<法>と本来の憲法9条解釈と国際法に反する、安倍首相らの「安全保障法制の整備」を批判する

●私たちは<法>の支配の立場から、祖国を守れない「安全保障法制の整備」をすすめる政府・与党・新聞を徹底批判しなくてはならない

 自民党、公明党は2015年2月13日に、「安全保障法制整備に関する与党協議会」を再開し、政府の説明を聴取しながら7回にわたって議論を重ね、3月20日に合意した「安全保障法制整備の具体的な方向性について」という「共同文書」を発表した。政府はこの「共同文書」に即して関連法案を策定する。それを受けて与党は4月中旬に与党協議を再開して、関連法案の内容を詰める。政府は5月に法案を国会に提出し、成立を目指すという段取りになっている。

 21日の読売新聞「社説」は、自公合意の「共同文書」について、「日本と世界の平和の維持に向けて、様々な事態に切れ目のない対処を可能にするうえで、大きな意義を持つだろう」と書いた。日本には<法>(国際法を含む)の支配、<法>的正義の立場に立って、誤った政府・与党を厳しく批判して国民に示していく新聞がない。前記のように政府・与党にすり寄り、誤った「世論」をつくりあげていくのが「保守系」新聞である。だから日本は「異常国家」のままである。

 私たちは政府・与党・新聞を徹底的に批判していかなくてはならない。日本における議論は、「安全保障法制の整備」においても、<法>の支配の思想が無いから、<法>的正義、原理原則からの議論がないことが特徴である。<法>の支配を守らない政府・与党は「悪の政府・与党」であるから、徹底的に批判・糾弾されなくてはならないという思想が、日本国民には無い。だから日本国民には、政府から自立した個と精神の独立性と深い批判精神が形成されていない。国民にとって政府は、その上位にある永遠の真理・正義である<法>に支配される存在ではなく、「お上」なのである。だから政府が決める政策と法律等が、(<法>に違反していても)「正しい」のであり「正義」なのだ。保守派の中の先進的な人でも、政府の政策と法律案に部分的に異見を唱えるだけである。しかもその異見すら「大きな声」にかき消されてしまう。こうして日本は、国防軍によって祖国を守ることが出来ない「異常国家」のままである。

 「安全保障法制整備」に関する議論は、<法>の支配から言えば80以上のレベルでなくてはならないとしたら、日本では<法>の支配の思想が欠如しているために、80が最低のレベルだという正しい基準をそもそも設定できない。「お上」たる政府の立場が「正しい」となり、これが「基準」になるのだ。だから20とか30のレベルで議論がなされていく。そのことを「異常だ」とすら思わない。わが日本はそういう「異常国家」なのである。80以上のレベルの議論をしないと、侵略を抑止して祖国を守り抜いていくことは出来ないのだ。

 安倍首相らは2014年7月1日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」という文書を閣議決定した。この閣議決定文についてはすでに何度も批判してきた。この7月1日閣議決定文も、それに基づく今回の自民と公明の「共同文書」も、侵略を抑止して祖国を守り抜いていくことが出来ない20とか30のレベルのものである。私たちは<法>の支配の立場から、祖国を守ることが出来ない「安全保障法制の整備」を推進する政府・与党・新聞を徹底的に批判していかなくてはならない。それは国民ひとりひとりの<法>的義務である。

 安倍首相とその仲間は、「保守派」の仮面を被って活動している反日左翼(共産主義者)であって、保守派や自民党員を思想的に解体してきている。安倍首相らは、中共(中国)やロシアや北朝鮮の尖兵である。彼らの正体を見抜き、糾弾し、打倒していかなければ、<法>と国際法の支配に基づいた正しい「安全保障法制の整備」を実現していくことは出来ない。

●<法>の支配を否定するのが「法治主義」である

 <法>の支配は英米系の法思想である。古くから伝えられてきた永遠の真理・正義である<法>が、すべてを支配する。政府と国民を支配する。基本法である憲法も、その時々の国民が自由に制定してよいものでなく、<法>を発見して<法>に支配されて制定されなくてはならない。そのようにして制定された憲法は「正しい憲法」であり、準<法>である。<法>に反する憲法条項は無効である。政府は<法>(準<法>)に支配されて、外交・安全保障政策と内政政策を策定(閣議決定)し立法化しなくてはならない。<法>(準<法>)に反する政策(閣議決定)も法律等も無効である。「7・1閣議決定文」も「3・20自公共同文書」も、<法>に違反しており無効である。

 国民は、政府が<法>に支配されて(<法>を守って)統治をしているかどうかを、常に監視していく必要がある。政府が<法>に反する政策を進めようとするならば、国民は強く批判して改めさせていかなくてはならない。意識的に<法>を否定し破壊して反日を推進せんとする政府であるときには、「悪の政府」であるから、国民は打倒していかなくてはならないのだ。それは国民の<法>的義務である。

 こういうのが<法>の支配である。<法>の支配があれば、国民は政府を決して「お上」とは考えない。政府から自立し精神の独立性を持った国民になる。<法>の地平、つまり原理原則から議論をしていくことが出来る国民になる。もちろん<法>は反日左翼思想を否定するから、反日左翼がばっこすることはなくなる。

 安倍首相が言っている「法の支配」は、「法治主義」のことであり、<法>の支配とは全く別個のものだ。「法治主義」は<法>の支配と対立し、それを否定し破壊していくものである。「法治主義」でいう「法」は、<法>のことではなく、法律等のことであり、<法>に違反している誤った法律等であろうとも、それを是とする立場が「法治主義」なのである。多数を取った与党の政府が、自由に決めていく政策と法律が「正しい」となってしまう完全に誤った立場が「法治主義」である。このとき国民にとって、政府は「お上」と意識され、国民も政府に従順な国民になってしまう。国民はまともな政府批判を展開できない。私たちは「法治主義」を否定しなくてはならないのだ。

●本来の憲法9条解釈(=「芦田修正論」。自衛目的他での軍隊の保持と国の交戦権を認める)を否定する反日左翼の安倍首相

    本来の憲法9条は、1946年8月に憲法改正小委員会で委員長の芦田均氏が「修正」して出来上ったものである。9条1項は侵略戦争を放棄したものであり、当然である。9条2項はその冒頭に、「前項(つまり9条1項)の目的を達するため」の語句を挿入して修正したことにより、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」(2項)は、「侵略戦争をするための陸海空軍その他の戦力は保持しないし、そのための国の交戦権を認めない」というものに修正されたのである。つまり、それ以外の個別的又は集団的を問わず自衛のための陸海空軍その他の戦力の保持は認められるし、そのための国の交戦権も認められるのである。

 9条1項は、侵略戦争の放棄を謳ったものである。日本は自衛のための戦争や自衛のための軍事力の行使(武力行使)は放棄していない。また国連の集団安全保障措置(多国籍軍)への参加やPKOへの参加は放棄していない。そして9条2項によって、日本は侵略以外の目的であれば、すなわち自衛権行使のためや、国連の集団安全保障措置(多国籍軍)への参加やPKO参加のためであれば、軍隊(戦力)の保持は認められているのである。国の交戦権もそうだ。

 これが本来の憲法9条の解釈である。「芦田修正論」と言われる。この本来の憲法9条解釈(芦田修正論)は、GHQ(連合国軍総司令部)も共有(1946年8月)したものであり、連合国極東委員会(11カ国。ソ連も含む)も共有(1946年9月)したものである。この憲法9条解釈は<法>と国際法に合致しており、これこそが正しい解釈である。

 自衛隊は国際社会においては軍隊だと認識されている。日本政府も国連に対して、自衛隊は国防軍だと説明した。だから日本は1956年9月に国連加盟を承認されたのである。日本政府は国連憲章4条に基づいて、「加盟国としての義務をその有するすべての手段をもって履行する」という「誓約書」を提出している。加盟国は国連憲章42条から45条で、国連軍に空軍、海軍、陸軍を提供する義務を負っている。日本が軍隊を保有していないならば、加盟は認められなかったのである。

 日本は憲法9条2項によって、侵略目的以外の自衛目的他で軍隊を保有できるのであり、自衛隊は軍隊である。国際法(国際慣習法を含めて国際法と表わす)は主権国家に、有事における個別的・集団的自衛権を認めている。国際法は主権国家に、平時における領域保全に対する侵害を排除する権利(領域侵犯対処)を認めている。前者が「有事の国防」であり、後者が「平時の国防」である。主権国家は、これらの国際法上の権利を何によって行使するのか。軍隊によってである。国際法は軍隊を、国際法上の領域主権の保護者だとする。だから各国は、平時における領域主権を守るために、軍隊によって領域侵犯対処(領域侵害排除)を行う。有事において領域主権を守るために、軍隊によって個別的・集団的自衛権を行使するのである。

 国家は自衛権(国際法が認める国家の「正当防衛行為」)を軍隊によって行使する。だからもし国家が軍隊の保持を認めなかったら、その国家は自衛権を行使できないのだ。ただ、軍隊を保持していなくても、国家は「緊急避難行為」としての自衛行為をすることは出来る。しかし「緊急避難行為」としての自衛行為は、国家の「正当防衛行為」(自衛権行使)に比べたら大きな大きな制約を受けることになる。日本政府がいつも口にする、「必要最小限度であること」だ。

 日本が軍隊を保持していれば、日本は米国と全く同等の自衛権(個別的・集団的)の行使が出来る。しかし日本が軍隊を保持していなければ、「専守防衛」と呼ばれるやり方でしか自衛をすることが出来ない。すなわち防衛上必要があっても、日本は侵略国の基地や港湾等を攻撃する「戦略的攻勢」はとってはならない。もっぱらわが国領域やその周辺の公海・公空において、侵攻してくる敵をその都度撃退する「受動的な防衛戦略」をとらなくてはならない。日本は相手国の基地や政治中枢や港湾等を攻撃する「戦略的攻撃」の目的に用いられるような兵器、戦略的爆撃機や長中距離ミサイルや攻撃空母などは、保有してはならないのである。日本はもっぱら他国の防衛を目的とする集団的自衛権も行使できない。これが日本政府が言う「専守防衛」である。

 この「専守防衛政策」では、日本への侵略を抑止できない。日本の防衛もできない。それはとんでもなく誤った反軍事の国防政策なのである。日米同盟があるからなんとかもってきたにすぎない。

 軍隊の保持を認めないということは、すなわち本来の憲法9条解釈(芦田修正論)を否定することは、日本の自由ある平和と日本の存立を守らないことを意味する。歴代内閣は、「憲法9条は第2項において軍隊(戦力)の保持を禁止している。国の交戦権を否認している」との解釈(閣議決定)を表明してきた。この憲法9条解釈(閣議決定)は、まさしく反日的である。それは<法>と本来の憲法9条解釈と国際法に違反しており、憲法98条第1項と第2項により無効である。それを以下に述べる。

 憲法98条第1項は、「この憲法は国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全体又は一部は、その効力を有しない」である。つまりこの政府の憲法9条解釈=閣議決定(国務に関するその他の行為)は、<法>と本来の憲法9条に反しているから、憲法98条第1項によって無効ということだ。

 憲法98条第2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」である。国際法は主権国家に、有事の個別的・集団的自衛権と平時の領域保全侵害排除権を認めている。国家は軍隊によってこれらの国際法上の権利を行使する。従って、軍隊(戦力)の保持を否定する憲法9条解釈は、憲法98条第2項に反しており、憲法98条第1項によって、無効なのである。

 私が今述べたことが<法>の支配である。本来の憲法9条は<法>・国際法に支配されており、準<法>である。憲法98条1項2項も<法>に支配されており、準<法>である。歴代内閣の憲法9条解釈(芦田修正論の否定)は、これらに反しているから無効である。これが<法>の支配である。政府が言ってきた「法の支配」=「法治主義」とは、軍隊の保持を認めないものであるから、まさしく<法>の支配(本来の憲法9条の支配、憲法98条の支配、国際法の支配)を否定し破壊するものなのである。

 私は1999年2月から本来の憲法9条(芦田修正論)を主張し、歴代内閣の憲法9条解釈は反日的であり、本来の憲法9条に反していて無効だと述べてきた。パンフレットにして政府の各機関や自衛隊や政治家や保守系新聞や学者に送付してきた。私は「内閣が従来の憲法9条解釈を誤りであったと認めて否定し、本来の憲法9条解釈を閣議決定するとともに、自衛隊を軍隊であるとも閣議決定すればよい。1週間で解決できることだ。憲法9条改正など不要だし、誤りだ」と主張してきた。

 「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備」を目指すならば、政府がまずやるべきことは、今書いた新たな閣議決定をして本来の憲法9条解釈(芦田修正論)を復活させるとともに、自衛隊を軍隊だと認めることである。しかし安倍首相はこれを否定するのである。

 首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(「安保法制懇」)が、2014年5月15日に「報告書」を首相に提出した。この「報告書」は「あるべき憲法解釈として、以下を提言する」として、憲法9条の解釈として「芦田修正論」をまず最初に提言し、次にもうひとつの憲法9条の解釈を提言していた。だが、安倍首相は5月15日の夕方の記者会見で、直ちに「報告書では、二つの異なる考え方が示された。いわゆる『芦田修正論』の方は、政府として採用できません」と述べて、<法>と国際法に合致した本来の憲法9条解釈(芦田修正論)を葬り去ったのである。安倍首相の正体がよくわかる行為である。

 私はこれについて、論考「『安保法制懇報告書』の核心・芦田修正論を即座に否定した反日左翼の安倍首相」(2014年5月29日脱)で批判した。未見の方は是非一読して頂きたいと思う。

 2014年7月1日の「閣議決定文」も、2015年3月20日の自民・公明合意の「共同文書」も、本来の正しい憲法9条(芦田修正論)を否定し、自衛隊を軍隊と認めない立場で作成されたものだ。祖国を守ることが出来ない「安全保障法制の整備」であることは、明明白白である。だが、新聞も「著名人」もこれを批判せず、批判出来ず、ただ追従するのである。<法>の支配の思想が無いためである。

●反日左翼の安倍首相が採用を拒否した、<法>と国際法に則った「安保法制懇報告書」(2014年5月15日)の提言

 反日左翼の安倍首相が採用を拒んだ「安保法制懇報告書」の提言を書いておきたい。抜粋したり、要旨を述べることにする。

 (1)憲法9条の解釈。

 「憲法9条第2項は、第1項において、武力による威嚇や武力の行使を『国際紛争を解決する手段』として放棄することを定めたことを受け、『前項の目的を達するために』戦力を保持しないと定めたものである。したがって、我が国が当事国である国際紛争を解決するための武力による威嚇や武力の行使に用いる戦力の保持は禁止されているが、それ以外の、すなわち、個別的又は集団的を問わず自衛のための戦力の保持やいわゆる国際貢献[国連の集団安全保障措置=多国籍軍への参加や国連のPKO等への参加]のための戦力の保持は禁止されていないと解すべきである。…[これは]いわゆる『芦田修正』…に着目した解釈であるが、政府はこれまでこのような解釈をとってこなかった」。

 (2)武力攻撃に至らない侵害への対応。

 日本の領海で潜没航行する外国潜水艦が退去に応じず徘徊する場合や、国境の離島等に対して特殊部隊等の不意急襲的な上陸があった場合や、原子力発電所等の重要施設への武装工作員等の襲撃の場合、海上警備行動、治安出動、警護出動では手続きに時間がかかってしまう。自衛隊に国際法が認める「領海侵犯対処」や「領土侵犯対処」を認めなければならない。「法整備にとどまらず、それに基づく自衛隊の運用や訓練も整備していかなければならない」。

 (3)在外自国民の保護・救出等。

 「国際法上、在外自国民の保護・救出は、領域国の同意がある場合には、領域国の同意に基づく活動として許容される。在外自国民の保護・救出の一環としての救出活動や妨害排除に際しての武器使用についても、領域国の同意がある場合には、そもそも『武力の行使』に当たらず、当該領域国の治安活動を補完・代替するものにすぎないものであって、憲法上の制約はないと解釈すべきである。

 なお、領域国の同意がない場合にも、在外自国民の保護・救出は、国際法上、所在地国が外国人に対する侵害を排除する意思又は能力を持たず、かつ当該外国人の身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害があり、ほかに救済の手段がない場合には、自衛権の行使として許される場合がある。憲法上認められる自衛権の発動としての『武力の行使』を巡る国会の議論においては、在外自国民の保護・救出のための自衛権の行使が否定されているように見受けられるが、…憲法が在外自国民の生命、身体、財産等の保護を制限していると解することは適切ではなく、国際法上許容される範囲の在外自国民の保護・救出を可能とすべきである。国民の生命・身体を保護することは国家の責務でもある」。

 (4)軍事的措置を伴う国連の集団安全保障措置への参加。

 「憲法第9条が国連の集団安全保障措置への我が国の参加まで禁じていると解釈することは適当ではなく、国連の集団安全保障措置は、[憲法第9条第1項が放棄した]我が国が当事国である国際紛争を解決する手段としての武力の行使に当たらず、憲法上の制約はないと解釈すべきである。国連安全保障理事会決議等による集団安全保障措置への参加は、国際社会における責務でもあり、憲法が国際協調主義を根本原則とし、憲法第98条が国際法規の誠実な遵守を定めていることからも、我が国として主体的な判断を行うことを前提に、積極的に貢献すべきである。…軍事力を用いた強制措置を伴う場合については一切の協力を行うことができないという現状は改める必要がある」。

 (5)後方支援といわゆる「他国の武力の行使との一体化」論。

 「『武力の行使との一体化』というのは我が国特有の概念である。…この議論は、国際法上も…根拠を持たず…安全保障上の実務に大きな支障を来たしてきた。…このような考えはもはやとらず、政策的妥当性の問題として位置付けるべきである」。

 (6)国連PKO等への協力と武器使用。

 「我が国の国連PKO等に対する協力は、…いわゆるPKO参加5原則の下、運用上も慎重に行われてきた。…現行PKO法の下では、…紛争当事者間の明確な停戦合意の確認が容易であった国家間紛争から、『紛争当事者』を特定することが困難な場合もある内戦型又は複合型へと紛争が質的に変化し、国連PKO等の役割・態様も多様化し、国際連合憲章第7章下の一定の強制力を付与された『強化されたPKO』も増えてきている今日の実態にそぐわない。…いわゆるPKO5原則についても見直しを視野に入れ、検討する必要がある」。「PKO法も『主たる』紛争当事者間の同意に基づく活動の実施、停戦合意要件の見直し(国連では、停戦合意がない場合でも事実上の停戦状態を前提として国連PKOミッションを設立している)、国連PKOの武器使用基準に基づく武器の使用といった国連における標準に倣った所要の改正を行うべきである」。

 「PKOは武力紛争の終了を前提に行う活動(あるいは武力紛争の開始・再発前にこれを予防するための活動)であり、国連PKOの国際基準で認められた武器使用が国際連合憲章で禁止された国際関係における『武力の行使』に当たると解釈している国は[日本以外には]どこにもなく、自衛隊が国連PKO等の一員として、駆け付け警護や妨害排除のための国際基準に従って行う武器使用は、相手方が単なる犯罪集団であるか『国家又は国家に準ずる組織』であるかどうかにかかわらず、憲法第9条の禁ずる武力の行使には当たらないと解すべきである」。

 2014年7月1日の「閣議決定文」と、それを受けた2015年3月20日の自公合意の「共同文書」は、「安保法制懇報告書」(2014年5月15日)の前記の(1)から(6)の提言を拒絶して作成されたものである。(1)から(6)は、<法>と本来の憲法9条(正しい憲法9条)そして国際法と憲法98条に則った提言である。これによって、7月1日「閣議決定文」と3月20日「共同文書」が「誤った悪の文書」であり、憲法98条によって無効であることは明らかである。

 我が国の保守系新聞、保守系「著名人」は、<法>の支配と国際法の支配の思想がないために、保守派に正体を偽装している安倍首相に追従してしまっている。私たちはこうした保守派の決定的な弱さをしっかり認識して、変革するべく戦っていかなくてはならない。

●日本侵略を狙う中共、ロシア、北朝鮮に対する国防を等閑に付している「安全保障法制の整備」は日本にとって極めて危険である

 日本侵略を狙っている侵略国家は中共とロシアと北朝鮮だ。日本の「安全保障法制の整備」は、これら3国を敵国として整備していくものである。だが安倍首相らは全く等閑に付している。そうしておきながら、自衛隊を海外へ派遣(多国籍軍や有志連合の「武力行使と一体化しない」後方支援)するための恒久法づくりなどをしようとしている。これは、国民になんとなく「政府は日本の安全保障のために頑張っているんだ」という嘘の印象を与えて安心させて、肝心の対中、対露、対北朝鮮の「安全保障法制の整備」と「戦力の整備」を放置し続けていくことを狙ったものである。3国に日本を侵略させるためである。

 中共が尖閣諸島を奪取するのは、そこを軍事基地化(要塞化も)して米海軍の侵入を阻止し、台湾を武力併合するためである。中共は台湾を支配下におけば、戦力を台湾へ移駐させて次には沖縄の先島諸島を強奪することになる。その次は沖縄本島を狙う。台湾は日本の南において、中共の日本侵略を阻止してくれている「日本の生命線」である。また台湾を武力併合されると、日本はシーレーンを中共に支配されてしまう。

 安倍首相らには、尖閣諸島を守る意思そのものがない。尖閣諸島に自衛隊部隊を常駐させ、領海侵犯対処、領土侵犯対処をさせないばかりか、警察官すら常駐させない。灯台も港も建設しない。彼らは中共と共謀して、日本の尖閣諸島の施政権を解体してきている。尖閣諸島を中共に貢ごうとしている。もちろん安倍首相らは、台湾を防衛する意思は全くない。

 尖閣諸島は軍事的要衝の島である。日本はそこを軍事基地(要塞化もする)にしなくてはならない。日本と米国がそこに対艦ミサイル、対空ミサイルを配備すれば中共海軍空軍は封じ込められることになる。

 逆に中共が尖閣諸島に軍事基地を構築したら、沖縄と台湾が危機になる。当然、中共は対艦ミサイル、対空ミサイルを配備する。中共はロシアからS−400地対空ミサイルシステム(1大隊がミサイル発射機12基。1基ごとに射程400キロのミサイル4発を装備する)を6大隊分購入しようとしている。中露は同盟関係にある。

 中共はJ−20ステレス戦闘機を2017年にも実戦配備する。レーダー捕捉の難しいステレス性能の第5世代最新鋭戦闘機であり、迎撃と爆撃の機能を有する。自衛隊の主力戦闘機(F15J)を圧倒する(インターネットサイト「JBpress(日本ビジネスプレス)」の古森義久氏の記事「自衛隊が最も警戒すべき中国軍の5つの兵器」(2015.1.21)参照)。

 日本を侵略せんとする中共に対して、安倍首相らは「日中の戦略的互恵関係の構築・発展」を唱え、「日中関係改善」を言っている。このような反日左翼思想の持ち主たちが、対中国防を目指すことがないのは論理的に明らかだ。彼らは日本の対中国防を否定しようとしている。安倍首相は保守の仮面を付けているが、反日左翼であり、中共の尖兵であり、謀略政治を実践しているのである。安倍首相・自民党総裁は、中共のために党副総裁に「日中友好議員連盟会長」の高村氏を起用したし、「安全保障法制整備に関する与党協議会」の座長も高村氏にしている。これらを批判が出来ない保守派は、本当に洗脳状態にある。なお高村氏は「日露友好議員連盟」の会長でもある。

 安倍首相は侵略国家ロシアの尖兵でもある。だから安倍首相は、昨年の6月に続いて独裁者プーチンの側近の下院議長セルゲイ・ナルイシキンが来る5月20日、東京で開催される「日露文化交流イベント」に参加するのを拒まず入国を許可した。欧米はロシアのウクライナ侵略を糾弾して、ナルイシキンを入国禁止の対象者にしている。安倍首相は、独裁国家で侵略国家のロシアとの「戦略的パートナーシップの構築」を唱えている。ナルイシキンの入国許可も、ここから出てくる政策である。対中関係といい、対露関係といい、安倍政権が反日左翼の外交政策を採っているのは明らかである。対露国防の否定である。

 保守系新聞も保守派も、権力者の安倍首相に迎合して批判しない。保身であり、洗脳でもある。中露の尖兵の安倍首相は、日本に対する侵略者なのだ。中共とロシアを日本へ侵略させようと工作している。両国は昨年も5月20日から東シナ海とその上空で、両国海軍の合同軍事演習を実施している。5月20日の合同軍事演習開幕式には、プーチンと習近平がそろって出席している。

 安倍首相は、「拉致被害者」を救出する考えをはじめから持っていない。前の節で「安保法制懇報告書」が提言していたこと、すなわち自衛権を発動して自衛隊によって「拉致被害者」を救出することは、正常な国家であれば当然追求すべきことだが、安倍首相はもちろん即座に否定する。

 安倍首相は、国民の支持を拡大するために「拉致被害者」を利用してきているだけである。そのスローガンは「拉致問題の解決」だ。「拉致被害者全員の救出」ではない。そして昨年の「5・29日朝合意文書」では、「日朝の国交正常化」が目的だとされた。つまり安倍首相は、拉致被害者(特定失踪者)のほとんどを切り棄てて、日朝国交を回復させて行く考えである。「5・29日朝合意文書」にあるように、北朝鮮は調査を包括的かつ全面的に実施して、日本人に関するすべての問題を「解決」し、安倍首相がそれを受けて「解決した」と判断して、日本が独自に科しているすべての制裁を解除し、国交正常化へ向っていくのだ。

 日本は「不幸な過去を清算」して、多額のカネを北朝鮮の独裁者に与えていくのである。北朝鮮の独裁者はそのカネで国民に対する独裁迫害体制を固め、韓国、日本、米国を狙うミサイルと核兵器等をより一層製造していく。安倍首相は北朝鮮の尖兵でもある。在韓米軍司令官カーティス・スカパロッティ大将は、2014年10月24日の米国国防総省での記者会見で、記者からの質問に答えて、「北朝鮮は核弾頭を小型化し、中、長距離の弾道ミサイルに搭載し、実際に発射できる技術をすでに有していると思う」と述べている(前掲古森義久氏の記事「新たな危険水域に突入した北朝鮮の核武装。在韓米軍司令官が言明、ついに核弾頭の小型化を達成したか?」(2014・10・29)参照)。

 2015年2月17日、米国ワシントンで北朝鮮の人権弾圧を非難する大規模な国際会議が開かれ、日本人拉致を含む北朝鮮金正恩政権の非人道的行為が糾弾された。米国政府の代表や民間の研究機関の代表、韓国の人権大使や学者や脱北者の代表、昨年、北朝鮮の日本人拉致を含む大規模な人権弾圧を調査して、「人道に対する罪」だと総括した「国連北朝鮮人権調査委員会」のマイケル・カービー委員長らが会議に参加して、それぞれ演説した。しかし安倍政権は代表を出席させなかったのだ。安倍首相が拉致被害者を切り捨てていることは明白である(同古森氏記事「ここで声を上げなくてどうする。北朝鮮非難の国際会議に日本の姿なし」(2015・2・25)参照)。

 中共、ロシア、北朝鮮の尖兵の反日左翼(保守に偽装している)の安倍首相とその仲間を打倒していかなければ、日本の自由ある平和と存立を守り抜いていくことは出来ない。国際法に則った正しい「国家安全保障法制の整備」と「戦力の整備」を実現していくことは出来ないのだ。最近の私の文を参考にしていただけたら幸いである。

 2015年3月31日脱

大森勝久

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