ロシアや中国等全体主義国に対する第二次 冷戦を開始すべし(2006.4.8)

3、ロシアの対日核戦力は中国の十倍以上

大森勝久

(1)ロシアと通謀するロシア専門家とマスメディアが作る「ロシア神話」

 多くの人に中川八洋教授の主張を知ってもらいたいので、氏の『国民の憲法改正』(ビジネス社2004年7月刊)から引用したい。

 「日本におけるロシア専門の大学教員の九割は、ロシアの“意識した情報工作員”であるので、決して、1990年代以降のロシアの大軍拡を語ることがな い。が、たとえば、ロシアの新型核兵器開発のペースは、ソ連時代と変わらず、日本の自衛隊に比すれば、巨大かつ加速的である。新型のICBMのSS−27 を1997年には配備開始したし、すでに数十基を生産した。航空機もSu−35(スホーイ)など新型開発に余念がないし、とくに巡航ミサイルには資源をか なり投入している。

 つまり、ロシアは日本に対する核攻撃態勢を重点的に充実してきている。ロシアが爆撃機バックファイアのほとんどを極東に移駐させたのは、それによる対日 核攻撃をするためである。現在バックファイア137機を日本に向け発進できる。それぞれ3基の核巡航ミサイルAS−4を搭載できるので、これだけで400 ケ以上の水爆を日本に投下できる。

 対日攻撃を任務とする太平洋艦隊のスラバ級巡洋艦1隻は、350キロトンの水爆をつけた核巡航ミサイルSS−N−12を16基装備しているが、これだけ でヒロシマ原爆の500倍の破壊力で日本を襲うことになる。しかし、日本には、先の空中発射巡航ミサイルAS−4や海上発射巡航ミサイルSS−N−12を 撃墜出来る兵器は何一つとしてない。米国からMD(弾道ミサイル防御)−スタンダード・ミサイルやパトリオットPAC3など−の導入で北朝鮮のノドン弾道 ミサイルには対処出来ても、MDはロシアの巡航ミサイルには全くの無力である。

 日本は英国のように、米国からの“核の傘”には依存し続けるが、これに加えて独自の核をもつ必要がある。そうしないかぎり、日本の命運は危ういからであ る。ロシアは日本に対して現在、1000から3000発の核を投下する態勢にある。

 同様に、中共も、図に示すごとく、約100基ほどの水爆搭載ミサイルを日本に投下すべく照準をあわせている。日本は核武装を含め、可能な限りの軍事力の 強化をしない限り日本の独立と安全はもはや保障され得ない」(100、101頁)。

 以下、中川教授の『日本核武装の選択』から要点を紹介していきたい。

 日本に侵略中のロシア(北方領土の占領)の脅威の中で、最も脅威であるのは核兵器である。いつでも1000個以上の水爆を日本全国に同時投下する態勢に あるからである。新生ロシアへの衣替えがあった1991年をもって、日本は核脅威についてはすっかり忘却した。日本人でロシアの核脅威を議論する者は今で は一人もいない。ソ連は赤いジャケットを脱いで白いジャケットのロシアに変わったが、ジャケットの色を変えても、それを着ている人間は変わらない。ロシア 人が侵略とウォッカだけが唯一の楽しみということには変わりはない。外交については、ロシアの伝統的なそれとマルクス・レーニン主義は同じで何も変わって いない(110頁)。

 ヨーロッパでの冷戦構造の崩壊は、在欧のロシア(ソ連)の巨大な軍事力を600km東へ大後退させることになった。しかし、東アジアではロシア軍が沿海 州や樺太あるいは択捉島から撤兵したわけではない。日本人は日本海やオホーツク海からロシアの海軍力が一掃されたと思い違いをしたのであるが、ウラジオス トックの太平洋艦隊はそのまま健在である。日本の海上自衛隊に比すれば、今でも100倍以上の戦力を保持している(111、112頁)。

 東アジアではこのように軍事態勢が変化しなかったことに加えて、共産国もすべて変化がなかった。東アジアでは冷戦時代のままに21世紀に入った。朝露友 好善隣協力条約(2000年2月)、中露善隣友好協力条約(2002年2月)も、「ソ連−中共−北朝鮮」3カ国同盟という冷戦構造を、冷戦後も実体として 維持・継続するものである。相違は、「ソ連」という名前が「ロシア」になっただけである(112、113頁)。

 日本では、ロシアは米国との冷戦の終結によって自ら核超大国の道を捨てたとか、ロシアは経済が極めて困難だから将来に向けての巨大な核兵器体系の開発と 保有などする余裕がないといった「ロシア神話」が横行する。これは日本のマスメディアの悪質で意図的な情報操作の成果である。日本の「ロシア専門家」のほ とんどはロシアに通謀している。だからロシアの現実については口をつぐみ一文字も決して書かない。日本のマスメディアとロシア専門家がぐるになった、10 年以上の情報操作の成果がこれである。ロシアは、巨額な開発費を要するSS−27という新型ICBMをポスト冷戦の時代に入って開発し実戦配備したが、日 本のマスメディアでは報道されなかったし、ロシア専門家で指摘したものも一人もいない。ロシア専門家の9割は、ロシアSVTR(連邦中央情報庁。旧KGB 第一総局の後継機関)の正式工作員である(113、114、116頁)。

 1989年頃から5年間のみ、ロシアには若干の経済混乱があったが、破綻と目されるような事態は何一つ生じなかった。「食料危機」もすべて偽情報であっ た。経済が破綻していたら、巨費を喰う宇宙ステーション「ミール」の実験はしていない。オリンピックでもロシアは日本が足下にも及ばぬほど金をとりまく る。財政状況は日本よりはるかに良い(118頁)。

(2)ロシアの対日核攻撃戦力−1000発以上の水爆

 量的には米国をはるかに凌駕する戦略核兵器を持つロシアは、中距離核兵器や短距離核兵器の量についても世界最大を誇っている。米国の核の傘を失なえば、 日本の対ロ属国化は不可避である。ロシアの対日核攻撃は、航空機からの核巡航ミサイル(ALCM)と、潜水艦、水上艦艇からの核巡航ミサイル(SLCM) の二種類の核兵器が主力である。日本にとって最も脅威であるのは、バックファイア爆撃機のALCMのAS−4(200キロトン、長崎型原爆の10倍の威 力、射程300km)である。1機で3発も撃ち込める。300km遠方から発射する。ロシアは有事には日本に対してバックファイアを100機程度(300 の水爆、長崎原爆3000発の威力)は投入すると考えておいた方がよい(122、123頁)。

 潜水艦発射巡航ミサイルで日本にとっての最大の脅威は、オスカー2級原潜とアクラ級原潜で、日本の近海に各4隻が展開している。オスカー級は1隻につ き威力500キロトンの巡航ミサイルSS−N−19が24基も積まれているから、一斉に日本を攻撃するとすれば、96個の500キロトン水爆(長崎型原爆 2400発の威力)が日本の都市等に投下される。射程は500kmもあるから、ロシアの制空権下で、かつロシアの原潜が手ぐすねひいて待っている沿海州の 沿 岸近くの海域から発射されるので、日本の海自の艦艇や対潜哨戒機で追尾して撃沈することは無理である。またアクラ級原潜がある以上、日本国内の海自の艦艇 はすべてSS−N−15/16の核でひとたまりもなく蒸発する。しかし防衛庁ですら、このオスカー2やアクラ級原潜をどう撃沈するかの検討をしたこともな い。日本は国家として生存の意志を喪失している(124頁)。

 対日核攻撃には、戦略爆撃機は機数は僅かでも必ず使用される。ベアH16が七機(AS−15A巡航ミサイルが112基)、ブラックジャックが2機(AS −15B巡航ミサイルが24基)が使用されるとすれば、合計136基である。威力が長崎型原発の10倍のものが136個、最初の発射で日本に落とされる。 Aは射程 2500km、Bは3000kmもあるから旧黒龍江省の東シベリア上空から発射される。AS−15が発射される前にベア等を撃墜すべきだが、東シベリア上 空では、自衛隊の航空機は指をくわえて見ているだけである(120頁)。日本は、空中給油機を用いて東シベリア上空奥深くまで侵攻できるステルス戦闘機を 急いで配備しなくてはならない(122頁)。

 ICBMの一部も日本攻撃用にも使用される。それはSS−25(550キロトン)とSS−27(550キロトン)である(115、116頁)。日本に投 下するロシアの核ミサイルや核爆弾は、核対潜ロケット、核魚雷、核爆雷を除いても、少なくとも1000個以上になる。ノドンに積まれる北朝鮮の核弾頭数が せぜい5個前後 (しかも水爆ではない)という数字からすれば、その200倍である。それなのに、なぜ日本人はロシアの対日核攻撃能力をすっかり忘却したのだろうか (124、125頁)。

 シベリア軍管区と極東軍管区が平時に管轄しているバックファイアを除く航空機は535機である。このうち核爆弾搭載可能航空機(1機につき1個)は総計 470機であり、偵察任務のSU−24も有事にはこの任務に投入されるとすれば489機である。つまり、戦術航空機の初回出動だけでも約1000個の核爆 弾を日本に投下できる(126頁)。

(3)ロシアの外交・軍事政策はソ連と同じ

 ロシアには、米国発祥の抑止という軍事的概念が全くない。あれほどの量のロシアの核兵器は、敵を抑止するために開発し配備したのではない。ロシアにとっ て、核兵器はあくまでも使用する兵器である。戦争遂行のための一つの兵器にすぎず、「絶対兵器」などと米国人のように特別におののく兵器ではない。ソコロ フスキー元帥の『軍事戦略』でも「区別してはならない」と明記されている。ロシア人にとって通常兵器と核兵器の間の「敷居」は極めて低い(128頁)。

 ソ連の軍事ドクトリンは、マルクス・レーニン主義をはぎとられたから、そのままロシアの軍事ドクトリンになるわけがないという説があるが、謬説である。 なぜなら、マルクス・レーニン主義は、ソ連国内の政治体制や経済体制を律する絶対的教義であったが、侵略を含む外交・軍事については、いっさい伝統的なロ シアのそれであった。レーニンもスターリンも、その外交・軍事に関しては、伝統的なツァーリ(ロシア)時代からの南下政策ともいわれる膨張主義のロシア固 有のやり方を何一つ変更しなかった。「ソ連の軍事ドクトリン=ロシアの軍事ドクトリン」である。「ソ連の外交術=ロシアの外交術」である(131、132 頁)。

 ロシア外交は、『孫子』に忠実に、自らの本心を隠蔽する。「能(強大)なるも不能を示し、用(勇猛)なるも不用を示し」である。だからロシアは「核戦争 遂行勝利
ドクトリン」を対外的に口に出すことはない。代りに「核戦争回避!」とか「核戦争防止!」とかの騙しのスローガンを声高に逆宣伝する。これによって、米国 や日本などの国策を油断に誘い、その間に、ロシアはせっせと「核戦力の絶対優位」をめざして核兵器生産に全力をあげ、核戦争勝利の準備を着々と進めるので ある(132頁)。

 そればかりかロシアは、仮想敵国内で主に共産主義者を使嗾して、「核の廃絶!」などの反核運動を展開させて、米国では核戦力の縮小(増強中止)、日本で は核武装の研究・検討の阻止を図ってきた。『孫子』の定義に従えば、まさしく反核運動こそ、戦争の中の戦争であろう。スターリンの子供の日本共産党により 1950年3月に反核運動が始まったが、それから50年以上、この反核運動に屈した日本は、「ロシアに戦わずして大敗北し続けた」のである(132、 133頁)。(2006年3月23日記)

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