は、革新勢力の誤った自己正当化の言でしかない。

 日中戦争は、現在、日本の脅威になっている中共を救出し、中共が支配する中国を誕生させるための戦争であった。スターリン、毛沢東、日本の共産主義者が 共同して謀略をなしていったのである。だから1960年代に、佐々木更三を団長とした日本社会党が訪中した際、佐々木が「日本は戦争により中国に多大な迷 惑をおかけしました」と謝ると、毛沢東は「なにも謝ることはない。日本軍は我々に大きな利益をもたらした。日本軍のおかげで中国共産党は中国を手に入れる ことができた」と答えたのだ。

 たしかに日本は、「誤った革命政府」の行為だとしても蒋介石国民政府の中国を侵略したのであるから、日本国民はそのことを深く反省しなくてはならない。 だが前述の如く、日中戦争は中国を共産化するための戦争であったから、中共政府に批判される理由は一片たりともない。いわゆるA級戦犯は、中共からすれば 中国共産化の功労者なのである。中共は、全部理解した上で、真実の歴史を知らない日本政府と国民を屈服させるために攻撃を続けているのである。思想戦で絶 対に負けてはならないのだ。

 大東亜戦争は完全に誤った戦争であった。だからこそ、阻止できなかった反省をこめて総理大臣はより一層、靖国神社に参拝して御霊に哀悼の意を表さなくて はならないのである。「A級」は心の中で除外しておけばよい。遊就館の思想(自存自衛の戦いとか反米英思想)は完全に間違っている。批判して正していかな くてはならない。

 私たちが大東亜戦争を反省する、裁くということは、この戦争を推進した共産主義勢力と革新勢力、その流れをくむ今日の「右翼」を批判し、解体していくと いうことである。また、この戦争が誕生させた共産中国を解体していくということだ。中共は中国国民を8800万人も殺害している独裁政党である。

 日本が日米同盟を飛躍的に強化し、米国の協力を得て核武装を実現していくためには、保守勢力が自らを思想的に深化発展させていくこと、共産主義勢力と 「右翼」を解体していくこと、ロシアや中国の情報心理戦に勝利していくことが不可欠になる。そう考えたので、この文を書いた次第である。(中川教授はこの テーマについても80年代から繰り返し主張してみえる。「右翼」が氏を嫌うのはこのためである)(2006年3月22日記)

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