即 時抗告申立補充書(論考部分)

 

 以下は平成191126日に提出された即時抗告申立補充書のうち論 考関係の部分です。


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 自分の国は自分で守る−初歩からの再出発

1、国家存亡の危機に直面している日本

 日本は、国家存亡の危機に直面している。ロシアと中国という両全体主義侵略国家が大量の対日核戦力を配備し、また情報戦(謀略)を展開して日本を征服で きる時がくるのを虎視眈々と狙っているからである。ロシアは1000基以上の水爆搭載ミサイルで、中国は110基以上の同ミサイルで日本各地を照準してい る。一基の水爆の破壊威力は広島型原爆の約20倍である。政府の専門家はこれらの基数を把握している。にもかかわらず政府は、日本が国家存亡の淵にあるこ とが見えないし、見ようとしない。そればかりか『防衛白書』はロシアの対日核戦力を故意に過少に改ざんして表記する。『白書』は中国の対日核についてもま るで他人事のような記述をしている。政府与党も野党民主党もロシア、中国の情報戦である「冷戦終結」「ポスト冷戦」「友好」「東アジア共同体建設」という 嘘プロパガンダに敗北して、「日中友好」「日露友好」ばかりを唱えているのである。

 北朝鮮による拉致やミサイルや核開発・核兵器保有についてあれ程国会等で議論されてきたのに、ロシア、中国が大量の核ミサイルで日本を狙っていること、 日本の安全と独立は危機に瀕していることを主張する優れた政治家は残念ながら一人もいない。信じられないがこれが日本の現実である。著名な保守の言論人で も中川八洋氏や平松茂雄氏ら優れた数名を例外とするのみである。私は中川氏の著書に学んで1998年以来このテーマの拙文を小冊子にして何度となく保守系 の主だった政治家や言論人また防衛庁・省の内局と制服組そして保守マスコミへ送付してきたが、無名ということも重なって効果はほとんど上ってないようだ。 少なからず落胆している。もし日本が核武装を実行して日米共同の対露、対中二段階核戦争戦略態勢を構築することなくこのまま時間が経過するならば、私たち の祖国は2020年代には両国に確実に征服されてしまうのである。

 もし両国に征服されたならば、日本国民は人口の10パーセント、1200万人位は殺害されてしまうだろう。抵抗する可能性ある政治勢力や知識人が殺害さ れるし、自由社会で権利と自由を享受して生活してきた日本人に、国家テロルによる恐怖支配の社会になったことを皮膚感覚で理解させるためにも無数の人々が 殺されることになる。そしてロシアの極東・シベリア開発の奴隷労働と、中国内陸中南部や東北部開発の奴隷労働でも無数の日本人が殺されていく。残った者は 自由・権利を全否定されて支配されることになるのである。現在多くの日本企業が中国に進出したり融資をしている。ロシアに対してもそうしている。だが両国 が侵略を開始する時、それらは全て収奪されることになる。日本企業はそんなことは考えたこともないだろう。国会等で論議されている日本国民の年金も全て奪 い取られてしまうのだ。両国に征服されるということは、文明社会から非文明の地獄に突き落とされることを意味する。

 外交政策・国家安全保障政策の誤りは内政政策の誤りの比ではない。ロシア、中国に征服されて国が亡びるのだ。日本は全体主義侵略国家のロシア、中国のす ぐ隣りに位置している。両国は大量の核兵器を配備している。両国は同盟関係にある。この政治地理学を大前提にして日本は外交・国家安全保障政策を策定して いかなくてはならないのである。日本が核武装して日米同盟を強化し、かつ戦域限定核戦争が出来る日米と、ロシア、中国の「地理の非対称」(日米側の絶対優 位)を利用した「正しい核戦争戦略態勢(二段階核戦争戦略態勢)」を構築していく以外に、日本の安全と独立を守る方法はない。中川八洋氏が1980年代初 頭から一貫して主張していることである。中川氏の性格的な問題があるにしても、こうした核戦略理論を国家安全保障の専門家すら知らないということは深刻す ぎる大問題である。

 私は良識ある国民(すなわち誤った左翼思想や誤った反米民族派の右翼思想に洗脳されていない国民)は、前記したような現実の正しい姿と近未来を分り易く 繰り返し提示されるならば、日本の外交・国家安全保障政策に関する考え方を急速に劇的に深化させて、日本の核武装と日米共同の対露、対中二段階核戦争戦略 の構築を力強く支持することは間違いないと信じている。だがそれを国民に訴える政治家がいないのだ。そういう総理大臣がいないのである。言論人の場合には 今の日本では、いかに正しい主張でも「小さな声」は「大きな声」にかき消されて存在しないのと同じものになってしまう。

 日本の最重要の安全保障問題はロシアと中国であり、北朝鮮の拉致・ミサイル・核ではない。もちろん北朝鮮問題にも対処しなくてはならないのは言うまでも ないことである。だが現状は、北朝鮮問題への取り組み方が最大の脅威である中国、ロシアの真の姿を隠すことになってしまっている。北朝鮮問題とは直接的に は百名以上といわれている拉致被害者の命と自由がかかっている問題であって、日本が北朝鮮に征服されるという次元の問題ではない。だがロシア、中国の大量 の核兵器と情報戦は、たとえ米国の核の傘があっても日本が滅亡に至ってしまうかもしれないという祖国の存亡がかかる、比較を絶する最高位の安全保障問題な のである。しかし日本政府はそれが理解できず、また理解しようともせず、ロシア、中国問題を等閑に付して、中心的な問題として北朝鮮問題を論じてしまって いるのだ。
日本政府は中国政府やロシア政府にも頼んで北朝鮮の核を廃棄させようとしている。だが中、露は北朝鮮の同盟国であり、そんなことはあり得ないことなのだ。 日本政府は同様の誤りとして、拉致問題の解決にも両国政府に協力をお願いしてきた。日本政府にとって両国政府は「協調者」という位置づけになっている。日 本の征服を目標として着着と歩を進めている両国を協調者ととらえてしまうのは、国防意識が弱く情報戦に完全に敗北しているためである。

 祖国が存亡の危機に瀕しているのにこの現実が見えずまた見ようとしない日本は、北朝鮮問題にも正当に対処できない。できるわけがない。日本政府は長い 間、拉致問題を国民に隠してきた。国家主権を否定され国民を多く拉致されたのに国民に隠してきた。米英豪仏などであれば決してあり得ないことである。日本 国民も政府の隠蔽を国民規模のデモで糾弾することもなかった。この問題においては「疑わしきは有罪」が原則である。政府は次次に拉致認定すべきなのに、慎 重の上にも慎重を期して認定するのを避けてきた。朝鮮総連を解体することもしていない。本来であれば、とっくの昔に拉致・ミサイル・核開発で北朝鮮に経済 制裁を断行し、国連安保理でも制裁決議を採択させていくべきなのに、昨年になるまでそうしなかった。一部の戦う人々は別にして、政府の無作為を糾弾する国 民レベルの運動もなかった。他の文明国の政府・国民ならばあり得ないことである。日本政府にも日本国民にも、国家主権を守る、国を守る、同胞を守るという 法の第一原則が全く体得されていなく、戦う意志が形成されていないわけである。

 拉致問題を解決するためには次のようにすればいい。日本が核武装を開始していけば、これを阻止したい中国とロシアが金正日に圧力をかけて、拉致被害者全 員が帰国できる可能性は極めて高い。だから「日本が北朝鮮に対する核武装をやめる代りに、北朝鮮は拉致被害者全員(その家族も)を日本に帰国させる」とい う取り引きを提起するのである。奪還したら取り引きは反故にしてやればよい。あるいは「中国、ロシアという真の敵のために核武装をすることにした」と主張 してやればよいのである。
だが安部前首相は北朝鮮が核実験を決行した去年10月、すぐに「日本は非核3原則を堅持する」との声明を出したのである。戦う強い意志の欠如のためであっ た。日本は今からでも直ちに「北朝鮮が拉致被害者全員を帰国させ、核を廃棄しなければ、日本は核武装して対抗する!」と通告して、核武装を開始していかな くてはならないのである。もちろん主目的は中国とロシアを日米共同の核戦略で封じ込めていくことにある。

 だが現在の日本政府と国民の主体的状況からすれば、核武装はできない。だから今のままでは北朝鮮問題にも正しく対処していくことはできないということで ある。日本政府と国民全体を覚醒さすためには、北朝鮮による拉致・ミサイル・核といういわば「レベルの低い安全保障問題」では不可能なのである。日本政府 と国民が、祖国が滅び、自分たちの生活は根底的に破壊されてしまい命さえ保障されなくなると直感的に感じられる時にこそ、覚醒は急激になされていくだろ う。すなわち、ロシアと中国が厖大な核戦力と謀略の情報戦によって日本およびアジア諸国を征服しようとしている現実の真相を繰り返し政府と国民に訴えてい くことによってのみ、それは可能となる。その時、日本政府と国民も初めて真剣に国防を考えるようになる。国防のためには日本の核武装が不可欠であること、 国防のためには同じ自由主義陣営の米国、台湾、オーストラリア、インド、保守政権の韓国、NATO諸国との強力な同盟が不可欠であること、また正しい核戦 略(対ロ、対中二段階核戦争戦略)が不可欠であることを自覚していくようになるのである。

 この過程は日本政府と国民が、客観的には中国、ロシアの尖兵として反核や反軍や反米など日本の国防を否定する活動を展開する左翼に対して思想的に戦い勝 利していく過程でもある。また国防のための不可欠の最大の同盟国米国から日本を切り離すために反米活動を展開する反米民族派(西尾幹二など)に対して思想 的に戦い勝利していくことでもある。左翼は反日反米であるが、反米民族派も主観はどうあれ反米反日なのである。なぜならば日本は米国から離れてしまえば、 ロシア、中国の大量の核戦力の前に征服されるしかないからである。

 日本にとってまた自由世界全体にとってロシアと中国こそが最大の脅威である。日本は国家存亡の危機に直面している。私たちは祖国と自由世界を防衛するた めには何をしなければならないのかに焦点を当てて必死に活動していかなくてはならないのである。これが出来ればその他の安全保障案件は自然に立派に実践し ていくことができるものである。真正な保守主義(=真正な自由主義)に立脚する自覚的な国民が一人でも多く起ち上り、これまで以上に奮闘して現在の思想状 況を打破し変革していく以外に祖国の安全と独立を守っていく道はない。政府と政治家は言うまでもないが保守マスコミ、言論人も「法の支配」によって国防の 義務を負っているのであるから、正しい主張の前には謙虚になり必死に学び自らの思想として受け容れていってもらいたいものである。

2、憲法9条は自衛のための軍隊の保有を認めている

 なぜ日本は現在のロシア、中国の脅威による国家存亡の危機が見えないのか、見ようとしないのか。それは自分の国は自分で守るという主権国家としての初歩 的な姿勢が極めて弱いからである。日本は国家安全保障問題と国際秩序の維持問題を主体的に考え担っていくのではなくて、同盟国の米国に頼り任せてきた。戦 後今日までそうしてきたのである。日本政府も国民も、主権国家として最も枢要な法的義務・権利である国防と国際秩序維持から逃避してきたのである。それは 日本が正式の軍隊を保有していないこと、自衛隊を軍隊と認めていないことに如実に現われている。このような主体的な欠陥があればロシア、中国の国家目標が 何なのか、見えるものも見えなくなってしまう。また見ようとしないようにもなってしまう。

 それは憲法9条の解釈に典型的に現れている。1946年11月に成立し翌年5月に施行された日本国憲法の9条は、日本が主権を回復したあかつきには自衛 のための軍隊を保有できる内容になっている。芦田均氏が1946年8月1日の憲法改正小委員会で、自衛目的であれ軍隊の保有そのものを否認したGHQの9 条草案を修正したからである。9条2項である。この修正の意味は直ちにGHQに伝えられたのだがマッカーサー元帥によって了承されている。すなわち芦田氏 は元帥と示し合せた上で修正したのだと考えるのが自然である。

 修正された9条は8月24日衆院本会議で可決された。これを受けて連合国極東委員会はソ連も含めて、日本が修正された9条によって自衛のための軍隊を持 つことができるようになったことを認めて、とすれば現役陸軍海軍の大将が大臣に就任する事態も起こり得るとして、シビリアン条項を憲法条文に挿入すること をマッカーサーから日本政府に勧告すべしとの声明を9月20日付で発している。マッカーサー元帥は9月24日ホイットニー准将とケーディス大佐を吉田首相 のもとに派遣して、「シビリアン条項」(憲法66条2項)を入れさせていったのである。66条2項の存在は国防軍の保有(9条2項)が前提になっている。

 米国・GHQの方針が転換したのは東西冷戦が開始されたからである。既にポーランド、ルーマニア、ブルガリアは第2次大戦中のソ連軍の侵攻によって 1945年には共産政権を強制されていた。1946年3月には英国チャーチル首相の「鉄のカーテン」演説がなされて、自由主義陣営と全体主義陣営との冷戦 が開始されたことが主張されたのであった。1946年5月15日連合国対日理事会(東京)で、アメリカ代表は「共産主義を歓迎しない」との反共声明を発表 した。7月25日マッカーサー元帥は日本の新聞各社の代表を招いて、共産党員の排除を要請している。GHQが9条草案を作成した1946年2月段階では東 西冷戦の認識は欠如していたわけだが、状況と認識の深化にともない、GHQは方針を転換していったのである。そういう中で8月1日の芦田修正がなされて いったのであった。日本はポツダム宣言を受諾して軍隊を解体したのだが、憲法9条によって主権を回復する時に新生国防軍を創建できることになったのであ る。

 東西対決について簡単に触れておくと、ソ連軍は1947年の初頭には、ギリシャ、トルコで共産主義者に武装蜂起させてそれをきっかけに侵攻占領する直前 にあった。だがトルーマン米大統領は47年3月にギリシャ出兵決定を行ない、ソ連軍の侵攻を阻止したのであった。しかしハンガリーは、戦勝国として同国を 占領していたソ連軍を背景にして、1947年には共産化されてしまった。1948年にはチェコスロバキアが同様の手口で共産化を強いられた。東アジアで は、ソ連の支援を得て内戦を有利に展開した中共軍が1949年10月に中華人民共和国を樹立した。続いて1950年6月には、ソ連軍、中共軍に支援された 金日成の北朝鮮軍が韓国に侵略して朝鮮戦争が開始されていた。

 マッカーサー元帥は1950年元旦の「日本国民へ告げる声明」で、ソ連や前年10月に成立した中共の中国を念頭において次のように述べた。「この憲法 は、たとえどのような理屈をならべようとも、相手側からしかけてきた攻撃に対する自己防衛のおかしがたい権利を全然否定したものとは絶対に解釈できない」 と。マッカーサー元帥は1957年には日本の内閣憲法調査会長への書簡でも、「日本が他国から侵略を受けるような場合には、日本はあらゆる自衛措置をとり うるのであって、第9条のいかなる部分もその妨げとなるものではない。この解釈は憲法制定当時からの解釈であった」と主張している。マッカーサー元帥は、 日本は独立したあかつきには憲法9条によって新国防軍を創建できるのであり、それによって日本はあらゆる自衛措置をとることができるのであると日本国民に 告げたのであった。

3、日本の軍事力強化を求め続けた米国と拒否した日本

 日本はこうした東西対決の国際情勢の中で1952年4月28日に主権を回復することになったが、1951年1月に米国特使として再来日したダレス氏は吉 田茂首相に対して日本の再軍備を強く要請したのであった。実はダレス氏はその前年の1950年6月にも来日して吉田首相に再軍備を要請して拒絶されてい た。51年1月ダレス氏は、「アメリカは今世界の自由のために戦っているが、日本も自由世界の一員として自国と自由世界を守るために、1954年3月まで に陸軍兵力32万5000人から35万人の国防軍を新たにつくってもらいたい」と要請したのである。海軍と空軍がそれに加わることになる。自衛のために軍 を保有できる憲法9条を前提にした要請であった。軍を保有することで日本の自衛権は法的に米国と同等のものになるのである。

 ところが吉田首相は、永遠の真理である上位にある法とそれを発見して明文化した憲法9条に違反して9条の解釈を故意に曲げて、自衛目的であっても軍隊の 保有を禁止したものだとした上で、9条を改正して国防軍を持てるようにするつもりはないとしてダレス氏の要請を拒んだのであった。吉田首相は再軍備反対の 理由として次の3つを挙げた。@再軍備は日本の経済復興を不能にする。A対外的に日本の再軍備に対する危惧がある。B再軍備すれば軍閥が再生する可能性が ある。吉田首相は1952年8月に保安庁を設置したが、それは治安警察部隊であったし、規模も12万人弱と小規模であった。1954年7月に防衛庁と自衛 隊の設置となったが、自衛隊は正式な軍隊ではなかった。吉田首相が1952年11月に出した法と憲法9条違反の「政府統一見解」(「9条2項は侵略の目的 たると自衛の目的たるとを問わず戦力の保持を禁止している」)は、その後の内閣にも踏襲されていったのである。

 米国は戦後一貫して自由主義の同盟国日本に軍事力の強化を要請し続けてきた。前記のダレス氏の要請内容で明らかである。それは日本がアジアにおける米国 の頼りになる唯一の自由主義国であると同時に、南北に長い日本列島の地理的位置が軍事的および経済的に全体主義侵略国のソ連と中国を封じ込めるのに適した ものであるからだ。日本が軍事的にも強国となって日米共同しての対ソ・対中封じ込めが強力になされることが、米国の国益であるからである。もちろん日本の 安全と独立が保障され経済の繁栄ももたらされることになるから、日本の国益である。その他の国々の国益でもある。それが自由主義陣営を守る米国の国益なの である。

 しかし日本は正式な国防軍を持つことすら拒み、大きな戦力を配備することを拒否した。1954年7月に設置された陸上自衛隊の定員は18万人であり、対 ソ防衛上の平時の陸軍兵力の適正値の35万人から50万人にはるかに及ばなかった。日本には自国を最大限の努力を払って守るという姿勢がなく、西側最強の 同盟国である米国に甘え頼ってきたのである。1972年の沖縄返還においても米国は当然のことながら核付き返還を求めたが当時の佐藤栄作首相は本土並みの 核抜き返還に固執して拒んだのである。非核3原則の閣議決定まで行ったのであった。

 中川八洋氏によれば(同氏『日本核武装の選択』101頁参照)、当時沖縄には核兵器としてはB−52爆撃機15機、メースB巡航ミサイル32基、核榴弾 砲、核地対空ミサイルのナイキ・ハーキュリーズ32基が配備されていたが、核抜き返還によって全て撤去または解体された。メースBの解体は1969年のこ とであったが、この主標的はハバロフスク、ウラジオストク、北京であった。沖縄の核兵器を撤去や解体すれば米国の対ソ・対中核抑止力は著しく抵下する。そ れは日本の安全と独立の保障が著しく抵下することを意味した。だが佐藤首相の関心は内政にしかなく、ソ連、中国の尖兵である左翼の反核運動や沖縄返還反対 運動(核抜き返還を狙った)に屈服・迎合して核抜き返還を実現していったのである。米国ニクソン政権は佐藤首相の要求を受け入れる妥協をしたわけである が、そこにはソ連や中国のエージェントである隠れ共産主義者キッシンジャーの暗躍とニクソン説得(騙し)があったわけである。沖縄の核撤去によって日米の 国益は著しく傷つけられた。

 ソ連が北海道へ侵攻する日本有事の際には、沖縄に備蓄されている核榴弾の一部が北海道の陸上自衛隊に供与されることになっていた。また沖縄に備蓄されて いるナイキ・ハーキュリーズの核弾頭の一部が北海道の航空自衛隊に供与されることになっていた。これらは暗黙の了解であった(前掲書)。核付き返還であれ ばこの暗黙の了解は続くことになる。そうであれば自衛隊の意識は、核抜き返還の場合とは全く異なるものになる。北海道防衛の戦術として自ら核兵器を使用す るケースを含めて常に研究することになっていく。防衛力としての核兵器として核兵器を身近な兵器としてとらえるようになる。その上に、日本自身の核兵器の 保有・配備も展望されていくことになるだろう。しかし沖縄の核抜き返還と非核3原則の閣議決定で、日本の核武装の志向はつぶされていったのである。

 三木前首相は1976年11月、防衛費のGNP比1パーセント枠を決定した。反国防政策である。ソ連は核戦力、通常戦力を増強させて、東アジアにおける ソ連軍の核戦力と通常戦力は米国のそれに対して絶対的優位にあった。米国は同盟国の日本に防衛費の増額を要請した。日本は国防のために防衛費を急増させな くてはならなかったにもかかわらず三木前首相は1パーセント枠をはめたのである。三木はまた1976年に日本をNPT条約(核不拡散条約)に加盟させて日 本の核武装への道を阻止していった。三木は実は共産主義者であった。

 ソ連は1970年代後半、中距離核弾道ミサイルSS−20とバックファイア核爆撃機を大量に配備し、この戦略的優位を背景に1979年12月末にアフガ ニスタンに軍事侵略した。これを受けて日本では核武装論議が復活していった。1980年のことである。それ以前から米国の学者(パッシン教授やプランガー 教授)や軍人(エンディコット大佐やテーラー提督)から日本の核武装の必要性が提起されていたのであった。しかし「タカ派」と見られていた中曽根康弘首相 は1983年と85年の8月6日、ヒロシマの左翼の反核反米集会に日本の首相として初めて出席して、スピーチ原稿にはなかった「非核3原則は国是」「核廃 絶をめざす」を独断で加えてスピーチし、日本の核武装論を潰していったのである。また中曽根は米国の強い要請にもかかわらず、三木が決めた防衛費GNP比 1パーセント枠を撤廃せず守り続けた。彼は保守派の大物のように見られているが、彼も隠れ共産主義者である。いずれこれに関して書きたいと考えている。

4、左翼も反米民族派も反日派である−大東亜戦争の真相

 左翼は憲法9条は無条件で軍隊の保有を禁止したものだと宣伝してきた。しかし当時の左翼の憲法学者(憲法学者のほとんどは左翼だ)は全員が芦田修正の意 味を正確に認識していたのである。つまり日本の国防力を破壊するためという政治目的のために故意に嘘プロパガンダをしてきているのである。

 他方、反米民族派は米国・GHQは日本が二度と米国に起ち向かってこれないように弱体国家にするために軍隊の保有を禁止した憲法9条を強制したのだと非 難しつづけている。無知でないとすれば、やはり真実を承知した上で反米闘争を展開するために故意に嘘プロパガンダして国民を騙し、日本を米国から切断しよ うとしているのである。彼らはまた米国(の核)は日本を守らないと喧伝して、日米を対立させようとしている。しかし米国の核の傘がなかったならば、日本や 西欧はとっくの昔にソ連に征服されているのだ。彼らは軍事に無知である。彼らは大東亜戦争をもう一度やりたいと夢見ているのではないか。両勢力とも日本を 滅亡に至らしめる運動をしているのであり反日派である。「反米」は「反日」とともに最も危険な左翼イデオロギーである。

 吉田首相が当時、新国防軍を創建するのに反対した理由のひとつは、「再軍備すれば軍閥が再生する可能性がある」であった。これには根拠があったのであ る。

 戦前昭和期の帝国陸軍海軍(省と部)は、マルクス・レーニン主義を批判的に摂取して形成された左翼革命思想である「日本主義」「皇道主義」という名の国 家社会主義あるいは天皇制社会主義に染った陸士・陸大また海軍兵学校・海大出身者(将校)によって、日本最大の政治組織(革命組織)と化してしまっていた のである。彼らは反「明治憲法の天皇制」つまり天皇主権、反自由主義、反議会制民主主義、反正しい個人主義、反資本主義を唱えた。すなわち彼らは反明治憲 法の全体主義で「国家改造」「国家革新」を実践していったのである。革命である。彼らは日本の国家権力を奪取してしまった。自由主義の明治憲法は踏みにじ られ国民の権利・自由は圧搾されていった。これは自由主義の祖国日本の否定、死である。彼らはこのように反日派である。

 彼らは外交政策においては、必然的に自らが否定する価値を体現する諸列強に敵対した。すなわち反米英仏蘭であり、米英が支援する自由主義系の蒋介石国民 政府に敵対したのであった。彼らはまた反共・反ソ連・反中共であったが、これは保守主義からのそれでは全くない。かれらは反「法の支配」、反自由主義、反 議会制民主主義、反資本主義、反個人主義の点では、つまり全体主義の点では共産主義、ソ連、中共と共通していた。彼らが考える「国体(天皇主権)」におい て敵対するために、反共・反ソ連・反中共であったにすぎないのである。彼らの考える「国体」と明治憲法の国体とは敵対の関係にあった。「日本主義」「皇道 主義」「国体護持」等の言葉に騙されてはならない。

 はっきりさせておかなくてはならないが、彼らは明治憲法を守り自由の価値を守り祖国を守る保守派なのではなく、その正反対の革新派(革命派)であり、い わば「右の左翼」であった。反日派であった。共産主義勢力が「左の左翼」である。彼らを右翼と規定するのは間違いである。彼らの流れをくむのが、また彼ら を支持するのが今日の「反米民族派」である。彼らは「東亜共同体建設」「東亜新秩序建設」のスローガンの下に日支戦争を戦い、「大東亜共栄圏建設」の下に 太平洋戦争を戦っていった。それは、東アジアおよび西太平洋地域から欧米自由主義勢力とソ連・中共を撃退して諸民族を解放し、日本を盟主とする国家社会主 義を原理とする一大勢力圏を建設するための革命戦争であった。

 他方、ソ連スターリンからの秘密指令を受けた近衛文麿首相ら共産主義勢力は、正体を隠し、国家社会主義者に偽装して、彼らの政策や戦略を利用しつつ、欧 米自由主義勢力を追放して中国と満州と東南アジアと朝鮮と日本の共産化という自らの戦略目標を実現するために革命戦争を戦っていったのであった。日支戦争 と太平洋戦争(ふたつを合わせて大東亜戦争という)を主導したのは、その期間首相の座にあったソ連のエージェントで隠れ共産主義者の近衛文麿や尾崎秀実た ち共産主義者たちであった。共産中国の成立など彼らの戦略目標の多くは実現されていった。近衛文麿は自身でもまた同志たちが彼の正体を偽装する日記や著作 を戦後発表している。騙されてはならない。

 獄中の日共党員も「天皇制打倒は放棄した」と国家社会主義に偽装転向して早期出所すると、政府によって就職を積極的に斡旋され、近衛首相のブレーン組織 である昭和研究会や朝飯会、陸軍省軍務局等や参謀本部、企画院、マスメディア、満鉄調査部等に入り込み、戦略目標実現のために謀略を実行していったのであ る。当時共産主義者は日共に加入しないのが普通であった。彼らは国家社会主義の日本主義、皇道主義に偽装して、新聞、雑誌で「東亜共同建設」、「大東亜共 栄圏建設」、「八紘一宇の大理想」等々と大東亜戦争を煽りに煽っていったのである(後者の点は中川八洋氏『亡国の「東アジア共同体」』2007年6月刊の 8章に詳しい)。こうしたことが可能であったのは、国家権力を支配した主勢力の国家社会主義勢力の思想が共産主義勢力の思想と多くの点で共通していたから である。

 昭和天皇をはじめとする保守主義勢力(自由主義勢力)は、明治憲法を守り自由な祖国と国民を守るために、戦前昭和期の左翼全体主義体制と大東亜戦争に抵 抗していったが力及ばなかった。私たちはこのこともしっかりと認識しなくてはならない。

 誤ったイデオロギーに洗脳された左右の左翼の全体主義勢力(反米反日派)が、大東亜戦争を行い、日本を破滅に追いやっていったのである。今日の「反米民 族派」は戦前の右の左翼の系譜であり、また彼らを支持する勢力である。だから彼らは大東亜戦争を「自存自衛の戦いであった」と肯定するが、それは自己正当 化や罪を逃れるためにつくりあげた(デッチ上げた)論理でしかない。戦前の軍部や政府は「反米英・反自由主義」のスローガンに凝縮されている誤った革命イ デオロギーを妄信したから無謀な大東亜戦争を仕掛けて国を破滅に追いやったのである。狂った革命イデオロギーを狂信すると(洗脳されると)、現実主義の外 交は不可能になってしまう。「悪の敵」とは妥協できないとなるからだ。明治憲法を守り、国と国民を愛し尽すという正しい思想(保守主義)があれば、大東亜 戦争は決して起こらなかった。310万人もの国民の犠牲も国土の破壊もなかった。

 もし米軍の北上進軍が遅くれ、日本の降伏と米国による保障占領が遅れていたならば、左右の左翼は「ソ連仲介による終戦」を考えていたから、日本はソ連軍 の進駐占領で終戦を迎えて、ポーランドのようにソ連軍によって共産化されてしまった可能性は高い。もしそうなれば日本国民は1000万人くらいが殺害され その後も何十年も独裁支配されることになった。日本は昭和天皇の御聖断と米国(軍)の占領によってさらなる破滅から救われたのだといえる。スターリンの指 示を受けた隠れ共産主義者たちはこうした日本共産化をも目標にして大東亜戦争を展開していったのである。東アジアと日本の共産化が戦争の目的であった。共 産主義者たちは戦後、歴史を偽造してきたのである。日共、社会党は一般党員をも騙してきたのである。

 大東亜戦争は左右の左翼が行った革命戦争であり、自由な祖国日本も破滅に追いやった。共産主義者はスターリンの指令を受けていた。日本の天皇をはじめと する保守主義者(自由主義者)はこれと戦ってきたのである。連合国の「東京裁判」は大東亜戦争の真相を把握するのに全く失敗したのであった。

 戦後の西独は、ナチス(国家社会主義労働者党)という右の左翼とドイツ共産党を自らの手で裁いてきた。私たち日本国民も戦前の全体主義体制と大東亜戦争 を担った左右の左翼を自らの手で裁かなくてはならなかったのである。だが全く出来なかった。

 話を戻そう。戦後日本の再軍備が、戦前の軍閥すなわち主勢力の国家社会主義勢力(将校)とそれに正体を偽装した一部の共産主義勢(将校)を再生させてし まう可能性はゼロではなかったのである。戦前も軍部らと闘ってきた保守主義者の吉田茂首相が強い危惧を抱いたのは当然のことだったといえよう。戦前の軍閥 は、日本が主権を回復したら占領軍を撤退させて国軍を再建して再び戦前のような体制をつくろうと考えていたはずだからだ。

 今日の反米民族派は戦前の国家社会主義の流れをくむ勢力やそれを支持する勢力であるから、彼らが米国を憎くみ、またマッカーサー元帥と組んで占領期間中 に日本を自由主義国に復帰させていった(=日本を保守した)保守主義者の吉田首相を憎むのは当然のことなのである。私は反米民族派を便宜的に反米右翼と表 現することも多いが、彼らは反米であり反日でもあるから(彼らは親米の日本政府や日本国民と戦うとも言う)、「右の左翼」とするのが正確である。彼らは大 学や論壇であなどれない勢力を持っている。そして「反米保守派」や「愛国派」を自称して活動するから、本当の保守派の人々、特に若い人々は少なからず悪影 響を受けてしまっている。左翼(反米民族派)用語は反対語である。彼らの言う「保守派」は反保守派の意味であり、彼らの言う「愛国派」とは反日派の意味で ある。「反米」は「反日」とともに最も危険な左翼イデオロギーである。また思想的に反米は必ず反日になる。保守主義は反米民族派に敵対する思想である。

5、日本の自衛権は9条解釈是正の閣議決定で米国と同等になる

 1951年1月に日本の再軍備を要請したダレス特使の主張は正しかった。日本は主権を回復するに際して新しい国防軍を創設しなければならなかった。吉田 首相直属の情報機関を作って、旧陸海軍の将校の採用は原則禁止にして、思想調査、身元調査によって国家社会主義や共産主義を批判する思想の持ち主のみ例外 的に幹部として採用する。将校以外の旧日本軍兵士やその他の人の採用に際しても前記思想を信奉する者は排除する。採用後も不断にチェックを行う。このよう にして国防軍を創設していくべきであった。1950年7月のマッカーサー指令によって始まった7万5000人の「警備予備隊」の創設も米軍の協力を得て同 様のやり方ですすめられた。日共は8百数十名の党員やシンパを入隊させようとして排除されている。だから新生国防軍の創設と運用も、米占領軍また主権回復 後は日米安全保障条約に基づく在日米軍の協力が得られるのであるから、十分に出来たのである。吉田首相の危惧は過剰に過ぎた。というよりも吉田首相は外交 官としては有能であったが、軍事に関しては思想的に未熟であった。

 吉田首相が1952年11月に出した憲法9条に関する違法・違憲の「政府統一見解」は、「自衛のためであれ、国防軍の保有は認められていない」とするも のであったが、国防軍を持たない国家は去勢された国家であり、国民の国防意識も育成され得ない。だから新生国防軍の創設はなんとしても実行しなければなら ないことなのであった。但し日本の場合は戦前昭和期の否定される歴史があるから、西独が行ってきたように自由主義国に復帰した新生日本自身の手でも大東亜 戦争の開戦責任者と継戦責任者を明らかにして裁いていかなくてはならなかった。ふたつの左翼全体主義勢力のリーダーたちである。これを経なければ、日本人 は敗戦のショックを克服して新国家(政府)と新国防軍に対する国民の信頼を確かなものにすることはできない。また両勢力を解体できない。

 主権国家の自衛権(個別的・集団的)は国防軍によって行使される。これが国際法である。従って国家が国防軍の保持を禁止すれば、その国家は自衛権を十全 な内容で行使することができなくなり大きく制限されてしまう。つまり「国家の緊急避難行為」のレベルでしか行使できなくなる。すなわち「政府の統一見解」 である、@日本に対する急迫不正の侵害があること、Aそれを排除するために他の適当な手段がないこと、B必要最小限の実力行使にとどまること、の3要件が 日本の自衛権行使の要件になってしまうのである。だから集団的自衛権は行使できないことになるし、個別的自衛権も徹底的に制限されてしまい、政府が「専守 防衛」と内容を規定する、国防が不可能な内容になってしまうのである。

 「専守防衛」とは、相手から武力攻撃を受けたときに初めて「防衛力」を行使し、先制攻撃を禁止する。防衛上の必要からも相手国の基地等を攻撃してはなら ず、もっぱらわが国土およびその周辺において侵攻してくる相手をその都度撃退する、つまり追撃はしない受動的な防衛戦略をとる。従って性質上もっぱら相手 国の国土の壊滅的破壊のために用いられる兵器、例えば長距離戦略爆撃機やICBMや中距離ミサイルや攻撃型空母などは保有できないというものである。日本 の征服をめざす大国はロシアと中国である。日本は「専守防衛」戦略で両国の侵略を抑止できるのか。抑止が破られたとき国を防衛できるのか。できるわけがな い。そのための兵器が保有できないからだ。仮に北朝鮮がノドンミサイルを東京へ発射しようとしているとしても、日本はこれを先制攻撃で破壊できない。そも そもそのための兵器の保有が認められていない。

 だから日本は、抑止と日本防衛における攻撃的役割(矛)を米軍に頼り任せ、日本は「専守防衛」で「盾」の役割を担うという日米役割分担を米国に求めて今 日までやってきたのであった。国防とは抑止と防衛であるが、日本はそれを同盟国の米国に頼り任せてきた。日本は異常な国家なのである。日本は対ロ、対中抑 止に全く関与しない。そのための兵器がないからだ。このようなとき、日本はロシアや中国がいかなる戦力を配備しているのか、彼らの国家意志、国家目標は何 なのかに関して分析する積極的な動機を失なってしまう。また米国の核戦力の水準や核戦略が対ロ、対中抑止において百パーセントであるか、それとも80パー セントや60パーセントに抵下しているのかについて分析することも無くなってしまう。こういうわけで日本政府と日本国民は、このままいけば2020年代に はロシア、中国に国を征服されてしまうという国家存亡の危機に直面していることが全く見えなくなっているのである。多少は不安を感じても見ないようにして いるわけである。見えても日本の制約された自衛権ではどうにもならないからである。

 日本は自分の国は自分で最大限の努力を払って守るという主権国家としての初歩的な意志を打ち固めなくてはならない。歴代内閣は「法→正規の憲法9条」に 違反して国防の義務を放棄してきたのである。外患誘致の反日行為であり万死に値するほどの政治的な犯罪行為である。違法行為は直ちに是正されなくてはなら ない。それは法的義務であり不作為は許されない。閣議で違法な9条解釈を是正するのだ。日本は自衛のための国防軍を保有でき、自衛隊は国防軍であると決定 すればよいのである。それにともないこれまでの「専守防衛」政策・戦略を放棄する。これによって日本の自衛権は法的に米国と同等になる。個別的自衛権も集 団的自衛権も米国と同等になる。当然、非核3原則も閣議で廃止する。

 「法の支配」によって法律(自衛隊法、防衛省設置法)はその上位の法と憲法9条に違反してはならないから、政府・議会には直ちに両法律を改正する義務が 生じる。自衛隊という名称も国防軍、陸軍、海軍、空軍に改める。防衛省も国防省に改める。この国防法によって自衛のために日本軍は必要な場合には海外出兵 が出来るし、国際社会の平和維持活動のためにも(自由主義連合・有志連合の形であれ国連安保理決議の形であれ)日本軍は海外で活動できる。国防軍の活動は 国防法で統括されるから、テロ対策特別措置法などの時限立法、特別立法は不要である。こうした法律の改正は過半数でできる。

 日本はこの閣議決定と法律改正に直ちに取り組まなくてはならないのである。「憲法9条を改正手続で行う」との主張は、ロシア、中国の脅威も認識できな い、従って米国レベルの自衛権の行使と対ロ、対中核武装を実現する考えもない人々が唱えるノーテンキな主張でしかない。改正手続で行えば、今の日本の思想 状況においては自衛隊を国防軍とした上で、かつ自衛権の制約を憲法条文に盛り込むことになってしまう。これではそれ以上へは絶対に進めなくなってしまうの だ。国防を真剣に考えない人が「憲法9条改正」を唱えている。私たちは上記の閣議決定を断行しなくてはならないのである。

 自衛権を完全に行使できる国防軍を保有したときに、日本は初めて国防に真剣に取り組むことができるようになる。大量の核戦力を対日用に配備している全体 主義侵略国のロシアと中国の脅威を認識できるようになる。そして両国の侵略を抑止し、また抑止がもし破れた時に国を防衛するには、日本は核武装が不可欠で あり、かつ同盟国米国の核の傘も不可欠であること、日本の核は米国の大量の核(核の傘)と有機的に結合してのみ、ロシアや中国を抑止でき、防衛できること を深く理解していくことができるようになるのである。精強なる国防軍と核兵器は、法が支配する自由主義の祖国を守らんとする日本国民に武士の魂(士魂)を 宿してくれることになるであろう。ランド・パワーの全体主義侵略国のロシアと中国をシー・パワーとリムランドの国々で攻勢的に封じ込めて自由世界を守って いく安全保障政策において、自由主義の日本と自由主義の米国は国益の根本が一致しているのである。

(2007年11月11日記) 

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