「憲法9条2項改正」の主張は本来の憲法9条=「芦田修正論」を否定して国防不全の日本を維持するための謀略であるー安倍首相を批判する

 私たちは砂川判決の田中最高裁長官の正しい憲法9条解釈(「芦田修正論」と同じ。ただし「補足意見」である)に従うべきである/「憲法9条2項改正」の主張は「芦田修正論」を否定して国防不全の日本を維持する、反日左翼(安倍首相ら)が仕掛けた謀略である/「法の支配」がなく「お上」に従順な私たち日本国民の在り方を変革しなければどうにもならない

●私たち日本国民は最高裁砂川判決の田中耕太郎長官の正しい憲法9条解釈(補足意見)に従うべきである

 私は前回論考(2015年7月16日脱)の5節目で、最高裁砂川判決(1959年12月)を書いた田中耕太郎最高裁長官の「補足意見」の一部を抜粋し、長官の意見は「日本は個別的自衛権も集団的自衛権も全面的に行使して、国際の法秩序全体を守る義務を果さなくてはならないと主張しているものである」「これは本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」)と同じだ」「歴代内閣また安倍内閣の最高裁砂川判決の評価も、反日左翼の憲法学者とは異なるものの、やはり本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」)を完全に否定し、田中最高裁長官の補足意見も完全に否定するものである」と述べた。補足していきたい(前回論考も見ていただきたい)。

 田中最高裁長官は「一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち『他衛』、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。したがって自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。およそ国内問題として、各人が急迫不正の侵害に対し自他の権利を防衛することは、いわゆる『権利のための戦い』であり正義の要請といい得る。これは法秩序全体を守ることを意味する。このことは国際関係においても同様である」と主張したのである。

 各国の刑法は「正当防衛行為」を定めている。古くからの<法>である。日本の刑法も36条(正当防衛)で、「急迫不正の侵害に対して、自己また他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」と定めている。自分に対する急迫不正の侵害を防衛するのは当然であるが、他者(とりわけ親しい者や女性や子供や高齢者など弱い者)に対する急迫不正の侵害を防衛することも、等しく正当防衛行為なのである。田中長官が主張するように、急迫不正の侵害に際して各人が自己と他者との権利を守るために戦うことは、一国の法秩序全体を守ることを意味する。他者への侵害を放置するならば、法秩序全体が破壊されていき、侵害は多発していき、自分の権利も侵害されるようになっていくのだ。だから私たちは道義的に、他者に対する急迫不正の侵害を放置してはならないのである。

 このことは国際関係においても同様である。主権国家が持つ自衛権は、各国の刑法の正当防衛行為の考えから生まれているものであるからだ。国際法が主権国家に認める自衛権とは、国家の正当防衛行為である。だから自衛権とは、自国への急迫不正の侵害を防衛する個別的自衛権と、他国への急迫不正の侵害を防衛する(他国防衛に協力する)集団的自衛権から成るものである。

 田中長官は前記の引用で明らかであるように、各国(日本)は個別的自衛権と集団的自衛権を行使して、自国と他国を防衛する義務を負っているのであると主張したのである。日本が軍隊(国防軍)を保持していなければ、他国防衛を目的とする集団的自衛権は行使できないから、田中長官の憲法9条2項の解釈は、「日本は侵略以外の目的すなわち自衛権行使のためや安保理決議に基づく国連の集団安全保障措置(国連軍や多国籍軍による軍事制裁)に参加するためなどが目的の軍隊の保持と交戦権は認められている」というものであることは明白である。「芦田修正論」と同じである(この点は前回の文を見ていただきたい)。

 現在のことを述べよう。中共が台湾を武力攻撃して侵略したときには、日本は集団的自衛権を行使して、米国とともに台湾を防衛しなくてはならないということである。個別的自衛権を行使して自衛戦争を行う台湾に協力して、日本と米国は集団的自衛権を行使して、台湾、米国、日本の3国で集団で自衛戦争を戦うのである。日米の台湾防衛への協力は、国際社会の国際法秩序全体を守ることでもある。

 もしも日本、米国が集団的自衛権を発動して台湾防衛に協力することをせず見捨てることがあれば、台湾は中共に軍事占領されることになる。台湾は日本の「生命線」であるが、中共は軍事占領した台湾を前進基地にして、次には日本の南西諸島(沖縄県)の軍事侵略を狙っていくことになるのである。つまり他国を防衛することは自国(日本)を防衛することなのだ。田中長官の主張の意味はこういうことである。米国は必ず台湾を防衛するが、安倍首相は「日中の戦略的互恵関係の構築・発展」を掲げる「親中反日派」であるから、「台湾有事」を今国会でも一切議論しない。つまり現実の問題としては台湾を防衛しないということである。

 中共、ロシア、北朝鮮は日本の武力侵略を狙っている。その場合、彼らは先制大量ミサイル攻撃をかけて日本に降伏を求める。核弾頭を含む攻撃である。現在のままの日本であれば、そうなったときには自衛戦争をすることなく降伏することになる。「保守」に偽装しているが反日左翼で3国の尖兵である安倍首相は、3国の先制ミサイル攻撃を抑止することをめざさない。抑止するためには、日本は侵略があれば即座に報復の大量ミサイル攻撃を敵国の軍事司令部・基地・施設・政治中枢に対して実行するという戦略とその態勢を構築しなくてはならないが、安倍首相はこれを断固として拒み否定するのである。そればかりか安倍首相は、「平和国家日本」「不戦の誓い」という誤った反日思想を繰り返し国民にアピールして、日本国民を自衛戦争など望まず、侵略には屈服して降伏する奴隷的国民にするべく洗脳しているのである(私の2015年6月21日脱の論考参照)。

 もし日本が上記の侵略に対して降伏すれば、米国は日本という前方展開基地を失ない、アジアから撤退するしかなくなる。そうなれば、アジア各国は独裁侵略国家の中露北朝鮮に蹂躙されていくことになる。つまり自国(日本)を防衛することは他国を防衛することなのである。だから田中最高裁長官は「補足意見」の中で、「一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある」と主張したのであった。

 田中長官は最後で次のように述べている。「我々は『国際平和を誠実に希求』するが、その平和は〔共産主義国ソ連や中共が支配する自由が圧殺された奴隷の国際平和ではなくー大森〕『正義と秩序を基調』とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち『法の支配』と不可分である。真の自衛〔個別的自衛権・集団的自衛権の行使一大森〕のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである」。

 たしかに田中長官の「補足意見」には規範力はない(判例にはならない)。田中長官の「補足意見」は15人全員の裁判官の一致した判決理由に賛同して、付随的な意見を述べたものである。内閣が田中長官の正しい憲法解釈(「芦田修正論」と同じ)に従っていたならば、日本はこんな「異常な国家」になってはいない。しかし、日本人には「法の支配」の思想と「法の支配」を守る習慣がない。政府も政治家も官僚も非左翼系の「識者」もマスコミも、政府が一番上位にあって、政府が解釈した憲法条項や、政府が策定した法律が「正しい」と考えてしまっている。これは「法治主義」の思想である。「法の支配」ではない。「法の支配」とは、「正しき法」が上位にあって、法が政府と国民を支配するというものだ。政府は正しき法に反する法律を策定してはならず、それは無効である。だが「法治主義」では、「正しき法」も政府にとって都合が悪ければ恣意的に歪曲し否定し、別のものに解釈してしまうのである。人が逆に法を支配するのだ。

 歴代内閣も政府官僚も政治家も非左翼の「識者」もマスコミもちろん安倍内閣も、田中最高裁長官の「補足意見」の正当な憲法9条解釈を無視し、否定してきたのだ。安倍首相は7月27日の参院本会議で、「自衛権発動の新3要件は砂川判決と軌を一にするこれまでの政府の憲法解釈の基本的論理の範囲内のものであり、法的安定性は確保されており」(7月28日付読売新聞)と答弁したが、完全な嘘である。砂川判決の歪曲・否定である。これらは権力犯罪であり、しかも反日的な権力犯罪である。これまで繰り返し述べてきたように、これまでの憲法9条解釈は反日的解釈であり、本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」や田中長官の憲法9条解釈)に違反しており、憲法98条1項により無効なのである。これが「法の支配」である。日本では、完全に誤っている「法治主義」の思想を「法の支配」と表現しているのだ。

 「法治主義」について補足しておくと、日本では警察が証拠を捏造・偽造することがしばしばある。そして内部告発もない。検察官もわかっていながら追認することがしばしばあるし、裁判官にもそれがある。これは「法の支配」がないからである。「法治主義」では人間が法を恣意的に取り扱ってしまうからである。つまり「人の支配」になってしまう。それが極端になると、共産主義国のような独裁国家になる。反日左翼は、日本の法を「ブルジョア法」だとして全否定するから、「法治主義」をも否定するのだ。だから反日左翼は各党、各組織の独裁主義なのである。日本人の法観念は全く酷い状態にある。

 元に戻す。私たちは憲法(の正しい条項)を守らなくてはならない。「法の支配」だ。本来の憲法9条(「芦田修正論」)は「正しき法」である。田中最高裁長官の憲法9条解釈も「芦田修正論」と同じである。私たちは、田中最高裁長官の憲法9条解釈(「芦田修正論」)に従う法的義務があるのだ。

 「法の支配(正しき法の支配。国際法を含む)」の思想を学んでいないときは、自分が依拠すべき「真理・正義(正しき法)」がないということだ。このとき人は「法治主義に」頭を支配されていくから、政府や与党から自立した主体形成ができず、「お上」=国家権力(政府)に極めて弱い人間になってしまう。安倍首相が反日的な憲法9条解釈をしても(首相は「安保法制懇」の「報告書」の「芦田修正論」の提言を拒絶した)、保守派は安倍首相を積極的に支持してきたのである。盲従である。そこには保身も強く働いている。

 私たちはこうしたことを深く自覚し、必死になってその克服をめざしていかなくてはならない。克服をめざすとは、国際法に合致する本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」)また同様の田中最高裁長官の憲法9条解釈を守るために、それを否定する保守に偽装した反日左翼の安倍首相とその仲間と戦っていくということだ。もちろん野党や社会の反日左翼(憲法学界やマスコミなど)とも戦う。戦い抜きにこの克服はできない。前回論考(7月16日脱)も参照して欲しいと思う。

●「憲法9条2項改正」の主張は「本来の憲法9条解釈(芦田修正論)を否定して国防不全の日本を維持する、安倍首相ら反日左翼が仕掛けた謀略である

 日本が国防軍を保持して米国等と法的に全く同等に個別的・集団的自衛権を行使できるようにするには、政府が「本来の憲法9条解釈(芦田修正論)」を閣議決定し、「自衛隊は軍隊だ」と閣議決定すればよい。一週間でできることだ。もちろんその時、私たちは戦列を整えて、「学者」の仮面を被った侵略国家の尖兵である共産主義者たちの集りでしかない憲法学界や、これまた共産主義者(反日左翼)が牛耳るマスコミとも正面から戦い、彼らを粉砕していく戦いを断固として展開していくことが求められる。これまで保守派は違憲存在の反日左翼を解体する戦いを完全に放棄してきたのだ。

 国際紛争を律する法は、国内法ではなく国際法である。A国とB国の間で紛争が発生したとき、A国やB国の国内法でその紛争を処理するのではなく、普遍性を持つ国際法で処理していく。各国の軍隊は国際法によって支配されるのである。常識である。

 従って、日本の憲法9条も国際法に合致しているものでなくてはならない。合致するように正しく解釈しなくてはならない。憲法改正小委員会委員長の芦田均氏は、憲法9条2項の条文案を国際法に合致するように修正したのである(1946年8月)。この芦田修正によって、日本は侵略以外の目的であれば、軍隊を保持できるようになった。交戦権も認められるようになった。GHQ(マッカーサー元帥)も連合国極東委員会も、直ちにこの修正を承認したのである。こうして国際法に合致した内容の憲法9条が出来上がったのである(7月16日脱論考を見てほしい)。

 だから1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された「日本国との平和条約」の第5条の(C)は、「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する」となっているのである。「権利を有する」とは、行使できるということだ。つまり、日本は憲法9条によって軍隊を保持することができ、軍隊によって個別的・集団的自衛権を十全に行使することができる、と「日本国との平和条約」は述べているのである。

 「日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができる」により、日本と米国は1951年9月8日にサンフランシスコ市で、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(旧・日米安全保障条約)に署名したのである。同条約の前文にも、日本が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することがうたわれている。

 憲法9条1項は、侵略戦争や侵略の武力による威嚇や武力の行使を放棄したものである。これはごく当り前のことであり、ほとんどの国が自国憲法でうたっていることである。憲法9条1項は、国連憲章の第2条4項からとったものである(同旨である)。だから自衛のための戦争や武力行使、また国連が行う集団安全保障措置の軍事行動はできる。そのための軍隊も憲法9条2項で保持することができる。芦田均氏は憲法9条1項もこのように国際法と同じように正しく解釈した。GHQも連合国極東委員会も承認したのである。

 だから前記の「日本国との平和条約」(1951年9月8日署名)の第5条の(a)は「日本国は、国際連合憲章第2条に掲げる義務、特に次の義務を受諾する」となっていて、その(3)は「国際連合が憲章に従ってとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、かつ、国際連合が防止行動又は強制行動をとるいかなる国に対しても援助の供与を慎むこと」である。これは国連が安保理決議(42条)に基づいて集団安全保障措置として軍事制裁を実施するときは、日本もこの軍事行動(の戦闘行為)に参加する義務を負うということである。

 日本はこのように国際法に合致する立派な憲法9条1項2項を持っているのだ。最高裁の砂川判決の「補足意見」において長官の田中耕太郎裁判官も、「芦田修正論」と同じ憲法9条解釈を主張したのである。連合国も「日本国との平和条約」によって「芦田修正論」の憲法9条解釈を支持したのだ。

 だが歴代内閣は、国際社会も支持する正しい本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」)を否定した、反日的な憲法9条解釈をしてきた。田中長官の同様の憲法9条解釈も否定してきた。権力犯罪である。日本政府は、憲法9条1項の反日的解釈によって、「日本国との平和条約」で約束した、国連の集団安全保障措置(軍事制裁の戦闘行為)への参加義務も一度も果してこなかった。条約に違反してきたのである。日本政府は、憲法98条2項(「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」)に違反してきたのだ。国際法に反する「現在の憲法9条1項2項解釈」に基づいて策定された安全保障関連の法律(案)も、ことごとく国際法に反してしまっている。つまりそれらの法律(案)は、憲法98条2項に違反しているのである。だから憲法98条1項により無効である(これらについても前回7月16日脱の論考を参照していただきたい)。

 今日の反日的な憲法9条解釈(1項2項)は、本来の憲法9条解釈(1項2項。「芦田修正論」)に違反していて、憲法98条1項により無効のものである。国内的にはこの反日的解釈で半世紀以上やってきたとしても、憲法違反で無効であることは変わらない。「正しい政府」であれば、遅きに失したが深く自己批判して、本来の憲法9条解釈を支持する閣議決定をすぐにしなくてはならないのだ。それは「正しい政府」の法的義務だ。「法の支配」である。国際社会は「日本国との平和条約」で明白なように、旧連合国は本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」)を正しいと支持してきたし、自衛隊を軍隊だと認識してきているのである。これが憲法9条と自衛隊の国際社会の評価であり、国際法から見たときの評価である。日本政府と日本国民のみが狂ってしまっているのである。

 だが安倍首相は、「憲法9条2項の改正」を主張している。自民党もそうである。憲法9条2項を改正して、国防軍を保持できるようにするということである。この「憲法9条2項改正」の主張は、本来の憲法9条解釈(「芦田修正論」)や田中最高裁長官の同旨の憲法9条解釈を無視し隠くし否定することである。冒頭の閣議決定をさせないことである。つまり「憲法9条2項改正」の主張は、「日本を早急に異常国家から正常国家に立て直し、国民の意識も根底から変革し、日本の安全を守り存立を全うできる国家安全保障体制を構築していくこと」を阻止するための保守を装った謀略なのである。

 もちろんこれは、「保守」に偽装した反日左翼(安倍首相ら)が仕掛けた謀略である。だから反日左翼の安倍首相とその仲間は、「憲法9条2項を改正して国防軍を保持することになっても、現在の日本の専守防衛政策は維持される」と言うのである。国防軍を保持することによって、米国等と法的に同等に個別的・集団的自衛権を行使できるようにする、というのでは全然ないのだ。芦田修正論や田中長官の主張とは全く異なる。全く反対である。つまり安倍首相が言っていることは、単なる名称の変更(「自衛隊」を「国防軍」へ)とほぼ同じである。また憲法9条1項(の反日的解釈)は改正しないから、自衛隊が国防軍という名称に変わっても、安倍首相は国連の安保理決議に基づく集団安全保障措置の多国籍軍の軍事制裁の戦闘行為には参加できない、という立場である。

 深刻な問題はまだある。謀略は他にもあるのだ。反日左翼の安倍首相らは、上記のような内容の憲法9条2項の改正を行うために、まず憲法96条を改悪するのである。つまり「憲法改正案の発議要件」を、現在の両院議員総数の3分の2以上の賛成から、2分の1以上の賛成で発議できるように改悪するのだ。もし憲法96条が改悪されてしまえば、反日左翼やそれに近似する議員が大部分を占める国会によって、天皇制度の解体などなど日本国家を解体していく憲法改悪が次々となされていくのは必至である。

 ロシアと中共と北朝鮮の3国は同盟関係にある。ロシアと中共は大量の核戦力を配備して日本を照準している。もちろん通常弾頭の大量のミサイルを配備している。北朝鮮も核ミサイルを保有したし、大量の日本攻撃用のノドン2ミサイルとスカットDミサイルを配備している。日本は、本年5月31日脱の文の5節(「北朝鮮、中共、ロシアの先制ミサイル攻撃を抑止するためにはどうすればよいか」)と、6月21日脱の文の3節(「敵基地攻撃は想定していないと言う安倍首相は、日本の存立を否定する中・露・北朝鮮の尖兵である」)で述べた、戦略とそのための態勢を早急に構築していかなくては、日本の安全と存立を全うすることはできないところにきているのである。

 日本は米国から通常弾頭のトマホーク巡航ミサイルと核弾頭のトマホーク巡航ミサイルを大量に緊急輸入し、実戦配備していかなくてはならない。日米は共同して対中、対露、対北朝鮮の「アジア戦域限定核戦争戦略・態勢」を構築していかなくてはならないである。前方展開した日本と米国の戦域核戦力と「聖域」となる無傷の米国本国の大量の戦略核戦力からなる2段階核戦争戦略である。この時、日米は3国を完全に封じ込めることができる。

 安倍首相らの「憲法9条2項改正」の主張は、日本を国防不全の異常国家のままにしておくための、つまり中露北朝鮮に日本を侵略させるための、「保守の戦い」を装った謀略なのである。それ以外にも前述した狙いがある。私たちは騙されてはならない。

 「芦田修正論(本来の憲法9条解釈)」や田中最高裁長官の同旨の憲法9条解釈を知らなかったために、「憲法9条2項改正」を主張してきてしまった心ある保守派や自民党員もいる。その人たちは深く反省してこの主張はきっぱりと止め、本来の正しい憲法9条1項2項解釈(「芦田修正論」)を閣議決定させていく戦いを展開していかなくてはならない。もちろん、3国の尖兵の反日左翼の安倍首相やその仲間の打倒とセットにしてである。

●「法の支配」の思想がなく「お上」(政府)に従順な私たち日本国民の在り方を変革しなければどうにもならない

 「法の支配(国際法の支配を含む)」は「正しき法の支配」のことであり、正しき法とは永遠の真理・正義のことである。「法の支配」とは「正義と秩序」(田中最高裁長官)ということだ。政府は正しき法に支配されて統治をする義務を負っている。政府は正義を実現しなくてはならない。政府は、法が保障する国民の権利、自由を不当に圧迫することは当然のことながら許されないし、法が政府に課している義務は確実に果さなくてはならないということである。中露北朝鮮から国を守る国防の義務がこれだし、3国の尖兵である内なる侵略勢力の反日左翼を解体していく戦いも政府の義務である。「法の支配」を意識的に否定する政府は、「悪の政府」である。法に支配される国民、法を守らねばならない国民は、そういう「悪の政府」は打倒しなくてはならない。それは国民の法的な義務である。

 「法の支配」とはこういうことである。国民は法に支配されるのであって、「お上」である政府に支配されるのではない。政府は法に支配されて統治をするのである。法に反する統治をしたときは、政府は批判されるのだ。意図的に法を否定する政府は、「悪の政府」であるから、国民によって打倒される。国民は法を守り、政府が法に基づいて統治をしているかを常に批判的にチェックをしていなくてはならない。こういうとき、国民は「お上」意識など一切持たない。政府や党や組織から自立した存在になっていく。正しい個人主義が形成されていく。集団主義で権威主義で、政府や党や組織に従順な日本国民の在り方は、根底から変革されなくてはならないのである。はっきり言って、こういう在り方は奴隷的な在り方である。

 7月30日の参院平和安全法制特別委員会で、自民党の塚田一郎氏が「日本人拉致問題」について、「進展しておらず、北朝鮮に対する制裁を戻すべきだ」と述べたところ、安倍首相は「(制裁)強化を求める声は重々承知しているが、やっとつかんだ糸口を離してはならない」(7月31日付読売新聞)と答弁した。安倍首相のこの答弁は反日左翼丸出しなのに、自民党議員は安倍首相を糾弾できない。自民党議員は、安倍首相とその仲間と保守系マスコミが共同して捏造した「保守の本物の政治家」といった安倍首相の「評価」を徹底的に疑ってみなくてはならない。人の評価は行動で判断するものだ。安倍首相は北朝鮮の尖兵でもある。拉致被害者を救出する考えがない。

 同盟国の中露が北朝鮮を経済的に支えている以上、経済制裁だけで北朝鮮が拉致被害者を返すことなどありえないのは明らかなことだ。軍事力の行使が必要である。

 同特別委員会で塚田氏は、「朝鮮半島有事に、拉致被害者を含む邦人をどう救出するのか」と質問した。安倍首相は「(北朝鮮の)同意が必要であり、(自衛隊による拉致被害者の救出は)残念ながら考えられない。拉致被害者の安全確保のための協力を米国政府に依頼している」(同前)と答えていた。自衛隊法の改正案で、自衛隊による海外邦人の救出は「自衛隊が救出することに当該外国の同意があること」となっている。自衛隊法84条の三の1項2号である。

 政府の法的義務のひとつは、国民の生命、身体、財産を守ることである。国際法は各国に、平時における在外自国民を軍隊を投入して救出する権利を認めている。更には自衛権の発動も認めている。安倍政権は国民の生命(拉致被害者)を守らない。法的義務に違反しているのだ。この自衛隊法は国際法に違反しており、憲法98条2項と同1項により無効である。これを作り出す安倍政権の反日的な憲法9条解釈も無効である。私たちには安倍政権を打倒する法的義務があるのである。拉致被害者(特定失踪者を含む)家族の方々にはこの戦いの先頭に立ってもらいたい。

 人の脳というものは、この対象は批判すべきであるとなれば、思考が開始されどんどん深まっていくものである。だが、批判してはならない対象だとなれば、思考停止になってしまうのだ。「不都合なこと」は見ない、聞こうとしない、考えないとなる。そうすることは、結局自分自身のためにそうしているのである。保身である。

 私たちは完全に誤っている「法治主義」を粉砕して、「法の支配」の思想を学んでいかなくてはならないのである。

 ロシアは去る5月9日を「対ナチスドイツ戦争勝利70周年行事」として、赤の広場で最新鋭のICBM(大陸間弾道ミサイル)等の兵器を多数動員して軍事パレードをした。中共の習近平らが出席した。招待されていた安倍首相はその直前まで、参加するかどうかを真剣に検討していたのだ。4月末の訪米があったのでやめることにしたのであった。

 ロシアはソ連が名前を変えただけの独裁侵略国家である。ソ連は1945年8月9日未明に日本を軍事侵略した国だ。満州で、樺太で、千島で、択捉、国後、歯舞、色丹島で、日本人軍民を殺りくし強奪しレイプし、領土を奪った国だ。今ロシアはウクライナのクリミア半島を奪い、ウクライナ東部を軍事占領している。

 5月9日の「記念行事」への出席を検討した安倍首相は、日本の側ではなく、侵略国ロシアの側に立っていることが明白だ。安倍首相は独裁侵略者プーチンを友人だと言う。安倍首相が完全に反日左翼であってロシアの尖兵であることが分るはずである。ロシアは今北海道の軍事侵略占領を狙っているが、安倍首相は日本国民の対ロシア警戒感を解体し、日本の対ロシア国防を解体して、ロシアに日本(北海道)を侵略占領させようとしているのである。

 だが思考停止の保守派、自民党議員、ジャーナリストは全く批判しない。しかし、政府や自民党やマスコミから攻撃されようとも、自分ひとりであっても法的正義を貫ぬいていこうという姿勢を持つならば、思考は正常に機能していくものである。頭の良し悪しではない。思想性、倫理道徳性、人間性が問われているのである。心ある人々は戦いを開始していってもらいたい。

 中共は来る9月3日に「抗日戦争勝利70周年記念式典」を行い、天安門広場で軍事パレードを行う。プーチンらが招待されていて参加する。安倍首相も招待を受けている。首相は9月3日の前後に訪中して習近平との3度目の首脳会談を行い、「日中関係をさらに改善させたい」考えだ。これも明確に反日左翼、中共の尖兵としての行動だ。しかしやはり批判はなされない。

 中共は日本を軍事侵略し占領することを国家目標にしている。日本国のリーダーがすべきことは、「法の支配」により、中共を敵国と明確に規定して、非妥協的に対決して、対中国防強化に邁進していくことだ。しかし安倍首相がやっていることは、尖閣諸島領海を中共公船によって恒常的に侵害され、領海内を「巡回パトロール」されても、自衛隊を使って実力で排除することをせず放置して、日本の尖閣諸島実効支配を崩壊させ、今国会でも中共の台湾軍事侵略(台湾有事)を一切議論せず(それによって容認し)、また中共が南シナ海で武力紛争を起こしても、「重要影響事態」や「存立危機事態」には該当しない(6月1日衆院特別委員会)と答弁しているように、「日中関係をさらに改善させる」ために奮闘しているのである。安倍首相らが言う「日中関係の改善」は、「転倒語(法)」である。本当の意味は、「中国による日本侵略と日本の保護国化、中国領化を進めていく」ということである。反日左翼が使う言葉はこのように「転倒」しているのだ。

 安倍首相は独裁国家侵略国家の中共に対して、「日中の戦略的互恵関係の構築・発展」と言ってきた。「法の支配」を守る日本の自由主義者、保守主義者はこんなことは決して言わない。この意味は、中国国内の独裁支配と中国の対外侵略を容認し、さらに中国の日本侵略と日本の保護国化、中国領化を進めていくということである(私の2014年12月16日脱の文の3節目「中共の尖兵安倍首相と習近平の「11・10日中首脳会談」を批判する一日本人は中共や左翼の言葉(転倒語)を正しく理解すべきだ」も参照していただけたら幸いである)。

 日本国民は「法の支配」の思想を獲得して、政府、与党から自立し、政府に従順な在り方を根底から自己変革していかなくてはならない。政府を「法の支配」の立場から常に厳しく批判的にチェックしていかなくてはならないのだ。そのように自らを変革していかなければ、「悪の政府」の言葉(転倒語)にすぐに騙され、盲従していくことになってしまう。安倍首相は日本侵略を狙っている中共、ロシア、北朝鮮の尖兵なのである。

 日本国民のエリート層が「法の支配」の思想を獲得できていたならば、戦前昭和期の「反日左翼国家日本」の出現は阻止することができた。

 明治憲法(日本帝国憲法)は、自由主義の政治体制と自由主義の経済体制(資本主義)を保障するものである。しかし、この明治憲法体制を否定し、米国英国が主導する自由主義の国際法秩序を否定する、全体主義の革命勢力である国家社会主義勢力が、陸軍と海軍の将校の間に広がっていくことになるのであった。「軍隊の政治組織化」である。日本のエリート層は、違憲存在の彼らを解体していく戦いをすることができなかったのだ。

 日本の関東軍は1931年9月に「満州事変」を起した。これは、1922年のワシントン会議(9カ国)で調印された「中国に関する9カ国条約」(中国の主権・独立とその領土的・行政的保全の尊重等を規定。1925年発効)と1928年の「不戦条約」(侵略戦争を非合法化した)を破った軍事侵略であった。関東軍は満州を軍事占領し、1932年3月にはカイライ国家の満州国を建国した。これは「右の反日左翼」(国家社会主義勢力)による「軍事クーデター」であった。つまり、日本全体を国家社会主義の「反日左翼国家(革命国家)」にするクーデターである。政府も軍中央もこれを阻止できなかった。関東軍は1928年6月にも、第一次満州事変と言ってよい「張作霖爆殺事件」を起している。このふたつが日本の歴史の分岐点であった。

 弾圧されていた「左の反日左翼」(ソ連スターリンの指示の下で活動した共産主義勢力。彼らも違憲存在)は、1933年以降は戦術転換して偽装転向して国家社会主義者となって、軍、政府、マスコミに潜入して戦うようになっていた。日支戦争(1937年7月)を開始した首相と対米英蘭戦争(太平洋戦争)の事実上の開戦を決定した(1941年9月)首相が共産主義者(国家社会主義者に偽装)の近衛文麿であったように、大東亜戦争(日支戦争と太平洋戦争)を主導したのは「左の反日左翼」であった。昭和天皇が終戦の「聖断」を下した皇居内の「御文庫付属室」(地下防空壕)は、1941年8月11日に陸軍によって工事が始まり同年9月30日に完成している。

 日支戦争は、英米らが支援する自由主義の蒋介石国民党政府と戦争をしたのであって、中国共産党を救けて、共産支那を創り出すことを目的にした革命戦争(侵略戦争)であった。大東亜戦争は、アジアの共産化をめざした革命戦争(侵略戦争)であった。戦後の姿がその証拠である。彼らはソ連軍を導入して日本の共産化もめざしたが、米軍の侵攻が早くて実現されなかった。

 この謀略の大東亜戦争を担った国家社会主義者に偽装した左の反日左翼の多くは、戦後は「再転向」の形をとって元の姿に戻って、日本共産党員、日本社会党員としてソ連や中共の指導の下で反日闘争を戦っていくことになった。「共産党や社会党は戦前は軍国主義と戦った」というのは真っ赤な嘘、歴史の捏造である。彼らがあの侵略戦争を謀略的に主導したのだ。だから日本軍が占領したアジアでは戦後、共産主義国が多く誕生したのである。しかし再転向せずに外務省官僚として活動していった者もいたし、自民党(の前身)に留まって活動していった者もいたのである。だから現在も自民党には反日左翼が多くいる。しかも幹部に。

 私たちは謀略政治が戦前にあったことを認識しなくてはならない。そして今もあるのだ。安倍首相とその仲間は「保守」に偽装して、中共・ロシア・北朝鮮の尖兵として謀略的な政治を展開しているのである。心ある保守派や自民党員は自己批判して、安倍首相らを打倒していく戦いを開始していかなくてはならない。

 2015年8月3日脱

大森勝久

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