政府は国民を騙してきたー日本は本来の憲法9条によって米国と同等に軍隊を運用できる/大事なのは個別的自衛権ではなく、米国と集団で日本を防衛する集団的自衛権の方である

●日本は本来の憲法9条2項(「芦田修正論」)により自衛の軍隊を保持できる/「憲法9条2項改正」の主張は反日的誤りである

 「日本は憲法9条2項によって軍隊の保持を禁止されている。自衛隊は軍隊ではなく実力組織である」という真っ赤な嘘を政府が言い、国民も信じ込んでいる日本は、文字通りの「異常国家」である。こうなっているのは保守派が極めて弱く、政府や「左の反日左翼」(ソ連・ロシア、中共、北朝鮮という独裁侵略国家の日本内部の尖兵である)等のプロパガンダ(嘘宣伝)に敗北してきたからだ。私たちは深刻に自己批判しなくてはならない。政治的姿勢で最も大切なことは、自己に対してこそ厳しく在ることである。だがこれがほとんど無い。保身を排し、誤っていたことに気付けば自己批判して改めて行く勇気を持つならば、私たちは前進していくことができる。科学の姿勢である。日本を守るために私たちはそうしなくてはならない。

 日本の安全と存立を守り抜いていくためには、日本は軍隊(国防軍)を保持しなければならない。国際法は、主権国家は軍隊によって固有の権利である自衛権(個別的・集団的自衛権)を行使するとしているからだ。軍隊を保持しなければ、国家は自衛権(個別的・集団的)を極めて制約された内容でしか行使できなくなるのだ。「必要最小限度の自衛権の行使」だ。

 だから「心ある保守派」は、誤って「憲法9条2項の改正(国防軍の保持)」を唱えてきた。保守派はこの主張や運動を保守派の証だと考えてきた。しかし保守派は、政府や反日左翼のプロパガンダに騙されてきたのだ。この主張・運動はまさしく反日的な誤ったものなのである。

 日本は1946年11月に成立した日本国憲法第9条2項によって、自衛のための軍隊を保持することができるのだ。芦田均氏が1946年8月初めに、憲法9条2項の条文案を修正したからである。条文案の冒頭に「前項の目的を達成するため」の文言を挿入した。この修正によって、日本は主権を回復した時(1952年4月28日)には、侵略以外の目的であれば軍隊を保持することができるようになったのである。そして憲法9条1項によって、日本は軍隊によって自衛権(個別的・集団的自衛権)を米国のように完全に行使できるし(自衛戦争である)、また国際社会の平和と安全のために、国連安保理決議に基づく集団安全保障措置の軍事制裁の戦闘行為を行うことができるのである。それは国連加盟国の義務である。もちろん日本は軍隊を用いてPKO活動を十全に実行できる。これが「芦田修正論」といわれる憲法9条1項2項の解釈である。

 「芦田修正」によって憲法9条1項2項は、軍事に関する国際法に完全に合致するものになった。GHQも1946年8月にこれを承認し、在ワシントンの連合国極東委員会(11か国)も同年9月に承認している。その憲法9条(1項2項)が同年11月に成立し、翌1947年5月に施行されたのである。

 平和条約の締結(1951年9月8日、サンフランシスコ市)とその発効(1952年4月28日)、つまり日本の主権回復が迫ってきた1951年1月、米国特使のジョン・フォスター・ダレス氏が訪日して吉田首相に、「日本は1954年3月までに32万5000人から34万人の兵力の陸軍を創建してほしい」と要請している。日本は主権を回復すれば、憲法9条2項によってすぐに自衛のための軍隊を創建(再建)できるからである。念のために言い添えるが、ダレス氏は「憲法9条2項を改正して自衛の軍隊を保持できるようにして、34万人の陸軍を創ってほしい」と言ったのではない。時間関係を見てみれば明白だ。ダレス氏のこの要請によって、アメリカが日本は憲法9条により軍隊を再建でき自衛権を十全に行使できると認識していることが、鮮明になる。

 連合国45か国がそのように考えていることは、1951年9月8日サンフランシスコ市で調印された連合国と「日本国との平和条約」でも明らかである。その第5条の(c)は「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する」となっているのである。「個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することを承認する」とあるが、これは日本は憲法9条2項によって自衛のための軍隊をすぐに保持できるから、憲法9条1項によってこの権利を制約されることなく完全に行使できるからである。行使できなかったら、あるいは大きく制約された形でしか行使できなかったら、それは軍隊を保持できない時であるが、「権利を有することを承認する」と「条約」に書かれることはない。

 「集団的安全保障取極を締結できることを承認する」とは、日本は集団的自衛権を行使して米英同盟やNATOのような「集団的安全保障条約」=「相互防衛条約」を締結して運用できるの意味である。日本は米国と集団で自衛権を行使するから「必要最小限度」の自衛権の行使でないのは明らかだ。つまり日本は軍隊を保持できるということだ。これを受けて同日の1951年9月8日にサンフランシスコ市で、「日本国とアメリカ合衆国との安全保障条約」(いわゆる旧日米安保条約)が調印されている。右条約が「相互防衛条約」の内容になっていないのは、まだその時点では日本は軍隊を創建できていないためである。自衛隊(軍隊)の創建は1954年7月であった。

 日本が軍隊(自衛隊)を創建した時には、日米安保条約は改定されて、日本が武力攻撃を受けたら日本とアメリカで集団で日本を防衛し、アメリカが武力攻撃を受けたらアメリカと日本で集団でアメリカを防衛するという条約になるということだ。これが「集団的安全保障取極」の集団的安全保障条約=相互防衛条約である。

 だが日本政府は、この本来の憲法9条1項2項解釈(「芦田修正論」)を否定する「反日的憲法9条2項解釈」を述べるようになる。1952年11月の吉田内閣の「統一見解」(閣議決定)がそれであり、「憲法9条2項は、侵略目的であろうと自衛目的であろうと軍隊の保持を禁じたものである」という解釈である。歴代内閣はこの「統一見解」を継承していった。吉田内閣の「統一見解」はまさしく政府による反日犯罪である。

 日本共産党と日本社会党またその支配下にある憲法学者と新聞などのマスメディアは当然のことながら、「憲法9条2項は軍隊の保持を禁止している。憲法9条1項は戦争や武力行使を禁止している。憲法9条を守れ!平和憲法を守れ!」と大々的にプロパガンダ(嘘宣伝)してきた。彼らは「左の反日左翼」であり、つまりソ連や中共(中国のこと)や北朝鮮の尖兵であり、日本国内の侵略勢力である。このプロパガンダの狙いは、日本を武装解除してソ連、中共が日本を侵略占領して共産化するためである。保守派はこの事実を認識できない。

 反米民族派は「アメリカは憲法9条2項を日本に押しつけて日本が軍隊を持てないようにした!」とプロパガンダして、反米を煽った。彼らは大東亜戦争(1937年から1945年)を支持する勢力で、「右の反日左翼」である。反米民族派とは、戦前昭和期の「反日左翼国家日本」の軍・政・マスメディア・民間団体を支配した「国家社会主義勢力」が正体をカムフラージュしたものである。戦前の国家社会主義勢力とは、明治憲法を否定する反自由主義政治、反資本主義の全体主義の革命(革新)勢力であり、米英が主導する自由主義の国際法秩序を否定破壊する反米英の侵略主義勢力であり、祖国日本に反逆した大東亜戦争(革命戦争)を実行した勢力である。

 日本共産党や日本社会党は戦前は、スターリンの指示に基づいて偽装転向してこの国家社会主義者を装い、政・軍・マスメディア・民間団体に潜入して、アジアの共産化のために反日の大東亜戦争を主導した勢力である。中共も北朝鮮も大東亜戦争が生み出したものなのである。日本共産党や日本社会党は戦前の歴史を完全に捏造してきた。

 保守派はこういう戦前の「真実の歴史」も認識していない。保守派とは、「法の支配(国際法の支配を含む)」を守る自由主義勢力であり、だから親米英である。反米民族派は「反米保守」などと自称するがデタラメである。反米民族派は保守派を反米派に改造するために、この用語を使用している。

 吉田首相は保守派であるが、左の反日左翼と右の反日左翼(反米民族派)のプロパガンダ戦に敗北して、先の「統一見解」を出したことになる。保守派こそが「芦田修正論」を守り抜かなくてはならないのだが、「法の支配」の思想が欠如していて、そのために政府・党・組織から自立できておらず、集団主義と権威主義に毒されているために、吉田内閣の統一見解を是としてしまい支持していったのである。また左と右の反日左翼の思想闘争にも負けて、そうしていったのである。こうして保守派は、「憲法9条2項改正、国防軍保持」を唱えていくようになった。

 国際社会は、日本の憲法9条を「芦田修正論」の内容として正しく認識してきた。1954年7月に創建された自衛隊も軍隊だと正しく認識してきた(日本政府も国連に対しては自衛隊を国防軍だと説明した。軍隊を保持しなければ国連加盟は認められないからだ)。当事者の日本と日本国民だけが、「反日的な憲法9条1項2項解釈」と「反日的な自衛隊解釈(軍隊ではなく実力組織である)」を続けているのである。日本はまさしく「異常国家」である。

 だがこれまでの政府の「憲法9条解釈と自衛隊解釈」(閣議決定)は、国際法に合致する「本来の憲法9条1項2項解釈(「芦田修正論」)や「日本との平和条約」や国際法に違反しているから、憲法98条の規定により無効なのだ。憲法98条1項「この憲法は国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全体又は一部は、その効力を有しない」。憲法98条2項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」。これが「法の支配」である。私たちはこのことを認識しなくてはならない。「法の支配」を破る政府は糾弾されねばならない存在なのである。

 正しい内閣が「従来の憲法9条1項2項解釈は本来の憲法9条1項2項解釈(「芦田修正論」)に違反しており憲法98条により無効である。自衛隊は軍隊である」と閣議決定すれば、すぐに解決する。「憲法9条2項改正」の主張とは、主観はどうであれ、軍隊の保持を認める本来の憲法9条を否定する反日主張であり、反日犯罪である。一週間でできる上の「閣議決定」をさせない反日主張であって、客観的には永遠に日本を国防不全の国のままにする反日犯罪なのである。これまで「憲法9条2項改正」を主張してきた人は、深く自己批判して改めなくてはならない。誰でも間違いを犯すことはある。そのことに気がついたら直すことである。

●「法の支配」を否定する「法治主義」は「人の支配」であり、非文明国家の在り方である

 「法(国際法を含む)の支配」の「法」とは「正しい法」のことであり、「永遠の真理・正義」のことである。「法」は政府と国民の上にあって両者を支配するものだ。政府は法に支配されて、外交・軍事、内政を行う法的義務を負っている。「法の支配」を歪めたり否定する政府は、法を守らねばならない国民によって批判され糾弾されるのだ。意識的に「法の支配」を否定破壊する政府は「悪の政府」であるから(反日左翼の政府がこれだ)、国民は「悪の政府」を打倒する法的義務を負っている。「法の支配」の思想を獲得するならば、国民は政府・党・様々な組織から自立した批判精神を備えた政治主体に成長していくことができる. 立派な国家が形成されていく。しかし日本国民はこれを完全に欠落させているのだ。

 日本で「法の支配」と言われているものは上述のものでは全くない。「法治主義」のことをそのように言っているのである。「法治主義」は「法の支配」を否定するものである。日本の政治教育は根本から誤っている。

 「法治主義」とは政府(行政府・立法府)を「最上位の存在」だとして、政府が決定した政策・法律・命令等を「正しい」とする立場である。本来の憲法9条1項2項(「芦田修論」)は国際法に合致するもので「正しい法」であるが、日本政府は「反日的な解釈」をしてそれを憲法9条1項2項だとしてきたのである。つまり「法治主義」は「正しい法」を否定したり歪曲して、その「悪の法」「間違った法」等を「正当な法」だとしてしまう政治的な立場なのである。「法の支配」の否定だ。最上位の存在の政府が何が正しいか正しくないかを決定するから、「法治主義」とは「人の支配」である。非文明国家の在り方である。「法治主義」を正しいと洗脳されている日本国民は、政府に従順な国民になるしかない。日本国民は「悪の政府」や「誤った政府」でも批判、糾弾することができない奴隷的な国民になってしまっているのである。このとき、真理、正義、科学は否定される。

 日本政府の「憲法9条1項2項解釈」は、国際法に合致する本来の憲法9条1項2項の否定であり、憲法98条によって無効である。あなたは「法の支配」を守り、政府を批判・糾弾して、日本の安全と存立を守り抜ける本来の憲法9条1項2項を守るのか。この場合は正しい内閣をつくれば一週間で解決できる。それとも、憲法を否定して「人の支配」を行う日本政府を支持するのか。「憲法9条2項改正」の主張とは、後者の立場であり反日犯罪なのである。

●軍事に関する国際法は国内法(憲法を含む)に優位する(上位の法である)ー同盟国・友好国と集団で防衛する集団的自衛権について

 (1)国際社会の様々な問題は国際法によって律せられる。各主権国家がバラバラの国内法を持ち出して処理しようとしたら、統一ルールがないから無秩序になってしまう。国際社会の軍事に関することも言うまでもなく国際法によって律せられる(支配される)。従って軍事に関する国内法(憲法条項も)を定めたり閣議決定等をする時は、国際法に合致する内容にしなくてはならない。国際法が国内法に優位しているからだ。日本国憲法も98条2項で、「日本国が締結した条約及び確立した国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めている。軍事に関する国際法(国際慣習法を含む)に反する国内法は、憲法98条2項と98条1項「この憲法は国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全体又は一部は、その効力を有しない」によって無効なのである。これが「法の支配」だ。閣議決定は「国務に関するその他の行為」である。現行の憲法9条解釈と自衛隊解釈は国際法に反しているから無効である。

 既に述べたように、芦田均氏は憲法9条2項を修正して、憲法9条1項2項を国際法に合致するものにしたのであった。日本は憲法9条1項2項によって、米国がしているのと法的に同等に軍隊を自衛のために(個別的又は集団的)、また国際社会の平和と安全のために(国連の安保理決議による多国籍軍による軍事行動、その戦闘行為やPKO活動)運用できるのである。反日左翼の安倍首相らを打倒して、正しい内閣が前述した「閣議決定」を行えば、すぐに解決できることである。この問題は既に書いた。別の問題に移ろう。集団的自衛権についてである。

 (2)「日本が武力攻撃を受けたとき(日本有事)、日本は個別的自衛権を行使して日本を防衛するために戦い、アメリカは日米安全保障条約5条により集団的自衛権を行使して日本を防衛するために戦う。日米が共同して戦う」。日本政府はこのように言ってきた。学者たちもそのように言ってきた。私も8月3日脱の論考までそのように思い込んできた。しかしこれは完全な誤りなのである。日本政府は国際法を否定して国民を騙してきたのだ。学者も政府に迎合してきた。日本は「集団的自衛権を行使してアメリカと集団で日本防衛戦争を戦う」のである。これが、日本が武力攻撃を受けた時の日米安全保障条約5条に基づく日米両国の行動の国際法的意味である。

 日本が「個別的自衛権を行使して日本防衛戦争を戦う」ということは、他国(米国)の力を借りることなく日本独力で防衛戦争を戦うという意味である。国際法で言う「個別的自衛権の行使」はそういうことだ。そんな選択をしたのならば、日本はソ連やロシア、中共の武力攻撃(侵略)から国を守ることはできない。北朝鮮の武力攻撃からも国を守ることはできない。日本は「日米安全保障条約」によってアメリカと集団で防衛することになっているから、これら3国の日本武力攻撃を抑止できてきたのである。日本は半世紀以上前から、正確には63年前から集団的自衛権を行使してきているのだ。集団的自衛権の行使には様々なレベルがある。実際の武力行使だけが集団的自衛権の行使ではない。

 私はこれまでは、日本に対する武力攻撃と戦うのが日本の個別的自衛権の行使で、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃を、自国に対する攻撃とみなして他国を防衛するために戦うのが集団的自衛権の行使だと思い込んできた。私は間違っていた。深く反省して改める。とんでもなく誤った主張をしてきてしまったことを読者の方にはお詫びしたい。

 日本の個別的自衛権は、武力攻撃があった時に日本を独力で守り戦う権利である。日本に武力攻撃があった時に集団で守り戦う権利が日本の集団的自衛権である。また日本と密接な関係にある他国(米国や台湾や韓国やフィリピンや豪州やNATO諸国など)へ武力攻撃があった時に、日本が攻撃されたとみなして集団で他国を守るために戦う権利も日本の集団的自衛権である。

 今日の世界において、自国への武力攻撃(侵略)を1国のみで(つまり個別的自衛権で)防衛できる自由主義国は存在しない。アメリカだってそうである。だから大事なのは個別的自衛権ではなく、集団的自衛権なのである。「日本国との平和条約」にもうたわれている「集団的安全保障取極」(集団的安全保障条約。集団で安全を保障する。相互防衛条約とも言われる)を締結することが、各国にとって最も重要になってくるのである。

 「安保法制懇・報告書」(2014年5月15日)から引用しよう。「国家は他の信頼できる国家と連携し、助け合うことによって、よりよく安全を守り得るのである。集団的自衛権の行使を可能とすることは、他の信頼できる国家との関係を強固にし、抑止力を高めることによって紛争の可能性を未然に減らすものである。また、仮に一国が個別的自衛権だけで安全を守ろうとすれば、巨大な軍事力を持たざるを得ず、大規模な軍拡競争を招来する可能性がある。・・・一国のみで自国を守ろうとすることは、国際社会の現実に鑑みればむしろ危険な孤立主義にほかならない。」「中小国は自己に対する攻撃を独力で排除することだけを念頭に置いていたら自衛は全うできないのであって、自国が攻撃された場合のみならず、他国が攻撃された場合にも同様にあたかも自国が攻撃されているとみなして、集団で自衛権が行使できることになっているのである」。

 後の引用はやや分かりづらいかもしれないので補足しておこう。中小国は個別的自衛権で独力で武力攻撃を排除することだけを念頭においていたら、自衛することはできない。だから信頼できる大国と集団的安全保障条約を結んで、大国と集団で自衛権(集団的自衛権)を行使できることになっているのであるということである。

 日本はアメリカと集団で日本国を守る。これは日本の集団的自衛権である。またアメリカの集団的自衛権でもある。政府は国際法を否定して国民を騙してきたのだ。日米安保条約の法的意味(つまり集団的自衛権の行使)を歪曲し否定してきたのである。アメリカをも騙してきた。

 日本政府がこうした嘘をつき国民を騙すのは、軍隊の保持を認める本来の憲法9条を否定して反日的に解釈して、「日本は軍隊を保持できない」としているためである。軍隊を保持できないときは、自衛権は「必要最小限度」の行使(武力の行使)しかできないからだ。だから日本政府は、「日本有事のときも日本は個別的自衛権を必要最小限度に行使して戦う。アメリカは勝手に集団的自衛権を行使して戦うだけだ」と弁解する。だが日米は共同の戦略戦術の下で自衛戦争を戦うのであり、この弁解は粉砕されている。つまり日米安保条約の下で、日本は「アメリカと集団で自衛権を行使する」のであり、その自衛権の行使の程度は「必要最小限度」を超えるのは明らかだ。アメリカは世界最大の軍事力を持つからだ。だから日本への武力侵略は今日まで抑止されてきたのである。

 私は何を言いたいかというと、1952年4月の主権回復以降の日本は「集団的安全保障条約」の「日米安保条約」の下で、軍隊を保持してアメリカと集団で自衛権を行使して日本の安全と存立を守ってきているのであるということである。これが現実であり、この現実によって「歴代内閣の反日的憲法9条1項2項解釈」は完璧に否定されているということである。

 私はこれまでの私自身の主張と用語があるため、本論考でも「自衛権(個別的・集団的)」という表現をしてきた。しかしながら諸外国では単に「自衛権」と表現して、「個別的自衛権」「集団的自衛権」の用語を用いていない。それは自衛権といえば両者を含むものだし、現実的には「集団的安全保障条約」を締結していて集団的自衛権のことであるからだ。日本の場合も然りである。政府が嘘をつき国民を騙して「日本有事のときは個別的自衛権の行使だ」プロパガンダ(嘘宣伝)してきたにすぎない。私は特に必要がないかぎり、今後は単に「自衛権」と表現していくことにする。

 (3)「日本国との平和条約」の「集団的安全保障取極を締結できる」により、日本とアメリカは1951年9月8日に集団的安全保障条約の「(旧)日米安全保障条約」を結んだ。日本はまだ軍隊を創建できていないため、旧日米安全保障条約の内容は、米国が軍隊を日本国内およびその付近に配備して、日本に対する武力攻撃から日本を守り、また極東における国際平和と安全を維持することに用いるというものであり(第1条)、米国に対する武力攻撃は米国と日本で集団で防衛するという条項はなかった。

 「相互防衛」の内容になっていないのは、日本がまだ軍隊を創建できないためであるにすぎず、軍隊を創建すれば条約は改定されて、相互防衛の内容の集団的安全保障条約(「新日米安全保障条約」)になるものであった。

 ところが1952年11月に吉田内閣は「統一見解」を出して、日本は軍隊を保持できないとしたのだ。だから自衛権は必要最小限度でしか行使できないとなり、1954年7月に自衛隊は創建されたが軍隊ではなく実力組織だとされて、日本政府は上述の相互防衛の新日米安全保障条約への改定を拒んだのである。岸信介元首相である。新日米安全保障条約は1960年1月19日にワシントンで調印されて、1960年6月23日に発効した。日本政府は同盟国アメリカを騙した。裏切ったのである。

 この日本政府の行動は本来の憲法9条、「日本国との平和条約」、「日米安全保障条約」(1951年9月)を否定するものであり、「法の支配」を否定するものである。法を歪曲したり否定する「法治主義」の行動である。「法治主義」とは人が法(正しい法)を歪曲したり否定するから、「人の支配」(人治)である。国際条約を否定する国は信頼されない。

 現在の「日米安全保障条約」(1960年1月)の第5条は、「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」である。これは「日本国の施政の下にある領域における」という限定付きではあるが、集団的安全保障条約である。だから日本政府が説明してきた、安倍政権もそうだが、「日本は日本が武力攻撃されたら個別的自衛権を行使して戦う」というのは真っ赤な嘘なのだ。日本は米国と集団で日本を防衛する。日米は集団で自衛権を行使するのだ。日本は集団的自衛権を行使するというのが5条である。

 今の「日米安全保障条約」では、アメリカ本国が武力攻撃された場合や、公海とその上空で米艦艇船舶や航空機が武力攻撃された場合あるいは両国以外の他国領域において米国が武力攻撃された場合は除外されてしまっている。日本についても同様であるが。「片務性の条約」なのである。岸信介元首相の政府が、法の支配を否定して相互防衛条約に改定するのを拒んだためである。

 私たちは自己批判して、日本国家と日本民族の名誉のためにも現行日米安全保障条約を、正しい集団的安全保障条約(相互防衛条約)にするために、改正したいとアメリカ政府に申し入れなくてはならない。「各締約国は、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め・・・共通の危険に対処するように行動することを宣言する」となる。日米同盟は英米同盟のようにならなくてはならないのである。そして英米同盟は核同盟でもある(後述)。

 もちろんこれをするには、「安保法制懇・報告書」(2014年5月15日)が「あるべき憲法9条解釈」として、安倍首相に対して「芦田修正論」を擁護すべきだと提言したにもかかわらず、その日のうちに記者会見を開いて拒絶した露・中・北朝鮮の尖兵の反日共産主義者の安倍首相とその仲間を打倒して、「法の支配」を守る正しい内閣を創出することが大前提になる。

 正しい内閣は「非核3原則」も直ちに破棄して、アメリカから十分な数の中距離核ミサイル(核トマホーク)を緊急輸入して配備していかなくてはならない。9月30日脱の文でも書いたが、日本とアメリカは共同で「東アジア戦域限定核戦争態勢」を構築して、核を保有するロシア、中共、北朝鮮を封じ込めていかなくてはならない。日本はこのような日米共同の戦略を構築しなければ、核大国軍事大国のロシアと中共の対日軍事侵略を抑止できない状況になっている。もちろん日本は通常弾頭のトマホークも大量に輸入して配備していく。

 安倍首相は「非核3原則」を支持し核兵器廃絶を主張する反日共産主義者である。安倍首相は敵基地を攻撃できる兵器(トマホーク等)の保持に反対し、もちろん「敵基地攻撃は想定しない」(国会答弁)と言う反日共産主義者である。また、軍事費の飛躍的増額に強く反対する反日共産主義者である。敵国に軍事的脅威を与える軍事戦略を持ち、そのための十分な軍事力を配備することで、軍事侵略は初めて抑止できるのである。安倍首相は侵略国家中共・ロシア・北朝鮮の尖兵である。

 安倍首相が反日共産主義者である証拠をつけ加えておこう。2015年5月27日の衆院安保法制特別委員会の答弁において安倍首相は、旧日米安全保障条約について、「(米国の)日本防衛義務はその中には書かれていないわけでございます」と事実に反する嘘を述べた。そして祖父の岸元首相が締結した現行の日米安全保障条約については、「日本が決断すれば、相手に通告すればこの条約は破棄することができるようになるということでございまして」と答弁して、条約破棄を容認している(特別委員会議録第三号の七頁)。日本共産党の主張と同じである。

 (4)集団的自衛権の行使には様々なレベルがある。「武力行使(戦闘行為)」だけがその行使ではない。日米安全保障条約を締結したのも集団的自衛権の行使である。米軍に基地を提供し、また様々な物資を提供したり役務(輸送とか)を提供することも、集団的自衛権の行使である。国際法(国際慣習法)はこれを「兵站(活動)」と呼ぶ。日本では「後方支援(活動)」と言っている。

 1960年代から70年代前半にかけてベトナム戦争が戦われた。北ベトナム(共産国)とその尖兵の「南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)」が自由主義国の南ベトナムへ軍事侵略したため、米国は集団的自衛権を行使して南ベトナムと集団で自衛戦争を戦った。ソ連と中共が北ベトナムを軍事支援した。

 日本は日本国内において、米軍に基地を提供し物資・役務を提供して兵站(活動)を担った。この日本の兵站活動(後方支援活動)は国際法では「米軍の武力行使と一体不可分の軍事行動」なのである。在日米軍基地から北ベトナムへの空爆もなされた。日本政府は当時も現在も、「日本が行う後方支援活動は、現に戦闘行為が行われていなく、実施期間を通じて行われないと見込まれる実施区域で行うものであるから、『他国軍の武力行使(戦闘行為)と一体化しないものだ』と説明する。しかしこれは日本でしか通用しない独善的見解であり、国際法に違反する見解である。軍事行動(戦争行動)は「戦闘行為(武力行使)と兵站活動」から成る。後者も武力行使と一体不可分の軍事行動なのである。だから当時の日本は、集団的自衛権を行使して米国・南ベトナムとともに集団で自衛戦争の不可欠の一部を戦ったのである。これが国際法と国際社会の認識である。だからもし北ベトナムが長距離爆撃機を持っていれば、東京等を空爆しようとしたはずである。

 (5)日本は1999年に「周辺事態法」を制定した。今回改正されて「重要影響事態法」(2015年9月)に変わった。日本は「重要影響事態」においては武力行使(戦闘行為)をする米軍や豪州軍に対して自衛隊による「後方支援活動」(物資の提供や輸送など)を行う。現に戦闘行為が行われていなく、自衛隊が活動を行う期間を通じて戦闘行為がないと見込まれる実施区域(日本の領域、公海・公空、同意があれば外国領域)で行う。

 政府はこの後方支援活動を「他国軍の武力行使と一体化しない活動だ」と説明し、法律もそうなっている。もちろん国際法に反している。この活動は国際法では、「米軍等の武力行使と一体不可分の軍事行動」である。国際法では、日本も集団的自衛権を行使して米国等と集団で自衛戦争(の兵站)を戦うと認識される。これが国際社会のとらえ方である。だからこの事態での自衛隊の出動は、集団的自衛権行使の「防衛出動」だ。武力行使そのものではないが、他国軍の武力行使と一体不可分の軍事行動であるから、これも武力行使に含まれるからである。日本は「防衛出動」の規定を「武力行使と兵站(後方支援活動)」に変更しなければならない。

 同法律は、後方支援活動を実施している場所やその近傍において戦闘行為が行われるに至った場合や、戦闘行為が行われることが予測される場合、また自衛隊部隊の安全を確保するため必要と認める場合には、その活動を一時休止しまた避難するなどして危険を回避しなければならないと命じている。つまり命を賭して戦っている米軍等を置いて逃走することを自衛隊に命じている。「敵前逃亡」は他国軍においては重罪である。こんな戦わない逃げ腰の自衛隊は誰からも信頼されない。日本は信頼されない。日米同盟が破壊されていくことになる。これも安倍首相(反日共産主義者)の狙いのひとつである。この点は、国連安保理決議に基づき軍事制裁を行う多国籍軍への自衛隊の後方支援活動(「国際平和共同対処事態」への自衛隊の対処活動。「国際平和支援法」)についても全く同じことが言える。

 (6)国際社会における軍事に関することは国際法が支配する。「法の支配」(国際法の支配)の思想がない日本の軍事関係の法律は、国際法から見たら違反ばかりのデタラメな内容である。「法の支配」とはいわば「神の法の支配」であり必ず守らなくてはならないものなのだが、日本では「人の支配」となり国際法を無視する。国際法を歪めるのだ。そしてそれを「法治主義」と言うのである。日本は侵略国家のロシアや中共や北朝鮮とは対極にあるものの、国際法の支配を守らない点では共通している。国際法を守らない国は国際社会において信頼されない。

 日本の軍事関係の法律は、政府の反日的憲法9条(1項2項)解釈と自衛隊解釈を含めて、国際法に違反しているから憲法98条2項と1項によって無効である。私たちは国際法に合致するように法律を改正していかなくてはならない。そのためには、ロシア・中共・北朝鮮の尖兵の反日共産主義者の安倍首相とその仲間(谷内正太郎国家安全保障局長・元外務次官もロシア・中共の尖兵の反日共産主義者である)を直ちに打倒して、「法の支配」を守る正しい政府を創り出していかなくてはならない。これを実現しなければ、日本は核大国軍事大国のロシア・中共そして軍事強国の北朝鮮(核兵器も持つ)の軍事侵略から祖国の安全と存立を守り抜くことはできないのである。また国際社会から信頼される国にもなれない。そのためには、侵略国家の尖兵の国内の侵略勢力である違憲存在の反日左翼と、正面から対決して解体していく戦いが不可欠である。また反日の大東亜戦争を支持する反米民族派(右の反日左翼)とも、正面から対決して解体していく戦いが不可欠である。

 2015年10月17日脱

大森勝久

(最初のページに戻る)