マッカーサー元帥とGHQの憲法9条解釈-日本は憲法9条(「芦田修正論」)によって自衛権を法的に米国と同等に行使できる

●反米民族派、左の反日左翼、保守派の誤った憲法9条解釈

 『正論』5月号で、伊藤隆氏と猪瀬直樹氏が「日本近代国家論」をテーマに対談していた。伊藤氏は「アメリカは憲法に9条をつくったんですね。国を守る軍事力も交戦権も認めないから、アメリカに頼らなければ生きていけない。そういう日本を、あの憲法でつくったんですね」と言っていた。前号4月号には、元米国防総省安全保障局日本部長のジェームス・E・アワー氏の「日本の安全保障戦略をめぐる7つの神話」という論文が掲載されて、憲法9条(「芦田修正論」)はそのようなものでは全くないことを明らかにしていた。伊藤氏はこれを読んだとしても無視して、自分のイデオロギーによって憲法9条を上記のように断ずるのである。彼は日本国家と日本国民のために正しく憲法9条を解釈するのではなく、アメリカを非難攻撃したいために意識的に誤った憲法解釈をする。反日的解釈である。だから反米民族派とは反日派でもある。反米民族派は、戦前昭和期の支配勢力であった国家社会主義勢力を支持するから、「右の反日左翼」である。

 日本共産党などの反日左翼(左の反日左翼)も、反日的に憲法9条を解釈する。ただし、こちらの反日左翼は、その憲法9条解釈によって自衛隊を違憲存在だとして解体し、日米安保条約を破棄して、日本を武装解除し、そうすることによって日本をロシア、中共、北朝鮮に侵略させて滅ぼすことを目標にしている。だからより一層悪逆であり、より一層反日である。

 そしていわゆる保守派も、誤った反日的な憲法9条解釈を続けている。左右の反日左翼の誤った憲法解釈を徹底的に批判し粉砕しなくてはならない保守派が、正しい憲法9条解釈(「芦田修正論」)ができない。保守派には正しく解釈しようという意識そのものがない。保守派は誤った反日的憲法9条解釈に洗脳されてしまっているのである。洗脳とは盲信であり「常識」になってしまうことであるから、自らの考えを批判的に再検証しようという意識にはならない。自らの「常識」に反する主張に出会っても、無視することになってしまう。保守派は永遠に実現不能な「憲法9条改正」を唱えることによって、違憲で無効の「反日的憲法解釈」を正当化している。

●元米国防総省安全保障局日本部長・ジェームス・E・アワー氏の主張とその補足

 真実をもって批判することが、誤っている保守派を変革する最も有効な方法である。しかし効果が出るかどうかはまた別の問題であるが。保守派は『正論』4月号のジェームス・E・アワー氏の論文を読まなくてはならない。アワー氏は、私がこの間何度も書いてきた憲法9条の「芦田修正論」を述べ、次のように書いている。「マッカーサーの民間の専門家や法律のアドバイザーたちは、すぐそれ〔「芦田修正論」。1946年8月1日〕に反応し、その文言では、日本が自衛のための軍を合法的に創設することを認めることになる可能性があると、マッカーサーに忠言した。しかし、マッカーサー元帥は、芦田氏が挿入し修正を加えた文言を禁じるどころか、1950年には、吉田内閣に対し、警察予備隊を創設するよう命令し、日本国憲法が禁じているのは攻撃的な軍〔侵略的な軍〕であり、自衛軍については違憲だとは規定していないと言うようになった」。

 アワー氏は続けてこう書いている。「日本の読者の皆さんにとっては衝撃的なことかもしれないが、私の見解では、日本は、1952年に占領統治が終ってから今日に至るまですでに集団的自衛権の演習をやってきたし、今も演習を続けている。」「日本は直接、戦闘には加わらずとも、防衛行動をとる在日米軍の集団的パートナーであったのだ。」「特に、20世紀末期、1980年〜1989年の冷戦の最中には、米第7艦隊と海上自衛隊の艦艇が毎日、日本海と北大西洋の海域で、ウラジオストクを母港とするソ連太平洋艦隊の非常に多くの数の潜水艦〔100隻〕の活動を監視するために、集団的なパトロールを実施していた。この平和的で、集団的な行動は大きな効果を上げ、太平洋におけるソ連軍の計画を目に見えるほど困難なものにした。これが、抑止という考え方の本質である」。

 アワー氏はこうも書く。「日本は、自国の領土防衛能力を保有するはずだった。だが、防衛能力は1960年に日米安保条約が締結されてから現在に至るまで不足している。」「米国は、日本と米国が直面する東アジアの危険な脅威にさらされた国際情勢を念頭に、1952年以降ほぼ継続的に日本が防衛努力を強化するよう後押ししてきた。これに対して日本は、防衛予算を増やしてきた。しかし、今日もなお、日本は自力で防衛する能力に欠けているのだ」。

 アワー氏は、日本は憲法9条(「芦田修正論」)によって自衛のための軍隊を保持できるし、交戦権を有している。日本は自衛権を法的に米国と同等に行使することができるということを主張している。日本政府や保守派の憲法9条解釈が、反日的な解釈で、誤りであることは明らかである。

 アワー氏の文には不正確なところがあった。氏は「連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー陸軍元帥が総司令部(GHQ/SCAP)の民政局に対して出した命令の一つに、日本国憲法草案があった。それは、1週間以内に書き上げられ、しかも、日本が自衛の目的を含むいかなる陸軍、海軍、空軍をも持たないことを規定したものでなければならなかった。/しかし、マッカーサー元帥の下で働いていたスタッフが『自衛の目的を含む』という文言を削除した」と書いていた。しかしこれは正しくない。

 マッカーサー元帥が1946年2月3日、GHQに日本国憲法改正草案を作成するように指示した際に示した「マッカーサー原則」には、「国際紛争を解決する手段としての戦争のみならず、国家の自衛権としての戦争も放棄する。いかなる陸軍海軍空軍も保持しない。いかなる交戦権も否認する」と書かれていたのである。

 しかし民政局次長のケーディス大佐が、「国家の自衛権としての戦争も放棄する」を削除したのである。だが、軍隊の不保持と交戦権の否認についてはそのままであった。従って、日本側に示された憲法9条草案は次であった。

 (1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 (2)陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 この憲法9条草案だと、(1)項において国家の自衛権としての戦争は放棄されておらず、容認されているが、(2)項においていかなる軍隊の保持も交戦権も禁止されているために、自衛権の行使が大きな制約を受けることになってしまうのである。国際法は各国は軍隊によって自衛権を行使するとしているからだ。軍隊以外の「実力組織」では、自衛権を法的に十全に行使することができない。

 それで、憲法改正小委員会長の芦田均氏は、1946年8月1日に衆議院で、(2)項の冒頭に、「前項の目的を達するため」の文言を挿入する修正を行ったのであった。これによって(2)項の意味は、(1)項の目的である侵略戦争や侵略の武力行使や威嚇の放棄のために、軍隊を保持しない、交戦権を認めないと変わる。従って、自衛権の行使のためであれば軍隊を保持でき、交戦権も認められるとなった。従って、自衛権の行使も法的に米国等と同等に行えることになる。

 アワー氏は、芦田修正論の意味についてマッカーサー元帥の法律のアドバイザーたちが元帥に忠言したところ、元帥は芦田修正を承認したことを述べたのであった。ワシントンの「連合国極東委員会」(11カ国。後に13カ国)も、芦田修正論を承認したのであった(1946年9月)。

 「マッカーサー原則」(1946年2月3日)の後、次のことが起っている。1946年3月には英国首相チャーチルの「鉄のカーテン」演説がなされた。東西冷戦の開始の認識である。同年5月15日には、「連合国対日理事会」(東京)にてアメリカ代表は、「共産主義を歓迎しない」の反共声明を発表した。5月20日にマッカーサー元帥が「共産主義者たちによる暴民デモを許さない」と声明を発表している。同年7月25日には、マッカーサー元帥は日本の新聞各社代表を招き、共産党員の排除を直接要請している。このように1946年5月頃から、東西冷戦の開始の認識に基づいて、米国・GHQの対日政策の転換が始まっていったのである。「転換は1948年だ」とする通説は間違いである。

 マッカーサー元帥は1950年元旦の「日本国民に告げる声明」で、「この憲法の規定はたとえどのような理屈をならべようとも、相手側からしかけられてきた攻撃に対する自己防衛のおかしがたい権利を全然否定したものと絶対に解釈できない」と述べている。1950年6月、北朝鮮がソ連と中共の支援により韓国を武力侵略した。するとマッカーサー元帥は同年7月に「9条は自衛のための戦力(軍隊)を禁止するものではない」と述べて、日本の再軍備開始を指示したのである。1951年1月、米国特使のジョン・フォスター・ダレス氏は吉田首相との会談で、日本は1954年3月までに32万5千人から35万人の陸軍を創建して欲しいと要請している。しかし吉田首相は拒んだのである。

 マッカーサー元帥は1957年、その年から始動した「内閣憲法調査会」の会長・高柳賢三氏への書簡で、「日本が他国から侵略を受けるような場合には、日本はあらゆる自衛措置をとりうるのであって、第9条のいかなる部分もその妨げとなるものではない。この解釈は憲法制定当時からの解釈であった」(西修氏『よくわかる平成憲法講座』1995年2月刊、86頁)と明言している。芦田均氏も「内閣憲法調査会」に招かれて発言している。「私は一つの含蓄をもってこの修正を提案いたしたのであります。『前項の目的を達するため』という字句を挿入することによって原案では無条件に戦力を保持しないとあったものが一定の条件の下に持たないということになります」(同書76頁)。

 私はかつて妻とともに「日本と自由世界の安全保障研究会」を作り、渡辺隆のペンネームを用いて1998年10月から『日本と自由世界の安全保障』という小冊子を不定期で出していた。20号まで出した。第3号(1999年5月)からはインターネットにも文を流してもらった。同研究会のURLはhttp://www5d.biglobe.jp/~anpoken/ である。私はそこに次の文を書いた。「憲法9条を正当に解釈せよー日本は個別的・集団的自衛権とその軍隊と交戦権を保持している」(3号。1999年4月30日記)。「『芦田修正論』によって日本の自衛権(国軍の保持と交戦権)は保障された」(4号。1999年8月25日記)。「憲法9条改正でなく9条解釈是正の閣議決定を直ちに断行せよ」(11号。2001年11月10日記)。その他にも同じテーマで書いる。本論文に書いていることは、これらの3つの文に書いたことである。

 これらの小冊子は母からコピー代や切手代を支援してもらって、妻から政府や自衛隊部隊や議員や新聞社や雑誌編集部や学者や評論家あるいは在日米大使館や在日米軍へも送付してもらった。100カ所以上である。当時アメリカのヴァンダービルト大学の学長であったアワー氏へも送っていた。日本語論文だけど。心ある日本人が受け止めてくれることを願って送ったのであるが、効果はなかった。

 マッカーサー元帥の発言は公けになされたものだ。また内閣憲法調査会への書簡である。芦田氏の発言もあるし、西修氏の前記著書もある。だから外務省、防衛省(庁)・自衛隊、自民党の外交・国防部会所属議員、大学等の安全保障問題研究者、新聞社は知ることができた。しかしながら、この「正しい憲法9条(芦田修正論)」に立って、反日的憲法9条解釈を続ける政府と保守派を批判し、政府に憲法9条解釈を是正する閣議決定を行うべしと要求するいわゆる「識者」は、ほとんどゼロに近いのではないか。安倍首相に「芦田修正論」の憲法9条解釈を採用すべきだと提言した「安保法制懇・報告書」(2014年5月15日。柳井俊二座長。柳井氏は国際海洋裁判所長。元外務次官)がほとんど唯一の例外であろう。そして「識者」と言われる人々の中で、この「報告書」を支持して安倍内閣を批判する人も現れていない。これが日本国民の現実である。知的劣化が極めて深刻である。

●日本国民の一大欠陥は科学的に思考し正しいことは自分一人であっても主張するということがほとんどできないこと

 憲法9条2項に関する「政府の統一見解」は、吉田内閣が1952年11月に出したものであり、「憲法9条2項は、侵略の目的たると自衛の目的たるとを問わず『戦力』の保持を禁止している。交戦権を認めていない」である。歴代内閣が継承している。マッカーサー元帥とGHQそして連合国軍極東委員会(13カ国)も認めている「芦田修正論」の憲法9条解釈を全面否定する反日解釈である。私たちは直ちにこれを否定しなくてはならない。

 「芦田修正論」を主張できない人、「芦田修正論」を否定するこの「政府統一見解」を否定できない人は、科学的に思考することができない人である。

 軍隊の保持ができなければ、自衛権を十全に行使することはできない。国際法は各主権国家に自衛権を保障している。この「政府統一見解」は国際法に反しているのだ。日本国憲法98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」である。つまり「政府統一見解」は憲法98条2項に違反しているのだ。そして憲法98条1項は「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」であるから、この「政府統一見解」は憲法98条1項により無効である。この「政府統一見解」を認める人は、憲法違反を行っている者たちである。

 国際社会に生きる日本は国際法に支配される。軍事に関する国際法は、国内法である憲法9条の上位の法であり憲法9条を支配する。だから憲法9条は軍事に関する国際法に合致していなくてはならない。「芦田修正論」の憲法9条は合致しているから正当な法である。

 「芦田修正論」の憲法9条は国際法に合致しており、「正しい憲法9条」である。従って、先の「政府統一見解」は「正しい憲法9条」(本来の憲法9条=「芦田修正論」)に違反しているから、憲法98条1項によって無効なのである。これを容認する者は憲法を否定する者である。

 保守派は「憲法9条改正」を主張しているが、真剣に考えている者はほとんどいない。単に自衛隊の名称を国防軍に改める程度のもので、「根本的な変更」を追求しようとしている者はほとんどいない。言葉の上でだけ多少のポーズをとっているだけに過ぎない。保守的国民からの支持を得るための選挙対策でしかない。なぜならば、もし本当に「根本的な変更」を追求するのであれば、「憲法9条改正」などせず、閣議で憲法9条解釈を是正する決定を行えば一週間で解決できるからだ。「安保法制懇・報告書」が「あるべき憲法9条解釈」として「芦田修正論」を主張した時、安倍首相は即日「採用しない」と決定した。だが保守派、自民党議員は誰ひとりこれに抗議しなかった。これらの行動で以上のことは証明されている。

 「根本的な変更」をめざして「憲法9条改正」を主張してきた人は、直ちにこれまでの自身の闘い方を自己批判して、憲法9条解釈を「芦田修正論」に変える閣議決定を断行せよと要求する戦いを開始しなくてはならない。「憲法9条改正」の主張や運動は「芦田修正論」の「正しい憲法9条」を否定する反日の主張と運動なのだ。このことを自覚してもらいたい。

 日本には一流大学を出ている「頭のいい人」は多くいるが、科学的な思考の実践はそれとは別の次元の問題である。私は10人並みの頭脳しか持っていないが、様々な「識者」の人たちから「部分的」に「有益な知識」を「批判的に摂取」して、自分の中で組み立て直して、こういう主張をすることができるようになった。タブーを設けず、批判的に、科学的に考えることが何よりも大切である。

●政府に騙されて集団的自衛権と個別的自衛権を誤って理解させられている日本国民

 ジェームス・E・アワー氏は、「日本は、1952年に占領統治が終ってから今日に至るまですでに集団的自衛権の演習をやってきたし、今も演習を続けている」と述べ、特に米第7艦隊と海上自衛隊が、ソ連太平洋艦隊(100隻の潜水艦、その40パーセントは原子力潜水艦で、そのうち何隻かは核SLBMを搭載)の活動を毎日集団的に警戒監視することで、ソ連軍の計画を目に見えるほど困難なものにして、侵略を抑止してきたことを強調していた。付け加えるならば、米第7艦隊の原子力潜水艦には、ソ連を包囲する核巡航ミサイルトマホークSLCMが搭載されていたのであった。

 日本政府は、〈日本が武力攻撃を受けた時に、武力行使して戦うのが日本の個別自衛権であり、アメリカが武力攻撃を受けたときに、日本は攻撃を受けていないが、攻撃を受けたと見なして、アメリカを防衛するために戦うのが日本の集団的自衛権である〉と言ってきた。安全保障問題の専門家たちも、同様に主張してきた。後段は正しいが、前段は全くの誤りである。政府らは国民を騙してきたのだ。

 日本の個別的自衛権に基づく武力行使とは、日本が侵略国から武力攻撃されたときに、日本のみの力で自衛戦争を戦うことを指している。米国の支援を受けないということだ。弱小国家による日本に対する小さな武力侵略であれば、そういうことも可能である。だが現実を考えれば、全くそういうことは想定できない。日本を武力攻撃する国は、いずれも核兵器も配備している軍事強国である。ロシアであり中共であり北朝鮮である。これらの侵略国家がもし日本を武力攻撃すれば。日本は日米安保条約に基づいて日米で集団的に自衛戦争を戦うことになる。これは日本の集団的自衛権の行使であり、またアメリカの集団的自衛権の行使である。もしこのとき、日本が個別的自衛権に基づき自衛戦争をすることにすれば、日本は祖国を防衛できなくなる。3国の思うつぼである。日本は1951年に旧日米安保条約を結び、1952年4月に主権を回復した後、一貫して集団的自衛権を様々なレベルで行使してきたのである。政府らが言ってきたことは真っ赤な嘘である。

 日米はこれら3国に対して、平時から集団的な警戒監視態勢を採っている。たとえば北朝鮮がミサイル発射実験をしようとすれば、米国の偵察衛星がその兆候をとらえて日本の自衛隊に伝える。そして日米のイージス艦が警戒監視にあたる。日米両国はアワー氏の言う集団的自衛権の演習を日々行っているのである。

 日米安保条約の締結も、日本とアメリカが集団的自衛権に基づいて(行使して)締結したのである。日本が、日本の安全とアジア太平洋地域の平和及び安全の維持に寄与するために、米軍を日本に駐留させて基地等を使用させているのも、日本の集団的自衛権に基づいたものである。またアメリカの集団的自衛権に基いたものである。

 1960年代中葉から70年代前半にかけて、アメリカは集団的自衛権に基づいて南ベトナムを防衛するために南ベトナムと共に自衛戦争(ベトナム戦争)を戦った。このとき、日本は米軍に基地を使用させ、物品・役務を提供して、ベトナム戦争の「兵站活動」を担った。「兵站活動」(日本ではこれを「後方支援活動」と呼び、米国軍の武力行使と一体化していない活動だと国民に説明するが)は、国際法では「武力行使(戦闘行為)と一体不可分の軍事行動」なのである。軍事行動(戦争行動)は「戦闘行為(武力行使)と兵站活動」から成る。つまり、当時の日本は集団的自衛権を行使して、米国・南ベトナムとともにベトナム戦争(自衛戦争)の不可欠の一部つまり兵站を戦っていたのである。これが国際社会の共通の見方である。「日本の後方支援活動は戦闘行為が行われてないところで行うものだから、米国軍の武力行使と一体化しないものである」との日本政府の発言は、国際社会では通用しない。そんなことを言う国は国際社会で信頼されなくなる。

 重要なのは「集団で自衛戦争を行う」集団的自衛権の方である。今日の世界においては単に、自衛権、自己防衛、自衛措置と言ったとき、それが意味するものは集団的自衛権のことである。マッカーサー元帥が1950年元旦の「日本国民に告げる声明」の中で述べた「自己防衛のおかしがたい権利」、1957年「内閣憲法調査会」会長の高柳氏への書簡の中で述べた「あらゆる自衛措置をとりうる」は、日本の集団的自衛権のことである。

 日本政府と安全保障専門家は、国際法に反する虚偽理論をねつ造して国民を騙してきた。私たちはこのことをしっかり認識し、正当に怒らなくてはならない。政府らを厳しく糾弾しなくてはならない。なによりも歴代内閣そして安倍内閣は、国際法に合致している正しい法である本来の憲法9条(「芦田修正論」)を否定し葬り去ってきた。国民に隠し国民を騙してきた。本来の憲法9条はマッカーサー元帥とGHQと連合国極東委員会が支持したものでもあった。安倍首相は「安保法制懇・報告書」(2014年5月15日)が本来の憲法9条(「芦田修正論」)を採用すべきだと提言したにもかかわず、即日拒絶した。我々は心底から怒らなくてはならないのだ。

 私はこの間ずっと、保守派に偽装した反日左翼でロシア・中共・北朝鮮の尖兵である安倍首相を打倒しなくてはならないと主張してきた。前回論文「洗脳されているのは反日左翼だけでなく、保守派もである」(2016年3月26日脱)の2節目「●保守派は保守の仮面を被った反日左翼の安倍首相によって思想と精神をズタズタに解体されている」では、安倍首相の反日犯罪を簡潔にまとめた。この文も併せてお目を通していただきたいと思う。

 最後に、保守派は今、安倍首相とその仲間に洗脳されて思想と精神をズタズタに解体されて、現実の実相が全く見えなくなってしまっている。思考停止状態である。

 4月14日午後9時26分、熊本地方でマグニチュード6.5、最大震度7の大地震が発生した。これが「本震」と思われていたが実は「前震」であった。4月16日午前1時25分にマグニチュード7.3、最大震度7の「本震」が発生したのであった。甚大な被害が出た。輸送網はいたる所で寸断された。米国在日米軍は4月16日に日本政府に対して、普天間飛行場の垂直離着陸ができる輸送機MV22オスプレイによる物資の輸送支援を申し出ていた。ところが安倍首相は「直ちに米軍の支援が必要だという状況ではない」と断ったのである。私は4月16日のラジオニュースで首相のコメントを聴いた。安倍首相は4月17日の朝の段階でも「必要ない」との立場であったが、その2時間半後に、一転して申し出を受け入れた(4月18日付読売新聞)。

 安倍首相がもし保守派であれば、このような「断り」はありえない。彼の「本当の思想」(反日反米共産主義)の現れであった。保守派は安倍首相を強く糾弾しなくてはならないのに、被災民支援の観点からもそうしなくてはならないのに、批判の声は聞えてこない。在日米軍は4月18日から南阿蘇村などに飲料水、食料、毛布、簡易トイレなどをピストン輸送して、支援物資計約36トンを届け、4月24日に輸送支援を終了した。

 日本国民は「〈法〉の支配」の思想を知らない。それと対立する「法治主義」しか知らない。だから日本国民は政府や党や政治団体等から自立した政治主体を形成できない。そのため日本には政府を厳しく批判する自立した保守系新聞も存在しない。日本国民は最高権力者(安倍首相)に対して極めて従順なのだ。それはほとんど「奴隷」のような在り方である。これでは科学的に思考していくことや、正しいことは自分一人であっても主張していくことは到底不可能だ。しかし私たちはそのような自分や知人の在り方を自覚し、自己と戦い、自らを変革していくしかないのだ。一人一人の戦いが求められている。

 2016年4月25日脱

大森勝久

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