米下院慰安婦対日謝罪決議案と中共、 金正日の情報心理戦


1、米国下院に旧日本軍慰安婦問題で謝罪決議案提出される

 現在米国下院では民主党の超リベラル派議員が中心になって、旧日本軍のいわゆる従軍慰安婦問題について、日本政府に公式謝罪を求める決議案を提出してい る。先の中間選挙で民主党が多数派を占めたことで委員会採択と本会議での審議と採択も予想される状況になっている。

 米国議会では共和党議員も含めて、韓国政府が意図的に捏造した「日本の官憲や軍による従軍慰安婦の大量強制連行」という嘘が歴史的事実であると信じられ てしまっている。それを追認した当時の官房長官河野洋平の談話(1993年8月4日)が真実だと信じられている。私はうかつにもこういうことが認識できて いなかった。自分の認識を基準にして、つい共和党議員などの保守派や知日派は正しい認識を持っているのだろうと、漠然と考えてしまっていたのであった。

 もちろん私は間違っていた。私たちが米国社会の一部の情報しか得ていないように、米国人も日本社会の限られた情報しか知らないのだ。「諸君!」や「正 論」の論文や単行本を日本語で読める米国人は極めて限られる。私たちはこの問題について、同盟国米国等に対してほとんど正しい情報を発信することが出来て こなかったのである。

 一方で、中共政府との結びつきの強い民主党のホンダ議員(今回の決議案提出者の中心人物)は、これまでにも3度にわたって同様の決議案を連邦議会に提出 してきた。今回で4度目である。また在米の中国系組織や韓国系組織が、嘘反日キャンペーンを執拗に繰り返し展開してきたのである。中国系の場合は明らかに 中共政府の指示を受けたものであり、日米の離間を狙った情報心理戦である。韓国系の場合も、韓国の親北朝鮮左翼政権や左翼勢力からの働きかけがあることは 当然のことである。

 なによりも既述のごとく、韓国政府や韓国人元慰安婦また日韓の左翼勢力の圧力に屈して、当時の宮沢リベラル内閣の官房長官河野洋平は談話を発表してし まった。談話は彼らの虚偽主張を追認して正当化してやるものであった。これが決定的であったし、その後の内閣も河野談話を継承してしまった。これでは日本 政府・各国の日本大使館が、正しい広報活動を同盟国に対して行うことは出来ない。米国、英国、オーストラリア等日本の同盟国が、日本に対する誤った歴史認 識を抱くことになっているのも当然の結果である。

 河野談話を引用しておこう。「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直 接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たち の意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な 状況の下での痛ましいものであった」「慰安婦の出身地については、日本を別とすれば朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、…その募集、移送、管理等も、甘 言、強圧による等総じて本人たちの意思に反して行われた。いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であ る」。

 だから安倍総理大臣が3月1日、「軍が慰安婦を強制連行したことを裏付ける証拠がなかったのは事実ではないか」と不用心にも記者団に真実を語った時、河 野談話を信じ込まされてきた米国社会はこぞって反発することになったのである。

 人間は感情の動物である。一定の情報には一定の感情が伴っている。誤った情報、誤った歴史認識であっても、それを真実だと信じ込んでいる人は正しい情報 に接した時も感情的に反発してしまう。なぜならばその新たな情報は、正しいものであっても、彼の脳細胞の中に体系的に蓄積されているこれまでの情報に比べ れば、断片的であり非体系的であって、到底これまでの情報体系と感情の層をひっくり返す力を持たないからだ。このため安倍総理の主張は反動的な誤ったもの だと見られてしまった。

 もちろん、日本国の名誉を深刻に毀損した河野談話は見直し、粉砕しなくてはならない。しかし米国社会の誤った認識を変革していく作業は一朝一夕に出来る ものではない。急いては事をし損じる。人の認識を変えるのは時間が必要である。正しい情報を繰り返し提供しなくてはならないし、彼が自らの中で消化してい くための時間が必要になる。私たちは感情的にならず冷静に、かつ戦略的にこの問題に対処していかなくてはならない。安倍政権は明確に対処を誤ったのだ。

2、「軍・官憲による慰安婦強制連行」は捏造である

 韓国政府による捏造

 韓国政府は1992年7月、『日帝下軍慰安婦実態調査中間報告書』なるものを発表した。そこには「1943年から慰安婦動員に…19世紀アフリカの黒人 奴隷狩りのような手法の人間狩りで慰安婦を充員した」と書かれている。なお戦前の日本では、国家総動員法に基づき1943年9月に、内地(日本)と朝鮮に 「女子挺身隊制度」を設けることが閣議決定されて、44年8月から実施されていった。これは未婚の女性を軍需工場などに勤労動員するものであって、慰安婦 とは全く関係がないものである。

 韓国政府が強制連行の根拠とした虚言男・吉田清治の本『私の戦争犯罪』(1983年刊。1989年に韓国語に翻訳された)は、報告書の発表以前に捏造本 であることが明白になっていた。吉田は1943年に済州島で、「皇軍慰問女子挺身隊」にするために205名もの女性を人間狩りしたと書いていた。しかし現 地の「済州新聞」は1989年8月14日付の許榮善という女性記者の署名記事で、吉田の本に書かれている慰安婦狩りの事実は全くなかったと述べて、この本 が完全な捏造本であることを明らかにしていた。
 
 秦郁彦教授も92年3月に現地調査をして、吉田の本が全くの虚偽であることを証明した。秦氏は前記の89年8月14日付済州新聞記事も発見して、調査結 果を産経新聞1992年4月30日付と『諸君!』92年6月号(5月上旬発行)に発表していた(西岡力氏『諸君!』97年5月号、『正論』98年7月号参 照)。

 韓国政府はこれらの情報を承知していながら無視し、政治的思惑から前記のように捏造していったのである。そして1年後、日本の宮沢首相、河野官房長官、 外務省は韓国政府のこの捏造文書の圧力に全面的に屈服することになるのである。

 吉田清治の本が虚偽本であることは、中川八洋教授も『歴史を偽造する韓国』(徳間書店・2002年4月刊)の10章で詳細に証明している。中川氏は「吉 田清治は戦後、下関市の市会議員に共産党から立候補している…。共産党の「従軍慰安婦強制連行」キャンペーンとも符合する。『赤旗(日曜版)』1992年 1月26日付に吉田清治は搭乗しているから、今も党と密接な関係があるのだろう」(230頁)と述べていた。共産主義者は反日主義者であるから、吉田は日 共幹部の指示を受けて捏造本をまとめたのであろう。中川教授は同書で、韓国政府が強制連行の根拠にした共産主義者千田夏光の本『従軍慰安婦』も捏造本であ ることを詳細に証明している。

「韓国人元慰安婦」の証言の多くは信用できない

 西岡力氏によれば、ソウル大学の安教授らの挺身隊研究会の学者グループは1992年4月から12月までの間に、挺身隊問題対策協議会に申告している元慰 安婦生存者55名のうち連絡可能な40余名を対象に面接調査を繰り返した。証言の裏付け調査も行った。その結果は採用された証言は19人のものであり、半 分以上の者は不採用であったのであった。安教授は「調査者たちを困らせたのは、証言者が意図的に事実を歪曲していると思われるケースだった」と認めている (西岡力氏『諸君!』97年5月号、『正論』98年7月号参照)。不採用になった者は元慰安婦ではなかったということであろう。安教授グループの調査結果 は1993年2月に『証言集』として刊行されている。

 西岡力氏によれば1993年現在で、韓国人、日本人が集めた「韓国人元慰安婦」の証言は重複を除くと26人であり、そのうち8人が軍や官憲によって強制 連行されたと主張している。そして西岡氏は、その8人の強制連行の証言が全く信用性のないものであることを証明している(『諸君!』97年5月号)。

 日本政府は「いわゆる従軍慰安婦」問題について、1991年12月から調査を開始し、韓国政府の要求を容れて93年7月26日から7月30日にかけて 16名の韓国人元慰安婦の聞き取りを行い、8月4日に調査結果を公表するとともに、河野談話も発表した。しかし16名の聞き取り調査報告書は非公開であ り、氏名すら公表されていない。官憲等による強制連行を示す公文書は発見されておらず、政府が強制連行を認めた根拠は元慰安婦の証言であった。それなのに 政府は、16名からの証言を鵜呑みにして裏付け調査は一切しなかったのである。

 この16名は先に述べた26名の中の16名である可能性が極めて高い。つまり河野談話にある「官憲等による強圧によって集められた事例」は全て虚偽証言 であるということである。日本政府は嘘の証言によって官憲等による強制連行を認めてしまったのだ。1992年の前半で、吉田清治の慰安婦狩りが完全な捏造 本である事が証明されていたのに、また93年2月に刊行された安教授グループの調査結果で、元慰安婦の証言の多くは信用性がないことが鮮明になっていたの に、日本政府は16名の証言を鵜呑みにして裏付けを取る作業を一切しなかったのである。どこの国の政府であるのか。河野談話は、一度は死んだ吉田清治の嘘 を生き返らせた。

3、軍等の関与は民間業者の違法行為をなくすためのもの

 戦前の日本には公娼制度(赤線)があり、内務省が監督した。戦場に出征する軍に同行する「従軍置屋(移動赤線)」に対しては、当然のことながら内務省は 担当できないから、代わって軍の憲兵が所轄したのである。だから軍の関与があるのは当たり前のことである。

 戦場における将兵の性の処理システムで大東亜戦争中の旧日本軍がとった方法は、第一次大戦においてフランスやドイツがとったシステムを継承したもので あった。「従軍置屋」である。出征する軍が、売春婦を雇用する民間の置屋を一種の軍属的に同行させて、前線よりやや後方に位置する兵站部隊がいる辺りに設 置したのである(中川八洋氏、前掲著)。

 慰安婦を募集・雇用するのは民間業者の置屋であるが、軍は置屋の選定や移動や置屋(慰安所)の管理を所轄した。移動中を含め業者・慰安婦の安全に軍が配 慮するのは当然のことだし、性病対策や健康のための検診、また将兵は飲酒して慰安所に入ってはならないとか、粗暴な言動の禁止等の慰安所利用規則の策定、 また業者に対する搾取禁止等の規則の策定を所轄した。これらの関与が慰安婦の利益になることは明らかである。

 1992年1月11日付朝日新聞は、日共学者の吉見義明が発見した軍の文書をもって「軍関与を示す資料」「政府見解揺らぐ」と一面大見出しのキャンペー ンを行った。従軍置屋に軍が関与するのは当然のことだが、左翼新聞「朝日」は軍の関与を大々的に言い立てて、軍による女性の性奴隷化という嘘イメージ作り を狙ったのであった。

 しかしこの軍の文書「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(1938年3月4日、陸軍省兵務局兵務課起案、北支那本面軍及び中支派遣軍参謀長宛)は、読め ば直ぐ判るように、民間業者の中には悪辣な者がいて、慰安婦にするために誘拐して警察当局に逮捕される者もいるから、業者による騙しや誘拐などがないよう にするために、民間業者の選定に当たっては、軍がしっかり統制し、地方の憲兵や警察当局から業者の素行に関する情報をもらうなど協力を得るようにすべし、 という通達である。

 軍と警察が協力して悪辣な民間学者による詐欺や誘拐などをやめさせようとしていたのに、共産主義者の「朝日」と吉見義明は逆のことを主張するのである。 共産主義者には、知に対する畏敬の念は全くない。まず先に盲信する結論があり、それを導き出すために、不都合な事実は黙殺し、あるいは歪曲し、そして好ま しい”事実”を捏造するのが、彼らの普遍的な思考態度である。

 内務省警保局長が各道府県長官宛に出した「支那渡航婦女の取扱に関する件(1938年2月23日)を引用する。「醜業を目的とする婦女の渡航に際し身分 証明書を発給するときは、稼業契約その他各般の次項を調査し、婦女売買または略取誘拐等の事実なきよう特に留意すること」。このように官憲は、悪徳業者に よって女性が違法に強制的に慰安婦にされることを防止しようとしていたのである。この通達では、人身売買も取締るように言っている。

 更に引用する。「募集周旋に際して軍の了解またはこれと連絡あるが如き言辞その他軍に影響を及ぼすが如き言辞を弄する者は総て厳重にこれを取締る事」 「募集周旋等に際して広告宣伝をなし、または事実を虚偽もしくは誇大に伝えるが如きは総て厳重にこれを取締ること」。ここでは軍部諒解の名義を悪用した業 者(違法な募集)や誇大広告を取締るように言っている(西岡力氏『諸君!』97年5月号参照)。

 発見された公文書に、軍や官憲による違法な募集を裏付けているものは全くない。逆に軍や官憲は、民間の悪徳業者による詐欺や暴力的な連行を取締っていた のである。

 ところが、吉見たち左翼は、「日本政府が(強制連行を示す)重要資料を隠しているからだ」と主張する。これに対して秦郁彦教授は次のように批判してい る。「多勢で5年間も探し回って強制連行の裏付け資料が見つからぬとなれば「連行はなかったらしい」と考えるのが常識だろうに、「資料をかくしているは ず」と飛躍するのは学者の研究態度としてはどうかと思う。だが運動体の論理にコミットすると、この種の飛躍は珍しくないのが悲しい現実なのである」(『諸 君!』97年3月号)。

 河野談話は、軍や官憲があたかも民間業者(日本人、朝鮮人)が甘言や強圧によって慰安婦を募集することを容認したかの如く言い、さらに軍や官憲が直接こ れに加担した事もあったと言い立てて、日本の名誉を回復しがたい程に傷つけた。この政治的犯罪は万死に値するものと言えよう。

4、慰安婦の生活状況

 河野談話は韓国政府や日韓の左翼の圧力に屈しまた迎合し、あるいはまた16名の韓国人元慰安婦の証言に屈し、迎合して「慰安所における生活は、強制的な 状況の下での痛ましいものであった」としている。これが、左翼等のプロパガンダによって「性的奴隷」として米国社会等で受け止められている。批判を行う前 に、募集についてもう少し述べておく必要がある。

 官憲や軍が法律、通達によって慰安婦の権利を擁護しようと努めても、これをかいくぐる犯罪者はいる。だから犯罪被害者で慰安婦にされた人々が存在したこ とは確かである。また貧しさゆえに置屋に売られてそのまま慰安婦にされた人々もいたことも事実である。そして日本人に比べて韓国人の置屋やブローカーには 悪質なものが多かった。秦教授は「朝鮮半島で「詐欺など」の手法で女性を連行したのは、元慰安婦の証言によっても、ほとんど朝鮮人のブローカーだった」 (『諸君!』97年3月号)と書いている、これらは民間業者、ブローカーの問題であり、官憲、軍は関係ない。

 朝鮮人の慰安婦について、河野談話のように、「その募集、移送…も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」とするのは、全くの誤 りであり、事実の捏造である。

 なぜならば、「『従軍慰安婦』の多くは、内地や韓国においてすでに公娼や私娼であった。収入が必ず3倍以上になるので、その「職場」を変更しただけで ある」(中川教授・前掲書237頁)からである。貧困のために公娼や私娼になる、または売られるのは悲劇であるが、どの国にもあることである。その上で考 えてみれば、たとえ借金返済がまだで自分の意志を持てない売春婦にとってみても、収入が3倍以上になる従軍置屋の慰安婦の仕事は、多くの場合、従来よりも 好ましいと思われただろう。借金をより早く返済できるからだ。

 「慰安婦の生活状況」の論点に戻ろう。中川教授は「日本軍の「従軍置屋」の売春婦(移動公娼)の収入は法外に高く、日本陸軍の大尉の月給ですら110円 のときに月に300円から1500円ほど稼いだ(注12)。置屋(店主)が月150円を取るので手取りは月収150円から1350円であった。当時の女工 の月給は50円にもならないから、その数倍から数十倍の収入であった」(前掲書245頁)と述べている。出典は忘れてしまったが、大卒者の10倍、兵士の 100倍の月収を稼ぐ慰安婦もいた。

 西岡力氏は「ピクニックにまで行けたビルマ(戦線)の慰安婦たちの暮らしが米軍資料にある…が、『武漢兵站』『漢口慰安所』という慰安係長と軍医大尉の 手記を読むと、当時の日本軍が業者らの慰安婦虐待を止めさせようと努力していたことがよく分る。そのため、借金を返し、2~3万円(現在の3〜4千万円以 上)を貯金した慰安婦が何人もいた」(『諸君!』97年5月号)と述べている。

 西岡氏は慰安所における「強制」に関して論ずる際にも、ソウル大学の安教授が「調査者たちを困らせたのは、証言者(元慰安婦)が意図的に事実を歪曲して いると思われるケースだった」と率直に認めているように、そういう観点を持って分析する勇気が必要になると述べ、「米軍による韓国人慰安婦調査報告、そし て日本人元軍人らが書き残した日記や回想記などに描かれている慰安所の状況と、今回名乗り出て来た元慰安婦の証言による状況が大きくかけ離れているのだ」 と書く。

 そして「たとえば米軍の調査の中で、ビルマで捕虜になった20名の慰安婦の話が出てくるが、借金を返したのに業者が帰国を許さなかった際、日本軍がその 悪徳業者を廃業させたという事実が紹介されている」と明らかにしている(『正論』98年7月号)。この論文には元慰安婦の文玉珠が1992年に日本の郵便 局を訪れ、26,145円の貯金(現在の物価で4千万〜5千万程度となる大金。利息は含んでいない)を支払うよう求めたことも記されている。

 秦教授も先の『諸君!』97年3月号論文で、米軍の報告書には、ビルマ戦線の朝鮮人慰安婦で、借金を返済し終えて一部は帰国することができたこと、台湾 人慰安婦の場合は48人のうち44人が金銭を得て8人は家郷へ送金していたことが記されていることを明らかにしている。そして「兵士たちの数十倍にのぼる 高収入を得て、送金さえできた人たちが「奴隷」なら、当時の日本人はほぼ全員が奴隷同然だろう」と主張している。

 「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」という河野談話、それは官憲等が直接暴力的に慰安婦を連行したとの前段の文意か ら、左翼等によって「軍のための性的奴隷以外のなにものでもなかった」(吉見義明『世界』96年9月号)と内外にプロパガンダされて、米国社会等において もそう信じられてしまっているものであるが、これが全くの誤りであることは明らかである。

 日本人の元慰安婦の中には、「兵隊さんは命をかけてお国のために戦っている。私(売春婦)も兵隊さんのために役に立ちたい。私でもお国の役に立てる時が きた」と考えて、軍の慰安婦になり仕事をした人が少なからずいたという論文を私は読んだことがある。

5、戦場における軍隊の性の処理

 米国の議員は、アメリカ軍は慰安婦とは無縁の歩みをしてきたとでも無邪気に考えているのだろうか。「1950年に朝鮮戦争が始まると米軍は日本の横浜/ 大阪(のち奈良)/小倉の3ケ所に日本人女性の売春婦(慰安婦)を集めた米軍管理の「センター」を設置した。朝鮮の戦場から一定期間毎に交代で米軍の兵隊 が送られてきた」「1945年8月15日の停戦と9月2日の敗戦以降、米軍約40万人が日本に上陸したが、「従軍置屋」も売春婦も伴っていなかった。この ため、GHQも命令したし、また日本政府側も、日本の一般婦女子の貞操を強姦から守るべく、占領軍用の売春施設を全国規模で設置した。1945年8月26 日には発足した株式会社RAA協会(特殊慰安施設協会)はその一つである。RAAの最初の広告の文面は、「戦後処理の国家的緊急施設、新日本女性求む」で あった。応募者が殺到し、1360人の売春業の女性が採用された(注4)」(中川教授、前掲書225〜226頁)。

 米軍もこのように戦時において、また戦争終了後の占領地において、軍管理の慰安施設を設置して将兵の性の処理をしてきたのである。しかも自国民の慰安婦 ではなく、他国民の慰安婦によって。ベトナム戦争においても、サイゴン市には米軍管理の慰安施設があったはずだ。

 中川教授の『歴史を偽造する韓国』からまとめてみよう。戦時における軍の将兵の性の処理には4つの型がある。(1)モンゴル、ロシア型で、敗戦側の女性 に対する無制限の強姦、(2)前線の近くの都市に軍管理の売春婦の街をつくり(既存のものがあればそれを管理し)、前線から定期的に兵士を後送して利用さ せる制度。戦争終了後の占領であれば、占領地に売春を職業とする女性をもって、軍管理の売春施設を設置する。(3)出征する軍が、売春婦を雇用する民間の 置屋を一種の軍属的に同行させて、前線よりやや後方の兵站部隊あたりに設置する「従軍置屋制度」、(4)売春婦が勝手に軍部隊の駐屯地に集まる。中世の十 字軍は将兵の数とそのあとについていった売春婦の数がほぼ同数であったという(223頁)。

 近代に入り各国は、戦場における強姦と性病の罹患を防止するため、軍隊は売春婦を伴うのが一般的になったが、ロシアだけは野蛮のままに侵攻するところ、 ところかまわず敵側の女性を強姦、凌辱し殺害する。だから満洲の日本婦女子の地獄が生じた。ロシア兵に強姦されたが帰国できた者約30万人、強姦後に殺害 されたもの、自殺したもの、行方不明になったもの、残留したものは約5万人。だが、「従軍慰安婦」をレイプだ、人権侵害だと主張する日本のフェミニスト全 員がこれに黙しているのは、「従軍慰安婦」問題の本質と背後のうごめきを明らかにしている(222頁)。

 軍の将兵は聖人でも修業僧でもない。戦場では明日の命は保障されておらず死と直面し、また質の悪い兵隊もいくらでもおり、平時以上に性の処理の問題が生 じる。(1)型は許されざることである。(2)型と(3)型は(1)型を防止する機能を持つから「必要悪」とすべきであろう。ドイツ、フランスは(3)型 を主とした。だがヒットラーのドイツは、ユダヤ人女性その他の特定民族の婦女子を強制的に置屋に配属させたから(1)型に近い(3)型であった。米国は (2)型を基本とした。1930年代以降の日本は第1次大戦でドイツ軍とフランス軍が制度化した(3)型を模倣した(223~224頁)。

 第2次世界大戦における戦場でのレイプ発生率については、日本軍は他国に比して際立って少ない。まさしく称賛されるべき世界第1級の模範軍であった。 (3)型の「従軍置屋」制度を運用し、戦場の「敵国」女性を保護する政策を立派に遂行したその成果であった。また、慰安婦がすべて民間の純粋な「市場」に おいて集められた点でも世界の範であった。「従軍置屋」をもって、「日本のみがした野蛮な制度」とするのは歴史事実に反する。日本を中傷するための悪意あ る嘘である(224頁)。

 戦場に同行する「従軍置屋」より、軍の兵隊の方が慰安婦の方に戻る米軍型の方が、慰安婦にとっては戦場の危険性がない安全面において利点があるが、本質 的には(2)型と(3)型は何ら変わるところがない(225頁)。(3)型は「移動赤線」と呼ぶのが適切かもしれない。(2)型の安全地帯に固定して開業 する「固定赤線」とともに、国際的には普遍的である。何ら非難されるものではない。むしろ戦場や占領地における強姦を防止し性病を減少せしめる成果におい てそれ相応に評価されねばならない(226頁)。

 非難されるべきは、満洲や東欧やドイツでなしたロシア(ソ連)軍のような残虐極まる強姦の問題である。ソ連軍は占領地ポーランドなどで一般の婦女子を文 字通り強制連行すべく大規模な「女狩り」をやった。だが、日本軍の「従軍置屋」制度について、真っ赤な嘘をもって難詰しながら、このソ連軍によって生じた 20世紀最悪のレイプ被害に対しては一切の言及もしない日本の「従軍慰安婦」キャンペーンを専門とする弁護士たちは、果たして人間なのだろうか (226~227頁)。

 日本軍は数年にわたって数百万人の部隊を海外に派兵しながら、ソ連軍のような(組織的な)事例はゼロであった(236頁)。

 左翼が強制連行の実例だとして挙げる、ジャワ島セラマンの捕虜収容所に収容されていたオランダ人女性1人が、1944年2月軍人と民間業者によって強制 的に慰安婦にさせられた事件であるが、軍本部は同年4月にそれを知るとすぐにその慰安所の閉鎖を命じているのである。軍の方針としてなされたものでないこ とは明白である(大師堂経慰氏論文、『正論』07年5月号参照)。

 米国議員や政府等が、慰安婦と決して無縁ではなかった米軍の歴史を含めてここで述べた事実を吸収して冷静に思考するならば、下院に提出された本決議案な ど一蹴されることになるのは明らかだろう。

6、国益の防衛は思想戦・情報心理戦能力にかかっている

 私は、日本を亡国に追いやった大東亜戦争(日中戦争と太平洋戦争)を厳しく批判する立場である。この戦争の担い手は保守勢力ではない。東条らの革新勢力 (国家社会主義)と、またそれに偽装して謀略的に自らの戦略目標の実現をめざした近衛文麿首相らの共産主義グループであった。後者が主導した。だが旧日本 軍や官憲が慰安婦を詐欺や暴力によって連行して、慰安所に置いても強制的に性的に支配したというのは戦後の共産主義者・反日主義者等の捏造である。日本国 の名誉と国益を防衛するために、この嘘を明白にして粉砕しなくてはならない。二つは位相を異にする問題である。

 安倍政権と自由民主党は、まず1993年8月の「河野談話」を速やかに見直して葬り去っていかなくてはならない。これらを受けてつくられた「女性のため のアジア平和国民基金」(略称「アジア女性基金」)と「お詫びの手紙」についても、粉砕して葬り去らなくてはならない。元政権が行った日本国の名誉を汚す 行為は、後の政権が根本的に正していかなくてはならない。当然、関係者は政治的・道義的に厳しく裁かれる。法の支配を守り、国益を守るとは、そういうこと だ。河野談話を公式に否定して取り消さなければ、日本政府も与党も内外に対して正しい情宣活動を展開することが出来ない。言論人の活動も、政府が継承する 河野談話によって力を持ちえない。

 しかし安倍総理は3月1日不用心にも「狭義の強制性」を持ち出して河野談話を否定して米国社会の大反発を引き起こしてしまうと、一転して沈静化を図るた めに「河野談話を継承していく。…小泉首相も橋本首相も元慰安婦の方々に対し(お詫びの)手紙を出している。その気持ちは私も全く変わらない」(3月11 日)と語ってしまったのである。4月3日にはブッシュ大統領にも電話で同旨の説明をしている。ここに日本政府の思想戦・情報心理戦能力(外交能力)の無さ が露呈している。

 1月末に慰安婦謝罪決議案が米下院に提出された以降、安倍総理の補佐官や私的な外交安全保障のブレーンを含めて安倍政権として一体どのような情報を収集 し、どのような対処方針で臨むべきかと論議してきたのだろうか。総理の行動から考えて、ちゃんとしたものは何もなかったと判断される。

 国民はこういう政府の無能さや失敗を決して軽くとらえて見逃してはならない。「お上意識」は粉砕しなくてはならないものだ。保守の言論人とマスメディア と政治家は、国民を代表して批判を行わなければならない。なぜならば政府には、日本の国益を守る法的責務があるからだ。「法の支配」とはそういうことであ る。自らに対してこそ厳しく在るようにしなければ、日本の政治(外交)は「法に基づいた立派な政治」に成長していかない。現代文明国家の政治は、政治家が 好き勝手に自由に行ってよいものではない。いわば「主権者」たる法に支配されて行うべきものである。

 安倍政権は深刻に反省しなくてはならない。自己批判として、やるべき仕事を果たせなかった関係者の叱責と配置転換も行うべきである。日本には他にも優秀 な人材はいる。それらの人々を新たにしかるべきポストに就けていくことである。政治家や官僚の地位は私物化されるものではない。私物化は法の支配がない前 近代社会の考え方である。

中共や金正日の情報心理戦

 今回の慰安婦謝罪決議案は中共と金正日が仕掛けたものである。中共も金正日も米国政府が6カ国協議において考えを転換したことを知っている。4月下旬に は安倍首相が訪米することも分っている。金正日の方から述べれば、この決議案を提出すれば米国のマスコミ、民主党議員が日本政府を非難するようになり、日 本政府は6カ国協議等において拉致問題を主張しづらくなっていく。金正日からすれば、日本政府をして対北経済制裁を止めさせ、朝日国交正常化交渉を開始さ せ、経済援助をさせていく可能性を拡大できることになる。金正日は、中共および韓国の左翼政権と共謀して、在米の中国人団体や韓国人団体と連絡をとって決 議案を提出させていったのである。

 もちろんこうした情報は、収集しようと思ってもスパイを潜入させておかないことには入手できない。しかし思想を鍛えていけば見えてくるものだ。日本の外 務省にはそのような人材は養成されていない。

 中共は東アジアを征服するために常に、日米の離間を画策している。日本を「親中反米国」にして米国から切り離してしまえば、米国は東アジアから追放され ることになる。そうなれば中共は台湾を侵略征服できるようになるし、日本も侵略征服できることになる。ロシアも全く同じことを狙っている。金正日も日米離 間を追求している。

 中共は4月中旬に首相の温家宝を訪日させたが、これはずっと前から決まっていた。中共は温家宝訪日を成功させるためにエージェントのホンダ民主党議員を 使ってあの決議案を上程させたのである。米国人に反日感情を植え付ければ、その反作用として日本人には反米感情を植え付けられる。その時に、中国政府が 「中日の友好」を語り「微笑み外交」を展開すれば、日本政府と与党の対中観は一気に良くなる。安倍首相が3月11日、「河野談話を継承していく。元慰安婦 の方々に対するお詫びの気持ちは私も全く変わらない」と発言すると、中国がこれを一斉に報道して、受け容れるポーズをとったのもその一環である。温家宝の 日本国会演説も、従来とは異なったものになっており、大きな拍手が与党からも何度も上がったのであった。

 政府、与党にも親中派は多くいるが、米国での慰安婦謝罪決議案上程と温家宝の訪日と国会演説によって、政府、与党の対中観は一層良好になり、反面、対米 観は悪化していくことになる。安倍首相と温家宝は首脳会談で「両国の戦略的互恵関係の強化」を謳った。これで中共は、一昨年の反日デモで激減した日本から の投資等を引き戻すことが出来る。中共は東アジアの征服を当面の国家目標にして、日本、米国など西側を利用して米国をしのぐ経済超大国化=核・軍事超大国 化への道をばく進中である。その「独裁侵略国家との戦略的互恵関係」とは一体何なのか!

 小泉前首相はまだ中国と一定の距離を保っていたが、安倍首相になってからは、中共と国内左翼マスメディアの情報心理戦によって、日本は中共の長期戦略に 敗北し組み込まれてきている。中共の言う「友好」や「互恵」とは侵略、征服、収奪の意味である。こんなことは、保守主義(真正な自由主義)からは常識以前 のことではないか。全体主義国・侵略国とは、政治的・軍事的・経済的に戦っていくしかないのだ。友好や互恵など断じて語ってはならない。政治的断絶、経済 的断絶こそが正しい在り方である。

 日本が自由な国家として永続してくための唯一の方法は、地政学的に日米同盟関係の堅持であり、しかも日本の核武装と、日米による対中、対露2段階核戦争 戦略の構築が絶対に必要不可欠である(拙文「平成18年12月21日付意見書(思想編)」「ロシアや中国等全体主義国に対する第二次冷戦を開始すべし」を 参照して頂きたい)。

 日本の指導層はこういう明確な国家戦略プランを持たなくてはならない。そのためには保守主義(真正な自由主義)で思想的に武装しなくてはならない。日本 外交が外交たりえていないのは、思想に裏付けられた国家戦略が無いためである。我々は明確な上記の国家戦略を持って、能動的に米国政府、議会、マスコミ、 国民に訴え説得していかなければならないのである。(2007年4月15日記・5月8日掲載・5月22日誤字訂正)

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