即 時抗告申立補充書(再審請求関係部分)

 

 以下は平成191126日に提出された即時抗告申立補充書のうち再 審請求関係の部分(第一部及び第二部の一部)です。目 次もそのまま掲載してあります。

 論考部分はこちらへ



 即時抗告申立補充書

請求人   大 森 勝 久


 頭書の請求人にかかる札幌高等裁判所平成19年(く)第23号即時抗告申立事件(原審 札幌地方裁判所平成14年(た)第2号再審請求事件)につき、以 下の通り即時抗告の理由を補充する。


平成19年11月26日

札幌市東区東苗穂2条1−1−1
札幌拘置支所在監

請求人本人            


 札幌高等裁判所  御中

 目次
 第一部                          ・・・3頁
 
 私の再審請求意見書及び即時抗告申立書の補足説明      ・・・3頁

 第二部                          ・・・4頁

 「矯正不可能」との事実認定の誤り             ・・・4頁

 自分の国は自分で守る−初歩からの再出発          ・・・5頁

 1,国家存亡の危機に直面している日本           ・・・5頁

 2,憲法9条は自衛のための軍隊の保有を認めている     ・・10頁

 3,日本の軍事力強化を求め続けた米国と拒否した日本    ・・12頁

 4,左翼も反米民族派も反日派である−大東亜戦争の真相   ・・15頁

 5,日本の自衛権は9条解釈是正の閣議決定で米国と同等になる・・20頁


第一部

 私の再審請求意見書及び即時抗告申立書の補足説明

 私は、平成18年10月30日付再審請求意見書の14頁の(4)、22頁の(2)、45頁の第3の2、平成19 年3月22日付即時抗告申立書の18頁のDで、「彼(山平氏)の立場からすれば、直接的表現で『私は鑑定はしていない。幹部の命令により、仕方なく嫌々鑑 定書を捏造し、電話通信用紙を捏造し、虚偽の証言をしてきた』とは証言できない。そのような直接的な証言をすれば、仲間からの非難があるだろうから、その ようなことは避けたいという思いがあるにちがいない。また世話になった役所でもある。そしてまた、もしそのような直接的表現で証言すれば、自分が偽証罪で 逮捕されることも大いに考えられるのである。だから、間接的に山平鑑定の不存在を主張したのであった」(14頁)と主張した。


 この後段の「偽証罪で逮捕されるおそれ」に関して、補足説明をしておきたい。


 法律的に言うならば、警察や検察は山平氏が直接的な表現で上記のように証言しても、偽証罪で逮捕・起訴できない。何故偽証したのかの「動機」について説 明をつけることができないからである。


 私は弁護人にこのことを教えられた。教えられてもなかなか理解できなかった。教示される前は、私は意見書や申立書に述べたことを心から信じ込んでいた。 偽証罪で逮捕・起訴するためには「動機」の説明がつけられなくてはならないということは、法律のプロにしか判らないことである。映画やビデオまたテレビド ラマあるいは小説には、警察や検察の犯罪を暴こうとする証人が逆に国家権力によって偽証罪で逮捕されてしまったり、別の事件の犯人に仕立てられてしまうと いうストーリーはあふれている。これがインテリを含め普通の人の常識である。山平氏は司法警察員ではなく単なる技官であり、世間一般の常識に支配されてい る存在である。人は信じ込んでいる考え方(それが客観的には間違いであっても)に基づいて行動するのである。山平氏がストレートに上記のように証言すれ ば、偽証罪で訴追されてしまうおそれが高いと考えたことは間違いないというべきである。


 それから引用部分の前段も山平氏の行動を規定した理由である。これだけでも十分過ぎる理由になる。


 第二部

 「矯正不可能」との事実認定の誤り

 第一審判決書(昭和58年3月29日)は次のように述べている。「(被告人は)犯行を否認しているばかりでな く、爆弾闘争を高く評価し、道庁の再爆破まで呼び掛けるなど、そこには反省心はおろか、人間的良心の一かけらも見出し得ず、その反社会的思考・性格は根深 く固着していて矯正できるとは到底考えられない」(238頁)。


 第一審の論告書(昭和57年9月28日)は、「被告人の反社会的性格は矯正が不可能であるといわざるを得ず、社会復帰すれば再び爆弾闘争に走ることは必 至であり、再犯のおそれは極めて顕著である」(232頁)と言っていた。


 当時の私は「反社会的思考」をしていた。弁解の余地は全くない。深く反省している。その反社会的思考に規定されて「反社会的性格」になってしまっていた のも事実である。しかし私はもともと「反社会的性格」であったから「反社会的思考」をするようになったわけではない。私が自分の思想の根本的な誤りに除除 に気付いていき、長い期間を要してしまったが誤った思想を自己批判して今日の保守主義の考え方をするようになれたのも、自分の性格(正しさの追求、勇気、 正義感、恥、信義、忍耐等)が力になったのであった。今はこれについての判決書の論理性の欠陥を述べるつもりはない。ただ判決書は「その反社会的思考・性 格は矯正不可能」と主張したが、そうではなかったことを、つい最近書いた論文を以下に示すことで明らかにしておきたい。


 私のホームページに載せてもらうつもりで書いた文である。11月2日に書いた文と11月11日書いた文のふたつであるが、ここでは一つの文に統一してお く。内容
が結論のみになっていると見られる所はあるが、それはこの文がそれ以前の論文(例えば「東アジア征服という中国の国家目標と『平和的発展』戦略」、「地政 学が要求する日米核同盟」、「正しい思想が獲得できていない保守派」、「『法の支配』が自由な祖国の偉大な発展と永続を保障する」)の主張を前提に書かれ ているためである。

(2007年11月11日記)

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